嘘偽りなき暴露
「……では、被害者でもある証人への質問へ移るとする」
ローズの静かな拒絶に、王太子の反応もまた淡々としたものだった。
「殿下、そんなものは必要ありません」
「必要か不要かは、おまえが決めることではない。席へ下がりなさい。……城への侵入方法についてだが、これは本来オリエット伯爵家の人間にしか伝わっていないはず。それをどう知りえたか、だが」
背後の兄弟に余計なことを言わせまいとしてか、頑ななローズの言葉を一蹴して、レナードは証人席へ目を向けた。
セシルの心臓が大きく揺れる。自分を見た気がしていた。
「殿下、それに関して、ひとつよろしいでしょうか」
レナードの青い目をセシルから逸らしたのは落ち着いた女の声であった。
「フレンディア伯爵、何か」と目の動きそのままに、レナードは発言を促した。
「……大変ご無礼な話とは存じますが、被告の夫人と証人のアレックス殿は特別なご関係にあったと、アレックス殿ご本人より聞き及んでおりますの」
セシルは冷たい危機感と共に、訝し気に眉を上げた。この女性は叔父の屋敷での態度といい、何を考えているのかと。
しかし、レナードをはじめとした出廷者は、それで合点がいったようだった。
「……つまり、アレックス・ロッドフォードによる手引きを疑っているわけか。証人アレックス、前へ」
レナードの冷え切った言葉にセシルが衝撃を受けたほか、さすがのアレックスも、そしてローズも、この展開は予想外だったと見えた。証人席より早く、被告人席で椅子が揺れる音がたった。
「で、殿下、彼は無関係です!」
「被告人は静粛に。黙秘した以上、発言はもはや許されていない」
先程とは異なり、渋々といった顔でアレックスが証言台に戻る。セシルには、横から証言台を見つめるローズの青い顔に、抑え込んだ怒りがにじんでいるように見えた。
『なにを余計なことを言っているのよ』とでも言いたげな視線で、正直なところ、セシルも同じ気持ちだった。
「……彼女と特別な関係、にあったことは事実ですが、それも過去ですし、城への侵入に関してはわたしも一切関知しておりませんもので」
フレンディア伯爵が使ったのと同じ言葉を繰り返し、恋人とも愛人とも明言しないまま、アレックスは口早に答えた。その憮然とした態度は、進行役の王太子よりも話を持ち出した女伯爵に向けてのものであった。
「では、公爵夫人はどのように中に入ったと、貴殿はお思いでして?」
「……それは、まぁ、協力者がいたおかげでしょう」
あずかり知らぬと言えばいいものを、アレックスは女伯爵の質問に言葉を続けたものだから、セシルの目が険しくなる。ここでまたエリックのことを持ち出すのかと。
身も蓋もないことを言ってしまえば、同じ罪でも貴族と使用人では受ける罰が違う。それを伯爵家が強引に庇えば、自浄能力なしと周囲に思われてしまうおそれもあった。セシルのわがままの範囲を超えて、アルバート自身の素質にも傷がつく。
しかし、セシルの恐れていた事態にはならなかった。
「城への入り方は、歴代当主とその嫡子だけが知っているわけでは無かった、というだけです。……そこにいる当代のオリエット伯爵が、どちらが跡継ぎになるかもわからない状態で、その方法を教えたのと同じように」
アレックスはそう言って周囲の反応を待った。
「では、先代オリエット伯が、アルバート殿以外にも教えていた、ということね?」
フレンディア伯爵の絡みつくような確認を、アレックスはためらいなく答えた。
「先代の息子で、アルバート・ロッドフォード以外にも知っている者がいたと考えています」
これを聞いて、王太子が嘆息した。
「……これに関しても、バーティミオンが、というわけか」
その言葉に、いくつかの険しい目線が判事席のアルバートへ向けられる。
伯爵自身は口を固く引き結び、眉間に皺を深く刻むのみだった。
(……叔父さんが知っていたわけじゃないだろうけど)
欠席者には反論もできない。アレックスは席へ戻ることを許可された。
「では、ヴィレイ侯爵を襲撃し、その魔法酒を奪った件と、それに付随して被告人に人質として監禁された件について、……セシル・ロッドフォード、前へ」
セシルは相変わらず鋭く光を反射する妖精の剣を見つめて、「はい」と小さく返事をした。
嘘は許されない。だが、言うべきでないことはある。
ローズの判断は正しい、セシルは苦く考える。黙すれば、守れるものもあるのだと。
「ヴィレイ侯爵、あなたはローズに呼び出されて現場となった空中通路へ向かい、その後手当てを受けるまでの記憶が一切ない、ということで間違いなかったか」
王太子の確認に、自分の失態と思ってかどこか気まず気に口許をゆがめて、セシルの父より年嵩の侯爵はうなずいた。
フレイン公爵と同年ほどの侯爵が、応急処置としての止血を施されていたとはいえ、大事に至らなかったのは傷が急所を外していたからといえた。
「その後、証人は第三王子ライオネル以下三名に救出されるまでにあったことを、ここで述べてみよ」
横目で見たローズは、アレックスの時とは対照的に俯いている。
是が非でもセシルの方を見ないようにしているかのようであった。
(なんだよ、その態度)
何を恐れるというのだろうと、セシルは緊張感で固まっていたはずの顔を僅かにしかめる。
“特別な関係”にあったアレックスだけでなく、セシルにだって、もうローズの守ろうとしたものがなんだったのかは分かっている。
知らないからか。想像だにしないのか。セシルがローズのために奔走したことなど、彼女は夢にも思わないのか。
(いいけどさ、別に)
最初から、セシルはセシルのためにしか動いていないのだから、と。
「……セシル」
王太子が静かに急かす。なるべく天井近くの様子を気にしないように、セシルは視線を前へと移した。
鏡よりも先に視線がかみあった青い顔の王妃に、この場にローズを引き出してしまった罪悪感がちくりと胸を刺すが、すぐに鏡の中の自分と、反転した絵画に向き合う。
「ぼ……わたしは、あの夜現場の足跡からユニコーンの襲撃と判断して、庭にいた妖精の証言と協力をもとにダンリールへと向かいました」
「なぜ宮殿内にユニコーンが? ここしばらく出現していなかったとはいえ、危険指定されていてもおかしくないでしょうに」
口をはさんできたアルター子爵に、セシルは平然と返した。
「西の塔の入り口の魔法紋が欠けていたせいかと。とにかく、向かった先で夫人と相対することに。夫人は疲れ切っていたので抵抗する様子もありませんでしたが、説得を試みているうちに、ライオネル王子ほかお三方の到着を察知した夫人が、わたしが疑われるのを避けるために」
「セシル殿っ、妄言はよしてくださる!?」
割り込んだローズの声に、レナードが叱責をかぶせる。
「許可のない発言は慎みなさい。目にあまるぞ」
「……」
「……わたしが疑われるのを避けるために、人質として監禁していたかのようにふるまったのです」
ローズが、セシルを庇ったことを、無意味なものにするのは危険だった。
なぜなら、セシルとローズが協力関係にあったかもしれないと疑われるということは――
「……そのとき、貴殿は公爵夫人から、何か受け取っていないのかね?」
「夫人から……」
アルター子爵の言葉に、セシルは自分の顔がこわばったのを自覚した。問い返すまでもなく、魔法酒のことを聞かれているのだとわかっていた。
鏡越しにセシルの様子を見守る公爵が、ローズのために証人の内心の葛藤を黙っていてくれることは予想できる。
だが、ひとたび口にすれば、妖精と、精霊たちがその真偽を判じる。
何も受け取っていない、とは言えない。しかし黙秘は肯定だった。セシルは乾ききった口を開けるのに、顎が震えないよう気を付けた。
「頂いたものは、あります、はい」
そのときセシルは、法廷の空気が、呼吸一つ逃さないとばかりに張り詰めたのを感じた。
王妃の顔は見ない。それどころか、王や王太子の顔も、無論父親の顔も見ない。
鏡の向こうの、自分の目だけを、セシルは見つめるように意識した。
そう、父親の顔など、とても見てはいられなかった。
「……け、を」
「なに?」
「なんと?」
からからの喉のせいか、声は上手く通らなかった。貴族たちが口々に聞き返す。セシルは空気が薄くなったかのような錯覚の中で、一度短く息を吸い、言葉と一緒に吐き出した。
「夫人から、口づけをひとつ、頂きました」
セシルは、ダンリールでアレックスに銃口を突き付けられたときを思い出していた。
あの時の緊張感なんて、今この瞬間の刺すような沈黙に比べたら、なんてことないと思った。セシルは自分の鼓動の速さと熱くなる頬の温度を感じながら、常になく落ち着き払ったレナードが先を進めてくれるのをはやくはやくと待った。
待っていたのだが。
「お、おま、おまえっ、このっ、こんなっ、なんてことをっ!!」
横から弾丸さながらの勢いで椅子を倒し喚きだした女が掴みかかって来ると同時に、セシルはクラバットで首をガッと締め上げられたのだった。
「っ……だって! そうでしょあれ絶対そうだったでしょ!! なんだよそっちから仕掛けてきたくせにぐぇっ!!」
「だからって、なん、なん、なんでこんな場で、お兄様たちがいるところで、おまえという男は、ロッドフォードの男っていうのは、ほんとに無礼者ねっ!!」
「……っ静粛に! フレイン公爵夫人、静粛に!!」
ローズが飛び掛かるのを防げなかった仮面の衛兵たちが二人を引き離す。思わずといった体で立ち上がった王の「ローズ、おまえ、そんなはしたない……」とうわ言のようなつぶやきと、王太子の苛立った大声を背景に、ローズは怒りとも泣き出す一歩手前とも判然としない真っ赤な顔で被告人席に引き戻された。
ひと悶着が収まるまでの間、妖精は、みじんも剣の切っ先を動かさなかった。
「……ほんと、最近の若い方って」
フレンディア伯爵の呆れかえった呟きをいたたまれない思いで聞きながら、セシルはぐちゃぐちゃになった襟元を整えた。こっそり前を見れば、王家と諸侯の面々が王女に関する赤裸々な暴露に呆然とする中、父伯爵だけが顔を両手で覆ってずんと暗く俯いていた。
ローズが騒いだおかげで、絵画の向こうから聞こえた物音に誰も頓着していないのは幸いだった。
「……へぇ」
それでも、追い打ちをかけるようにアレックスが小さく相槌を打ったので、セシルはカッと顔が燃えるような感覚に襲われ、ローズはまた両肩を衛兵に押さえつけられるはめになった。
***
ローズが守ろうとするものの中に、セシルが一番守りたいものは入っていない。
ならば、セシルは自分でなすべきことを考えないといけない。
黙るローズとは逆に、あえて言うべきこともある。




