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オリエット伯爵の跡取り息子  作者: あだち
第十一章 罪と秘密
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『なんでかな』

「……叔父に限らず、なんで人間はやらなきゃやらないで済むことを、わざわざやるんだろうな」


 伯爵夫人の登場によって、両者軽傷のうちに場は収束が図られた。

 セシルは、使用人を持ち場に戻らせる母親の疲弊した横顔を思い出して罪悪感を覚えていたところで、自分同様廊下に取り残されていたアレックスの言葉に振り返った。

 急に何を言い出すのだろうと思いながら。


「そんなの、本人から見たら“やらないで済む”とはいかない問題だからでしょ」


 壁に寄りかかって座り込んでいたアレックスが、顔を上げる。ラスターを追い払った時と同じ仕草で、膝の上によじ登ろうとする妖精を遠ざけようとしていた。


「きみがここに現れたことだって、ローズ様からしたら、……あくまであの人の個人的な感覚からしたら、やらなきゃよかったことだし。継承順の一件だって、僕からしたらやらないでほしかったことだし。でも、きみ本人からしたら、やらずにいられなかったんでしょ」


 そういえば、爵位の件はどうなるのだろうと、セシルはちらりと不安視した。今、とてもそれどころではないし、伯爵とその一族の国内での立ち位置については、成り行き次第で今後爵位を継ぐ方が大きな負担を負うことになりそうだ。

 が、その考えは本当にちらりと掠めただけだった。


「……そうかな」


 めずらしく、アレックスの問いかけにしては、含みも何もない、純粋な疑問のようだった。


「きみのことなんて、そんな知らないけど、そうでしょ」


 セシルは、ろくな根拠も示さずに、疑いようもなく言い切った。


「……ローズ様だって、とんでもないことしてくれたけど。きっと、動かなきゃ望まない方向に船が進んでいくって分かってたから、一人公爵邸を出たんだろ。黒幕のこと、本当に秘密にしておきたかったなら僕に言わなきゃいいのに、ぺらぺら言ったのは現状を変えて欲しかったからだろ」


 きっと、この世に起きる良くないことの内訳を開いてみれば、各人の譲れない理念や強固な意志が隙間を奪い合うようにひしめき合っているのだろう。セシルは短い期間で、それを嫌というほど知った。

 ただ、セシルは、他人の固い意志のために自分を犠牲にするつもりはない。


「僕の行動だって、ローズ様と最終的に一緒になるためのものだよ。父さんの手紙できみのことを知ったときからおおよその間、もうそれしか考えてない」


 おおよそ、であって、ずっと、ではない。それを諦めた時間もあったのだが、そんなことを言う必要はない。

 金の髪の小さな妖精を、アレックスの膝から抱え上げる。キーラは思い人の方を向いたままだったので、セシルにその表情は見えないが、苦い反応をしていることは空気で伝わってきた。


「……それは本当にやらなくていいっていうかやらない方がいいことな気がするけど」

「……やかましい。タペストリーの件、恨むからな」


 最初から、自分以外には褒めてもらえないことばかりをしている自分たちは、根っこの部分がそれなりに似通っているのかもしれない。それでも、互いに互いの背中を押した――蹴り飛ばしたことだけは、互いにとって助けになったと言ってもいいだろう。セシルは心の中でそう結論付けると、着替えのために部屋へと歩き出した。


「そのために、――だね」

「え?」


 部屋の扉を開ける間際で、腕の中から何かが聞こえた。小さな呟きに蝶番が軋む高い音が重なって、その声の半分ほどは聞き取れなった。


「なに? あ、ミルクもらう?」


 キーラはそれには答えずに、もぞもぞと小さな体をよじらせた。普段セシルは幼児に似た体を持つ妖精の臀部を腕に乗せるようにしたうえで、背中やお腹を支えて落とさないよう気を配っているが、本人が暴れると抑え込むのは一苦労な大きさだった。

 セシルは相手の望むままに、ゆっくり床に降ろした。いつものわがままかと辟易しながら。


「なんだよ、機嫌悪いの。僕忙しいんだけど」

「セシル、今かわいそう?」


 突然投げ掛けられた妖精の言葉に、セシルは目を瞬かせた。

 何を言い出すのかと、アレックスにそう思った時以上に戸惑った。


「人間がまわりにいっぱいいるから、もう寂しくない?」

「……え、何、かわいそうって、僕がかわいそうかどうかって話なの?」

「もう、ひとりぼっちじゃない?」


 金色の双眸が、瞬きの一つもせずに見上げてくる。小さな口には笑みもなく、さりとて不満を爆発させているわけでもない。

 淡々と、セシルに確認していた。


「もう、“キーラ”が一緒にいなくても大丈夫になったの?」


 セシルは、目の前の小妖精にはいつも振り回されていた。

 その行動を掌握できたためしはほとんどない。考えていることなど、推測するだけ無駄だった。言うことをきかせるのも、その意図を詳しく話させるのも、相手の気まぐれ次第の部分が多かった。

 ただ、今は少し、それまでと様子が違った。セシルはとりあえず、聞かれたことに正直に答えることにした。


「……別に、僕はかわいそうじゃないし」


 家柄としては恵まれているし、大病を患ってもいない。セシルは自分を不運だと思うことはあっても、不幸だと思うことはあまりなかった。


「ひとりぼっちでもないけど」


 家族も友人もいる。なんでも話せる相手はそういないし、なんならたった今、親戚が一人味方ではない可能性が出てきたが、他人はみんな無理解だなんて悲観するような環境ではない。


「キーラがいなくても」


 平気なわけじゃないよと、そう続ける前に、背後で扉を叩く軽い音がした。けがの手当てをするという、使用人の声が後に続く。

 一瞬背後の扉に顔を向けた後、視線を部屋に戻しても、もう妖精の姿はどこにも見えなかった。


 気にならなかったわけでは無かった。しかし、セシルは、腕や頬のかすり傷を診ようとする使用人を困らせていると知りつつ、部屋の中をくまなく探した後で、いつもの気まぐれかなと結論を出し、己の中の戸惑いを着席させようとした。


(……そう言えば、キーラってなんで昔っから僕にくっついてるんだろう)


 汚れた上着を回収し、使用人たちが出て行くと、セシルは頭を振って思考を切り替えた。

 自分で気の向くままに動ける妖精より、今は動けない妖精のような女のことをどうにかせねば、と。


 セシルは着替えを済ませると、急いで書物机に飛びつき、手紙を二通したためた。


「こっちはわかるよね、急いで。……で、こっちは初めて送る(かた)だから失礼のないように、でも急いでね」


 セシルは、あて名を見つめて感慨深くなる自分をおしとどめ、使用人にくれぐれも急ぐようしつこく伝えた。


(……まさか、こんなことであの家に初手紙だすとはなぁ!)


 セシルはぐ、と背中を伸ばすように両腕を天井に向けて突き上げた。竜の背中の上でずっと考えていたやるべきことをやってしまうと、あらためて心臓がばくばくと大きくなっているのを自覚した。


 一通は、慣れ親しんだ友人に。


 もう一通は、結局領地では晩餐会の招待の一通すら出せなかった、かの大貴族に。



 ***



 金の髪をうなじで短く切った、幼子のような妖精が、厨房に立つ人間たちの様子を伺う。

 ほどなくして、視線が向いていないタイミングを見計らい、作業台から焼き立ての菓子をひとつ掠め取った。ほかのピクシーと同じように。



 ――そのために、妖精も撃つんだね

 自分で名付けた妖精も。



 妖精は、人間から奪った焼き菓子を悪びれずに齧る。

 それを、よく似た年恰好の、別のピクシーが珍しい、と声をかける。お守りはもういいのかと。


「うん。もうひとりぼっちでもかわいそうでもないみたい」


 あっけらかんと答えると、生成り色のローブを翻して、小妖精は外に出た。

 田舎の領地ほどではないが、よその貴族の庭に比べれば、自分たちにとって遊びやすい庭である。そこで、妖精は手についた菓子の欠片を払いながら、次に眠りが訪れるまで時間を潰せるものを探した。


「いやだな。フレイン公爵夫人とかいう女が近づいてきた夜から、セシル変わっちゃったな。昔は、本当のことを話せる人間なんかろくにいないし、屋敷の中からほとんど出ないで、()()()がお守りしてあげてたのにな」


 歌うように不満を言いながら、厩舎から余っていた手綱を引きずり出し、手慰みに鞭のように振り回す。


「馬具だって、あたしちゃーんとあのとき持って行ってあげたのに、撃つなんてさ」


 身勝手な妖精は、誰にも咎められることなく、手綱の一端を木立の枝に引っ掛けてぶら下がり始めた。この玩具をこのまま枝に残していくと、もれなく家主に怒られる。他の貴族の家だと使用人や厩舎管理者が叱られるそうだが、この家では妖精避けが一定期間お仕置きのように各所に置かれる。

 分かっていても、不機嫌な妖精は遊んだあとを片付ける気はなかった。当主はともかく、その赤毛の息子がろくに妖精を叱れないことはよく分かっている。お仕置きだって、妖精が大声で要請すれば、すぐに処分してくれたのだ。


「なのに、今さら人間側の人間みたいな……ん? あのこ、もともと人間だっけ。でも妖精とばっかり一緒にいたくせにさ」


 理不尽な理論で、裏切られたと謳う妖精を、他の妖精が「人間だよ」「だからまだ生まれて五十年もたってないのに、あんなにおっきくなっただろ」とつっこみをいれる。妖精は、ぷいと顔を背けて手綱の遊具にぶら下がっていた。

 ふと、何気なく見つけた洗濯女が、何かを空にかざして首をひねっている場面を金色の視界にとらえた。

 陰り始めた太陽の光を反射して輝くそれは、ガラス小瓶だ。いい暇つぶしになるだろうかと、妖精は手綱から手を離し、軽い足取りで近づいた。

 しかし、きらきらと輝くガラス小瓶は、妖精の物にはならなかった。


「俺のだ。悪い、無くしたと思ってたところなんだ」


 そう言って、洗濯女から小瓶を受け取り、足早に立ち去る男に見惚れたのは一瞬で、息をするように出てきた言葉に混ぜられていた偽りに、妖精はあどけない顔をくしゃくしゃにしかめた。


 彼のことは大好きだけれど。

 エリックほどではないけれど。

 ちょっと、嘘つきすぎではなかろうか。


 片付けをさぼる自分より、ずっとお仕置きが必要ではなかろうか。




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