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 藤乃が作戦室に入ると、既にペトラとスサンナは席についていた。その後ろにはリンファはいるがヘシカとカティアはいない。予備隊員の中でも小隊長クラスの隊員だけが呼び出されている。

 藤乃とキャサリンが最前列の席に座ると、壇上のグロリアは「これで全員だな」と言った。


「今回は作戦会議じゃない。もっと重要な案件のために集まってもらった」


 グロリアの表情から、いい話ではないなと藤乃は悟る。作戦以外で航空隊員に伝えられる良くない話、というと藤乃にも一つだけ心当たりがある。

 作戦室の奥、艦長控室の扉が開いて歩み出てきたのはイングリットであった。その姿を見た瞬間にキャサリンは立ち上がり、よろけて歩くイングリットに肩を貸す。イングリットはキャサリンに力なく「ありがと」とつぶやいた。


「大丈夫か、イングリット。私が代わりに話してもいいんだぞ」

「お気遣いありがとうございます、艦長。でもこれは、私が話さなきゃいけないことなんです」


 キャサリンに抱きかかえられながらイングリットは壇上に上がり、藤乃たち航空隊員と対峙した。


「……セイバーモードの真実について、お話ししなければいけません」


 やっぱりか、と藤乃は姿勢を正す。ペトラは藤乃とイングリットを交互に見ていた。その瞳は何かを察したように藤乃には見える。

 セイバーモードの真実。それがイングリットが発狂した原因であり、またそれが良くないことであるということを、ペトラは感じ取ったのだ。


「シェルヴールに使われている疑似有機繊維は、もともとセプテントリオンの体組織サンプルを元に、同じ機能を持った制御可能な繊維を人工的に制作したものでした。そしてその機能を完全開放し、セプテントリオンと同等の能力を持たせる――――それがセイバーモードの本来の仕様です」

「そんなことはここにいるみんな知ってることだろ」

「そうね、スサンナ。でも話には続きがあるの」


 イングリットの背後のスクリーンにスキャンデータが表示される。藤乃が医療室で見せられた、神経細胞のスキャンデータだ。


「この左の画像は先日確保したセプテントリオンの体組織サンプル、そしてこっちは私の脊髄白質のスキャンデータです」


 驚くほど一致している。藤乃はペトラを見た。画面に視線を釘付けにしたまま、表情筋一つ動かさない。


「……セイバーモードには、神経細胞がセプテントリオン化する副作用があります」


 藤乃の後ろでバタンと倒れる音がした。話を一緒に聞いていた予備航空隊員の一人が椅子から転げ落ちている。リンファが素早く駆け寄り、それを介抱した。

 ペトラは相変わらず固まったままだ。だが、スサンナは不思議そうな顔を浮かべている。


「ミリアム先生の話じゃ、何の身体的影響もないって話だったじゃないか」

「ええ。今のところ私たちの体内にある変異した神経細胞は、その機能を一部を除いてきちんと代替してる。活動性もなくて、精密スキャンしなければ変異したことが分からないほどに」

「じゃあ問題ないんじゃないか」


 あっさりと言い放つスサンナ。


「使ったら怪物化するわけじゃないし、即死するわけでもない。神経細胞が変化するだけで機能が十全なら、それのどこが問題なんだ?」

「スサンナ。私は『一部を除いて』代替している、と言ったの。変異神経細胞の機能は完全じゃない――――私たちは、セイバーモードを使う度に感情を失っていっている」


 ペトラは突然立ち上がり、作戦室を飛び出した。藤乃は追いかけようとしたが、壇の前を通ろうとしたところでキャサリンに捕まってしまった。


「おい、スサンナ。いいこと教えてやるよ」


 相変わらず不思議そうな顔をして首を傾げるスサンナに、壇上からキャサリンが語りかける。


「実は私な、結婚したんだ。イングリットと」

「ちょ、ちょっとキャシー! その話、今するとこ⁉」


 慌てるイングリット。だが、それを聞いたスサンナの反応は淡々としていた。


「そうか。よかったなアメ公」


 笑っている。その目は純粋で、笑顔には一点の曇りもない。

 藤乃はそれを不気味に思った。藤乃は知っている。スサンナがキャサリンに対して同僚以上の好意を向けていたことを。ウナラスカの一件で藤乃はスサンナと無人島に打ち上げられたことがある。本人は必ず否定するが、そのときのスサンナがキャサリンについて語るときの表情が、恋する乙女のそれであったことは藤乃の脳裏に深く刻まれている。

 対して今はどうか。スサンナの表情は皮肉というには純粋で、作り笑いというには自然すぎる。本心から、友人同士の結婚を祝福する顔。少なくとも藤乃にはそう見えた。

 感情がなくなる。薄まっていくのではなく、欠落していく。それも、本人に自覚のないままに。


 スサンナは『恋心』ともいうべき感情を失くしてしまったのだ。


「……私は、一度『ドラケン』のセイバーモードを使って以来、『楽しい』を感じられなくなりました」


 崩れ落ちそうになるイングリットを、キャサリンが抱えて支える。


「貴女もきっとそうよスサンナ……失くした感情を取り戻す方法は、ない」

「なんだ、感情くらいで。大げさだな」


 今にも泣き崩れそうなイングリットとキャサリンとは対照的に、スサンナはあっけらかんと言い放つ。

 セイバーモードを使い続けたら、感情を失ったただの戦闘マシーンになる。その説明を聞いても、スサンナは首を傾げるばかりだ。


「戦えるならそれでいいじゃないか。だって私たちの使命は空を守ることだろ?」

「スサンナさん……」


 藤乃は憐みと悲しみの混じった目をスサンナに向けることしかできなかった。

 かつて、スサンナは藤乃に同じようなことを言った。イングリットに連れられて行った本屋で、スサンナは自分の生きる場所も死ぬ場所も空にあるのだと。

 しかしそれは彼女の本心ではなかった。スサンナは本をこよなく愛する、一人の少女であった。戦争が終わったら言語学者になりたいと語ったスサンナ。それを語ったときの瞳の輝きは、今のスサンナにはない。


「……会は以上だ」


 泣き崩れそうになるイングリットをキャサリンが引っ込めると、グロリアが前に出てきた。


「方針は変わらない。セイバーモードの使用は禁じる。その分予備航空隊の皆にも負担をかけることになるが、どうか堪えてほしい。それではみんな業務に戻ってくれ」


 立ち上がり作戦室を出ていく隊員たち。藤乃はその波を押し退けて廊下に飛び出した。

 ペトラが心配だ。こういうとき、ペトラはどこへ行くのだろう――――藤乃は、とりあえずラウンジに進路を取る。


 だが、ラウンジに着く前に藤乃は方向転換を余儀なくされた。

 敵襲を知らせるサイレン。艦内に鳴り響く不快な警報音。タイミングの悪すぎるセプテントリオンに、藤乃は悪態をつかずにはいられなかった。



   ☆   ☆   ☆



 カタパルトの前ではスサンナがスクランブルの準備を進めていた。


「来たか、ジャップ」

「ペトラさんは……来てませんね」

「今日の出撃は私とお前だけだ」

「はい」


 藤乃は軍服のバッジをひねり、シェルヴールを起動する。

 イングリットとキャサリンも来ていない。作戦室での集まりの後どこへ行ったのか、少なくとも藤乃よりはカタパルトの近くにいたはずなのだが。


「敵の詳しい規模もまだ分かっていない。お前ならどうする、藤乃?」

「まずは極力交戦を避け、敵の規模や動きを偵察します。スサンナさん、先行偵察をお願いできますか」

「上出来だ。アメ公の教育の効果が出ているようだな」


 首だけ振り返って微笑んだスサンナがカタパルトから飛び立つ。

 普段は、先行偵察が必要なときにはスサンナと藤乃のどちらかが出ている。その情報を元にキャサリンかペトラが装備を整えて後詰に出るのだが、今日は先に準備を終えたスサンナが出て、後詰が藤乃だ。


『碓氷少尉、敵の数、構成、進行方向と速度はまだ不明ですが、群れは直径三百メートルの球状、こちらの進路上にいるようです』


 オペレーターのフランソワがカタパルトに待機する藤乃と通信を繋いだ。


「普段ならもう少し敵の情報もつかめてるのに」

『この前の戦闘でレーダー員が怪我をしまして。ブリッジも人手不足なんですよ』


 事情のわりにフランソワは平然と話している。


「先行偵察をスサンナさんにお願いしました。まもなく情報が来ると思います」

『了解です。少尉、なんか隊長さんみたいですね』

「そうですか?」

『あ、情報が来ました。敵の数……斥候型が約七百。群れの直下、海上に巡洋型1。インターセプトコース』

「それならミサイルより84のほうがいいかも」


 藤乃の独り言を聞いていた艦上スタッフは顔を覗き込んで頷き、インカムで二言三言話す。一分も経たないうちに艦内から運ばれてきた無誘導爆弾が藤乃のF-4EJ改に装着される。


『ご武運を。小隊長(リトル・コマンダー)


 チビ(リトル)とは嫌味か!と藤乃は思ったが、黙っておいた。


「碓氷藤乃、F-4EJ改。エンゲージっ!」


 エンジンを噴かし、藤乃はカタパルトから大空へと飛び立った。

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