第19章 落ち葉の季節と、守りたいもの
九月も半ばを過ぎ、Lunetteの前を落ち葉が舞うようになった。
真澄は朝の準備をしながら、窓の外の景色を眺めていた。赤く色づき始めた木々が、静かに秋を深めている。店内のBGMは、ジャズから少しクラシック寄りの穏やかな曲に変えていた。
「秋は落ち着くわね」
山田老人がコーヒーを飲みながら言った。
「君の表情も、ずいぶん柔らかくなった。拓也のおかげか?」
「半分はそうです。半分は……この店に来てくれる皆さんのおかげです」
午前中、佐々木夫妻が大きなカボチャを持ってきてくれた。
「今年は出来がいいから、ぜひタルトに使ってね」
真澄は嬉しく受け取り、早速試作を始めた。カボチャの甘さとスパイスのバランスを調整しながら、ふと思った。
——昔の自分は、こんな「もらう喜び」を忘れていた。
午後、拓也が書店からやってきて、新作のカボチャタルトを試食した。
「これ、最高だよ。書店でも絶対に売れる。……一緒にメニューを考えてるみたいで楽しい」
「私もよ。君と何かを作るの、好きになってきた」
二人はカウンター越しに目を合わせ、自然と微笑み合った。旅行から帰って以来、こうして短い時間でも顔を合わせるのが日常になっていた。
夕方近く、意外な客が来た。広告代理店時代の後輩・美咲だった。今回は少し疲れた顔ではなく、明るい表情をしていた。
「真澄さん、元気そうね。私、部署異動が決まって、少し仕事が楽になりそう。……真澄さんの話、励みになったわ」
「よかった。本当に」
美咲は新作のタルトを食べながら、ふと真剣な顔になった。
「真澄さんは今、幸せ?」
真澄は少し考えて、静かに答えた。
「幸せ……って言葉はまだ大きいけど、毎日が穏やかで、好きな人がいて、大切な場所がある。それだけで、十分に満たされてるわ」
美咲が帰った後、真澄はカウンターで一人、そっと息を吐いた。
閉店後、拓也が迎えに来てくれた。二人は近くの公園を散歩しながら、落ち葉を踏んだ。
「冬が来る前に、クリスマスメニューを考えてるの。君の書店でも何か一緒にできないかな」
「いいね。一緒にやろう」
拓也が真澄の手を握り、軽く引き寄せた。街灯の下で、二人は短いキスを交わした。
温かくて、優しいキスだった。
家に帰った真澄は、二階の部屋でノートを開いた。
『秋が深まっていく。
私は今、守りたいものがたくさんある。
この店と、この街と、この気持ちを。』
外では、秋風が静かにLunetteの看板を揺らしていた。




