第1話⑤
聖騎士ブラッドをバナナの皮とタライ、そして三角木馬のコンボで病院送りにした翌朝。
魔王城の作戦指令室には、いつもと違う奇妙な熱気が満ちていた。
部屋の中央に置かれているのは、豪華な黒真珠で装飾された特注の玉座のような椅子。その前には、ゴルゴスをはじめ、魔王軍の幹部たちがズラリと直立不動で並んでいる。
「――さあ、マコト様! 我が防衛局の最高責任者、防衛大臣としての初仕事です! こちらの椅子へお座りください!」
ゴルゴスがビシッと椅子を指差し、顔を上気させて言った。
昨日までの態度はどこへやら、今の彼の目は伝説の軍師を見るかのようにキラキラと輝いている。
しかし、肝心の主役――俺は、部屋の入り口で、相変わらず着古した麻の服を着て、右手にモップ、左手に水を入れたバケツを持ったまま立ち尽くしていた。
「いや、椅子はいいわ。邪魔だし」
「外、邪魔……!? しかし、これから魔王城の防衛プランをこの部屋で練っていただかねば……」
「防衛プランなら、もう頭の中で練りながら掃除してる。じゃ、俺はこれから東回廊のモップ掛けがあるから」
俺が当然のように背を向けると、ゴルゴスや幹部たちは色めき立った。
「ま、マコト様! 大臣になられたのに、まだ雑用を続けられるというのですか!?」
「当たり前だろ」
俺は振り返り、大真面目な顔で言った。
「現場をこの手と足で毎日確認してなきゃ、ミリ単位の完璧なトラップコンボは組めない。床のわずかな歪み、空気の防風、ガラクタの配置……すべてを完璧に把握してこその罠だ。机の上で地図ばっかり見てる奴の防衛なんて、バナナの皮一枚分の狂いで破綻するんだよ」
実際は、単に前世のゲームガチ勢としての変態的なこだわりが言わせているだけなのだが、魔族たちにはこれがとてつもなくストイックなプロフェッショナルの思考に聞こえたらしい。
「な、なんという先見の明……!」
「自ら現場に立ち、泥にまみれて城を把握する……まさに本物の軍師だ……!」
幹部たちが感動の涙を流して震える中、ゴルゴスだけは、じっと俺の顔を見ていた。
実を言うと、ずっと「様」付けでペコペコ崇め奉られるのも居心地が悪かったのだが、ゴルゴスはフッと大きな鼻から息を抜くと、いつものように豪快に腕を組んだ。
「……なるほどな。お前がそこまで言うなら、好きにしろ」
「え?」
「だがな、マコト! 大臣だろうが何だろうが、お前が自分で雑用をやると言ったんだ。サボったら承知せんぞ! ほれ、さっさと東回廊へ行け! あそこは昨日、コウモリの魔物がフンを落として汚れてたからな!」
ゴルゴスは、すぐさま元の上司の口調に戻っていた。
腰に手を当てて、かつての雑用係を怒鳴りつける。
「おい、ゴルゴスさん。態度戻るの早くない?」
「がはは! お前が大臣の仕事を放り出して掃除に行くと言うから、私のほうが立場が上になった気がしたのだ! よし、これからは防衛の命令はお前に従うが、掃除の進捗は私が管理するからな! ほら、動け動け!」
ゴルゴスに背中をバシバシと叩かれ、俺は苦笑した。
でも、これでいい。さっきまでの腫れ物に触るような空気より、こうして少し雑に扱われているほうが、俺としても気楽で居心地が良かった。
「分かったよ、行ってくる。……あ、そうだ、ゴルゴスさん。昨日の毛皮をくれたトカゲの兄ちゃん、どこにいる?」
「ん? ジークか? あいつなら今、倉庫のガラクタ整理をさせているが……」
「ジーク、っていうのか。ちょっと手伝ってもらいたい仕事があるから、呼んでくるわ」
俺はバケツを持って、作戦指令室を後にした。
防衛大臣兼雑用係。
世界広しと言えど、モップを持って魔王城の廊下を駆ける大臣は、俺くらいのものだろう。




