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オリエット伯爵の跡取り息子  作者: あだち
第三章 過去への旅路
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兄弟旅行(到着)

「……っ待たせて、わ、悪かった!」


 ギルベット修道院で小さな騒動が起きた日の夕暮れ時、その近くの小さな村のすぐ外で、所在なさげに立ち尽くしていた黒い馬車と従者のもとに、栗毛の馬が駆けてきた。


「セシル様!」


 エリックは朝にセシルと別れた時よりも、気疲れのせいか幾分かやつれたように見えた。馬から降りたセシルは、土ぼこりを払っていた手を止めて従者の顔を見上げた。


「なるべくアレックス様の馬車から距離をおいて走りましたが、このとおり、かなり早くに我々は村に到着してしまいまして……」


 ディフレッドのもとに到着してしまえば、セシルが馬車にいないことがアレックスにばれてしまう。だからセシルとエリックは、村に入る前に馬車の中に戻るということで、あらかじめ打ち合わせをして待ち合わせていた。


「……そうなると村に入らない言い訳をしないといけなくなりまして……」


 エリックは心底申し訳なさそうに眉尻を下げていた。セシルは嫌な予感がした。


「……セシル様、申し訳ありません」


 セシルは、エリックに怒らなかった。

 ラスターを通して『セシルが馬車酔いと腹痛で一歩も動けなくなった、馬車の中を掃除しないと人目につくところに入ることもできないくらいのあり様だ』と弟に伝えられたからと言って、セシルにエリックを責める資格はなかった。


「…………変な嘘つかせてごめん…………」

「…………いいえ、こちらこそとっさとはいえ…………」


 無論、彼らはアレックスがセシルの不在にとっくに気が付いていたことも、それを追求する気が微塵も無かったことも、露ほども知らないのだった。


 ***


「これはこれはセシル様、ようこそおいでくださいました。せがれが付いていながら、道中なにかとご不便なこともあったようで、申し訳ございません」


 アレックスからディフレッドにどう伝えられたのかと気まずく思いながら、セシルは曖昧に笑って挨拶を返した。代々のオリエット伯爵がダンリールの管理者にあてがう屋敷は、国王直轄領としての表向きの管理者たる役場一帯から離れ、森の入り口の近くに構えられていた。対外的には王家から委任された森の管理人ということになっている。複数の客間を持つその屋敷の玄関ホールでセシルはあたりを見渡したが、異母弟の姿は見えなかった。出迎えに出てきていたディフレッドに聞けば、疲れたのか案内した客間から出てこないとのことだった。

 アレックスの前でどんな顔をしたらいいのかわからないセシルは、アレックスに声をかけてこようかという申し出に首を横に振った。


(何も知らない顔をすればいいだけなんだけど、さ)


 この屋敷にわずかな下働きと共に住み、滅多に主人家族や自分の息子と会うことのないディフレッドは皺の目立ち始めた初老の男だった。エリックに似た茶色の髪にも白髪が半分混ざっていた。奥方、つまりエリックの母はすでに亡くなっていると聞いていた。

 屋敷の主人についていきながら、セシルは振り返って自分に仕える従者を見た。アレックスと同じくらい背の高いエリックはセシルにとっては自然見上げるかたちになる。


 ディフレッドと似てるね。セシルは、そういう意図を込めてにや、と笑ったが、エリックはどこかひきつった笑いを浮かべた。きっと照れているのだと、年上の従者を揶揄ったセシルは少し愉快な気持ちになった。

 そして、ふと思い立って、そのままエリックに用事を言い渡した。


「エリック、一応ラスターにアレックスの様子を聞いてきて。今すぐ」

「え? いえ、しかし、そうされますと荷物が」

「広げるだけなら一人でできるから、片付けるとき来てって、前にも言ったろ。……キーラもお前に悪戯しちゃうかもしれないし」


 後半は声を潜めて伝えた。そしてセシルは、ディフレッドがあけた扉の奥にセシルの荷物を置いたエリックを急かして部屋から追い出したのだった。


「セシル様、よければわたくしめが荷ほどきをいたしましょう」


 二人きりになると、セシルはディフレッドの申し出をありがたく受け入れた。

 最初から、アルバートの従者経験のあるディフレッドならそう言って客室にとどまるだろうと思ってのことである。


「ありがと。アレックスのことは明日ダンリール城に案内するよ」


 荷物台に置かれたトランクの鍵をディフレッドに渡す。

 十年もの間足を運ばなかったこの村にセシルたちがやってきた表向きの理由である。これはこれで嘘ではないので、キーラや屋敷に住み着く妖精たちはこの一言についてみな一様に無関心だった。


「突然来て悪かったね。忙しいだろう」


 セシルはこの場で噂の内容について、ディフレッドに問いただすつもりだった。

 そして、もしディフレッドが故意に噂のことをアルバートに隠していたことが分かった場合、息子のエリックがその場にいるのはいささか気まずい。


「いえいえ。ご主人様から任されたお城のことはともかく、この村ものどかなもので、たまの来客以外に変わり映えのしない毎日ですから」

「……代り映えしない……そ、そっかー」


 いきなり核心に近いことを先に話されてしまった。


「じゃあ、特にトラブルとか、事故とか、事件とか、葬式とか、……あとへんな噂とか、特にない?」

「葬式とはこれはまた。寒さに耐えかねて体調を崩す村人は毎冬出ます。幸い、亡くなる者はそうそう出ませんが、春になってからはそれもめっきり聞かなくなりました。そうそう、来月予定通り、村の若者が二組結婚するようです」


 ディフレッドは穏やかな笑みを浮かべたままよどみなく答える。

 セシルは寝台に目を向ける。客人のために用意された枕の上で、見慣れた白い服の妖精がころころと戯れていた。

 我関せず。キーラは人間たちの話に何の反応も興味も示さない。


「じゃあ、状況は伯爵に送った報告書のとおりってことか」


 さすがに聞き方が直球過ぎたかと、セシルの語尾も心なしか固くなった。

 が、どうもディフレッドはセシルが世間話にかこつけて何を聞き出したいかわかっているそぶりである。相手が自分の意図を最初から予想していたのなら、直球で聞いた方が早い。これを相手が肯定した場合、妖精がどんな反応を示すのか。セシルは耳を男に向けながら、目は妖精に向けていた。

 ディフレッドの茶色い目は細められたまま、それまでと変わりない声音であった。


「いいえ、昨夜いらした来客については、まだご主人様にお伝えはしておりません」


 セシルは勢いよく振り返った。


「とは言っても、何のことはありません。リンデンからやってきた抜き打ち視察ということで、ききとりとしてこの屋敷の玄関にもお通ししたのみで、お茶を出す間もなく帰られました」

「リンデンから……」


 セシルの脳裏に旅の途中でのやり取りがフラッシュバックした。


『たまに馬車が通ると凄いガタガタ言うんだよ。郵便馬車もそうだし、昨日は真っ黒な馬車もそうだったし』

『このタイミングで昨日王都からダンリールへ向かった『真っ黒な馬車』を警戒しなくてどうすんだ』


 ディフレッドの様子に焦りも動揺も見られない。キーラも枕の上でおとなしくなっていて、二人の人間の方を見もしない。


「どんな奴だった?」

「見慣れた村の役場の長ログスターと、その後ろに若い男が一人おりました。そのものがリンデンからの視察の役人でしょう。玄関ホールで立ったまま、村の役人にいくつか聞かれたことを答えて終わりました」


 前触れもなく王都からの役人が来ることは今までもあったことらしく、ディフレッドも気負うところなく話した。


「とくに、王都からわざわざ遣わされた方は国王陛下から城や森の様子も確認してくるよう仰せつかっていることが多いのでしょう。とくに変わったこともないとお伝えしました」


 国王やそこに近しい者が、立ち入り禁止の森と城がオリエット伯爵の管轄下にあることを知っているのは当然だろう。秘密裏にやってきた役人がそのことまで知っているとは思えないが、チェック項目として用意されているとすれば、そのような質問事項があってもおかしくはない。


「ただ、これはアレックス様にもお伝えしたことなのですが、あまりログスターには近づかない方がいいかもしれませんね」


 ディフレッドがそれまでとは異なって顔をしかめさせた。


「立ち入り禁止の森や城が気になるのか何なのか、しつこく入り方を聞いてきたのですよ。勿論、入り方はまったく教えてはおりませんが」


 セシルは寝台の方を横目で確認してから、ディフレッドにさらに問いかけた。


「なんで、視察の役人じゃなくて、村役場の役人がそんなことを気にしてきたんだ?」

「わかりかねます。ただ、ログスターは昨年赴任してきた時から何かにつけて森や城を気味悪がって、森に唯一立ち入ることが許されている私どものこともよく思っていないようなのです。まったく、昨日はいやにわたくしに突っかかってきて」

「……王都からの役人は、なんて?」

「何も。ログスターの背後から、質問に答えるわたくしめを見るだけで、何も言ってはきませんでした」


 ディフレッドはここまで誰にも、妖精にも邪魔されずにすらすらと答えた。村の役人と仲が悪いのか、顔をしかめたのはログスターのことを話すときだけであった。


(……この人、ここまで、嘘は言っていない。だけど、なんでここまで用意したように話すんだ?)


 自分たちが何を確かめにきたか、ディフレッドにはおろか、ついてきている従者や御者にも知らされていない筈である。受け答えの流暢さをかえってセシルが訝しんだその時、部屋の外からエリックの声がかかった。


「……ありがとう、ここから先はエリックと片すよ」


 時間切れである。セシルと話しながら、大方の着替えや日用品を片付けてくれたディフレッドに礼を言った。


「いえいえ、これもオリエット伯爵に仕える者の務めでございます」


 その改まった言い方に、セシルは一度逸らした緑の目を初老の使用人に戻した。


「セシル様、ジョナ家は代々オリエット伯爵家に忠誠を誓ってまいりました。わたくしもその一人として、アルバート様のご決定に従う所存でございます」

「……うん?」


 突然話が変わった。


「しかしながら、心の底では幼き頃より次代の伯爵として見守らせていただいたセシル様こそが相応しいと思っておりますことを、お忘れなきよう」

「…………う、うん?」

「一介の使用人が、差し出がましいことを申し上げました。失礼いたします」

「………………うん、あ? いや……う、うん」


 そう言ってディフレッドは扉の取っ手に手をかけた。引くと、廊下で待っていたエリックがきょと、とした顔で自分の父親の顔を見ていた。


「アレックス様にお伝えしましたことは、これですべてでございます。お夕食の準備が整いましたら、お声がけさせていただきます」


 エリックと入れ違いに廊下に出ると、扉を閉める際、そう静かに言い置いて、初老の男はセシルの目の前から消えた。


「セシル様、父が何か?」

「……………………何も。ラスターは、なんて?」


 つい一瞬前までエリックと同じような顔でディフレッドの言葉を聞いていたが、最後の言葉でセシルにもようやくわかった。


「ええ、部屋にこもっていらっしゃるようですが、アレックス様は体調が特に悪いわけではないそうです。……ただ、どうやら父に、最近のことをいろいろ問いただしていたようです。……その、その時の様子が……」

「あからさまに僕に対抗心を燃やしてたって?」


 主人の指摘に、若い従者は気まずげに頷いた。


(はーなるほど。ディフレッド、新参者のアレックスがガツガツ聞いてきたから、僕にも最初から同じ情報を与えるつもりで待っていたのか)


 つまり、リンデンで勃発したお家騒動は、この屋敷にもしっかり伝わっているらしい。

 アレックスは一歩も引く気はないらしい。勿論、向こうから始めたことなのだから当然であるが。

 セシルも勿論譲る気はなかった。

 なかった、のだが。


(……とりあえず、噂の真偽はまだわからないけど、ディフレッドには後ろ暗いところがなさそうだ)


 代々の伯爵が、使用人相手にすべてを語っている筈がない。しかし、竜の棲み処とも伝わるダンリールを管理する者にとって、城と森の異変などより、まだ先の話である伯爵家の跡取り問題の方が気になるなんてことはあり得なかった。そして、二組もの恋人たちが結婚式を挙げるということは、この村で災いの前兆といえることは起きていないと考えられる。

 こうなってくると、噂の背後に城や森の異変があるどころか、噂そのものが根も葉もない作り話だったという可能性の方が高い。


 長い旅路だった割に、さっさと引き上げることになりそうだと思いながら、枕の詰め物を引きずり出そうとするキーラの頭をわし掴んだ。



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