これが第二話ってやつさ。真っ直ぐだろう?
「父さん、これはなあに?」
「ん? これか? これはロングソードという剣だ」
「剣……? なんで剣がウチにあるの?」
剣は戦うための道具――武器だ。
その中でもロングソードは、馬の上から敵を斬り殺すために作られた、戦争のための武器だ。
父さんは猟師なのに、なんでそんなものがあるんだろう?
「父さんはな……騎士になりたかったんだ」
「きし?」
「そう、騎士だ」
「きしって、なあに?」
父さんは、苦いものを食べてしまったときのような顔を少しだけして、笑った。
「騎士はな、みんなを守るために戦う人のことだ」
「きしは……正義の、味方?」
「そうだ。正義の味方だ。馬に乗って戦場を駆け、悪い奴らを次々に倒していくのさ」
父さんは、興奮したように鼻息を荒くして語り始めた。
「騎士は馬に乗っていなくても強い。武器を失くしても強い。その身に宿した鋼の意志で、みんなのために戦い続けるのさ! その白銀の姿は、本当に、本当に格好いいんだ……」
父さんの目は僕の髪よりも、星のように輝いていた。
でも、しばらくすると、父さんはまた苦そうな――悔しそうな顔をしてしまった。
「父さんは、騎士になれなかったんだ。父さんは……強く、なかったからな……」
辛そうだった。
父さんは、夢を諦めてしまったのだ。
それは、身を切るほどに辛い。
そこにいるのは、いつもの尊敬される僕の父さんじゃなくて、夢に敗れた哀れな男、カイシュだった。
僕は、考えるよりも早く、言葉を紡いでいた。
父さんのそんな姿、見ていたくなかったから。
「僕が……僕が、きしになるよ! みんなを守る、さぃきょうのきしになるよ!」
声を張りすぎて、滑舌がおかしくなってしまった。
でも、父さんには伝わったみたいだ。
「最強の騎士、か……それはもう、英雄だな」
父さんは微かに笑った。
疲れた顔ではあるけど、確かにいつもの父さんの笑顔だった。
それが嬉しくて、僕はさらに言葉を紡いだ。
「じゃあ、僕はえいゆうになる! えいゆう、さぃきょうのきしで、えぃゆうのアッシュになるんだ!!」
また、声が変になった。
けれども、父さんの顔にはもう、暗い影は無くなっていた。
「そうか、アッシュは英雄になるのか! ハハハ、すごいぞ、それじゃあ俺は英雄の父親になるのか! それはすごいことだ!」
父さんは、満面の笑みを浮かべながら、眩しそうに言った。
「アッシュ、なら、強くて優しい男に、ならないとだな」
「大丈夫だよ! だって、父さんと母さんの息子だもん!」
僕は父さんと母さんの息子。それは絶対不変で当たり前のことだ。
父さんは、顔をくしゃくしゃにしながら笑って、頭を撫でてくれた。
「じゃあアッシュが英雄になったら、アッシュがこの剣を使ってくれ。そうしてくれると、父さんは嬉しい」
「うん! じゃあ約束!」
「ああ、約束だ」
男と男の約束。父と子の約束。
僕たちは、ぎゅっと互いの手を握り合った。
□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆
幼い頃の約束から何年か経ち、僕は父さんと同じく猟をするようになっていた。
「さぁっすがカイシュさんの息子だあ。獲ってくるのも上等なもんばぁかりじゃねえか」
なかなか筋がいいらしく、村のみんなはこのまま父さんの後を継いでほしいと思っているみたいだ。
けれど、僕は猟師になる気はない。
父さんとの約束を果たすために、いつかは村を出て騎士になるんだ。
猟に出るのだって、騎士になるための訓練だ。
村の鍛治師のおやじさんに頼み込んでイノシシの肉と交換で失敗作の剣を貰い、その剣で獲物を狩っている。
僕自身が素人で、剣も失敗作のため最初の内は何度も刀身が折れてしまい、その度おやじさんにイノシシ肉を持っていったが、最近はコツを掴んで剣を折らずにまともな獲物を狩ることができるようになった。
さっき隣の家の爺様に渡したのだって、剣で頭を切り落として狩ったものばかりだ。
それに、獲物は普通の森の動物だけじゃない。
昔から父さんがたまに狩ってくるコカトリスのような魔物も僕の獲物だ。
騎士はみんなを守るためにあらゆる敵と戦う。魔物はその最たるものらしい。
だから今のうちから魔物を狩れるようになれば、騎士になる近道になると僕は考えたのだ。
「ははは、まだ父さんが狩ってくるのより質は悪いよ。それじゃ、野菜はもらってくね、爺様」
「おぅおぅ。持ってけ持ってけ。いやー、カイシュさんとアッシュのおがげでメシがうめぇうめぇ」
「どういたしまして。それじゃ、僕はまた森に行くから」
父さんなら猟の後は、母さんと一緒に行商人に売る用に熊とかの革をなめす作業をするんだけれど、2人が3人になっても大して効率が変わらないため、僕は森へ食べ物にならない魔物を間引きに行っている。これも訓練だ。
ゴブリンみたいな繁殖力が強くて知性のある魔物はこの森にいないけど、スライムやスケルトンのようないつの間にか現れる種類の魔物はよく見る。
魔物は動物と違って人間に必ず害をなす危険な存在で、どんなに弱小な存在でも人を死に至らしめる力を持っている。
間引かなければどんどん数を増やして村に多大な被害が出てしまうのだ。
父さんも僕のように積極的にではないが、勝てるのを見かけたら必ず倒している。
「スライムは中心の核を貫く。スケルトンは背骨を斬りはらう……」
魔物を倒せば倒すほど、剣は鋭く、速く動くようになっていく。
強くなっていることが、英雄に近づいていることが分かるんだ。
斬って、突いて、斬って斬って、突いて……一陣の風になって、僕は魔物を屠っていく。
「ふぅ……今日はちょっと張り切りすぎたかな……?」
滝のように流れた汗を袖で拭った。
森のあちこちにスライムの粘液やスケルトンの骨の残骸が転がっている。
スライムもスケルトンも村で加工できるような素材が取れない。だから基本的に倒したらそのまま放置だ。
血も出ないから他の魔物が寄ってくるということもないしね。
それにしても森のかなり奥まで来てしまった。木が密集していてかなり暗い。
ここら辺は生息している魔物もコカトリスやトレントのような手強いのが増えてくる。早々に抜け出さないと危険だ。
「スケルトンとスライムの跡を辿れば村に帰れるよな……」
日も暮れてきたせいで、視界はかなり悪い。
「無事に帰れるか――――って、え?」
僕の目の前を、小さな光の粒が飛んで行った。
「蛍……? この辺に水場があるの、か? でも、今の時期に蛍なんて――あ、またいた」
少し考えていたら、今度は少し離れたところで再び光る何かが、さっきのと同じ方向に飛んで行った。
周りを観察すれば、至る所に蛍のような光を見つけた。
そしてそのすべてが、同じ方向を目指している。
「何なんだ、一体……?」
見たこともない光。でも、なぜか懐かしい気がする。
あの光を見ていると、不気味な感じじゃなくて、暖かい、包まれたような感じがする。
僕はそのまま、導かれるように、同じ方向へと歩みを進めた。
しばらく進むと、不意に女性の声が聞こえてきた。
「――♪ ――♪」
「……歌? それに、ここは……!」
数えきれないほどの光の粒子が、圧倒的な密度で集まり渦を巻いている。
暗い夜の森の中だというのに、昼間のような明るさだ。
とても、とても幻想的な光景に、僕は目を奪われた。
まるで、空の星々が地上に降りて、そのまま川になろうとしているかのような……
それに、
「――♪ ――♪」
「誰かを、探している……?」
知らない言葉で歌われているのに、不思議と、その歌に込められた気持ちが伝わってきた。
悲しい歌声の裏に、恋焦がれるかのような熱を感じる。
僕は、もう一歩、その声に向かって――――
「――っ! 誰!!」
突如、光は霧散し、暗い森がやってくる。
でも、僕は彼女の姿だけは、はっきりと見えていた。
黒い長髪に、燃えるような橙色――紅蓮の瞳を持った、黒いローブの少女。
「――魔女、か……?」
一本の剣になって、また君は同じ道を行く。
過程も手段も、姿、生まれも違えど、君は同じ場所を目指している。
世界が変わっても、約束の形が変わっても、君は変わっていない。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに突き進んでいる。
その先に絶望があると知っていても、なお。
『――だからこそ、私は君が愛おしいのさ』