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第二次世界大戦中の日本について

 某エッセイでは、第二次世界大戦中の日本は、今とは多少の違いはあったが、普通の民主主義だったと述べています。某エッセイにしては珍しく、この話は少しだけ説得力があるものでした。ただ、私としては少し疑問に感じる点もいくつかあったので、それを考察していきたいと思います。


 まず、私は普通の民主主義というところが疑問なのですが、そこを考察していくために、最初に民主主義という言葉の定義をはっきりとさせておく必要があるでしょう。


 "民主主義とは、国民が直接または自由選挙で選ばれた代表を通じて権限を行使し、市民としての義務を遂行する統治形態のこと"


 このくらいでしょうか。つまりは、国民が国家の統治の権利を持っていますよ、ということです。この定義と、第二次世界大戦中の日本、ひいては1900年頃から終戦した1945年までの日本の政治制度や選挙制度などを比較検討して、某エッセイの主張が正しいのか議論していくことにしましょう。


 まず、終戦前の憲法、すなわち大日本帝国憲法について言及しておかなければなりません。現在の日本国憲法は国民主権ですが、帝国憲法は天皇主権の憲法でした。つまり、国の統治者は天皇で、すべての国民は天皇に奉仕するべし、という体制だったんです。これは、前述した民主主義の定義と合致していませんよね。

 また、選挙制度は一応ありましたが、これはかなりの制限選挙だったようです。以下が、当時選挙権が与えられていた国民と、全人口に絞める割合を書いたものです。


・1890年直接国税15円以上を納める25歳以上の男子で全人口比1.1%

・1902年直接国税10円以上を納める25歳以上の男子で全人口比2.2%

・1920年直接国税3円以上を納める25歳以上の男子で全人口比5.5%

・1928年25歳以上の男子で全人口比20.8%

・1946年20歳以上の男女で全人口比50.4%


 つまり、終戦までは、そもそも女性は選挙権を与えられていませんでした。この時点で、ちょっと「普通の民主主義」とは言えないと私は思います。さらに、全人口比で約20%という数字をみても、けっこう少ないかなという印象を受けるかと思います。

 また、当時はマスメディアも未発達だったでしょうから、国民が政治に対してどのくらい関心を持っていたのか、どのくらい政治の情報を手に入れていたのかが疑問視されますし、また選挙制度そのものも現在よりも未発達だったでしょうから、どのくらい国民に便宜を図った選挙が行われていたかもわかりませんので、投票率はこの20という数字よりも相当に低かったとしても不思議ではありません。

 つまり、当時は形式的には民主主義のという形をとっていたが、中身はさまざまな問題を抱えていて、かつ主権も国民ではなく天皇にあったことを鑑みれば、「普通の民主主義」とは到底言えません。当時の統治形態を表すならば、「天皇主権の形式民主主義」という感じでしょうか。

 けれども、民主主義の定義を違うものにすれば、結論は変わってきます。すこし面白い民主主義の定義があるので、それを紹介しましょう。シュンぺ-タ-という人の定義なのですが、以下のようなものです。


 "個々人が人民の投票を獲得するための競争をして政治権力を得る制度"


 つまり彼は、民主主義の定義を、国家の統治とか主権とかに求めず、単なる制度、とりわけ選挙制度という形式的なものに求めました。ゆえに、彼の民主主義の定義ならば、戦前の日本が民主主義だったということも可能かと思います。シュンぺ-タ-はかなり面白いことを言っている人なので、調べてみるのもいいかもしれません。ちょっと後書きでふれておきます。


 また、某エッセイは、第二次世界大戦中は「軍部独裁」ではなかったと主張していますが、これは正しい主張だと思います。その理由をこれから説明していきますが、そのためには、まず現在の国家政府の仕組みと、当時の国家政府の仕組みとの違いをきちんと説明する必要があるでしょう。

 現在の政府は、内閣総理大臣にとても強い権限が与えられています。特に内閣総理大臣には、各国務大臣の任免権が与えられていますから、内閣総理大臣が任意に国務大臣を選んだり辞めさせたりすることができます。従って、内閣総理大臣が暴走しない限りは、制度上はたとえ国務大臣が暴走しても歯止めが利くわけですね。

 それに対して、当時の政府では、内閣総理大臣には現在ほどの強い権限は与えられていていませんでした。制度上は、あくまで内閣総理大臣と各国務大臣は同じ地位でした。当時の内閣総理大臣は、「同輩中の首席」にすぎなかったといわれています。

 つまり、当時の政府は各大臣それぞれがトップだったわけです。だから、内閣総理大臣は他の大臣にあまり口を出せなかったんですね。そして当時は憲法で天皇主権が宣言されていましたから、大臣たちは国民の為ではなく、天皇の為に奉仕するという建前で働いていたわけです。その建前を利用して、当時の軍部はけっこう横暴なこともできていたし、それに対して内閣総理大臣がストップをかけることも難しかったわけです。こうして、軍部が軍事の分野でかなり横暴なことを強行した結果、戦争というかたちになってしまったのではないでしょうか。

 ですので、「軍部独裁政権」などではなく、単純に軍部は軍事の領域のみ権力を行使していた、ということができるかと思います。


 では、結局当時の当時の日本はどうだったのか、という話になるわけですが、私は、評価すべき点も存在はしているが、前述したような問題も抱えていることを鑑みれば、総合的にはやはり誉められるべきものではないと思います。そもそも、当時の日本を正当化したいときに、某エッセイのように内閣総理大臣とか、議員内閣制や二院制、憲法だとかを理由に持ってきても意味がないわけです。なぜなら、前述したように、当時の政治制度や選挙制度、憲法そのものがかなり問題を抱えてしまっているからです。某エッセイではたいそう力説されていますが、いくら当時の内閣総理大臣だった東条氏が立派な人物だったとしても、彼は日本の政治のトップではなかったわけですから、彼が立派だったことと、日本の政治が非難されるようなものではないことはイコールではないんですね。ヘブライ大学の名誉教授が誉めてもダメなものはダメなんです。それに、某エッセイに書いてあるこの名誉教授の本の内容からは、前述した民主主義の定義に合致しているところが、東条氏が退陣したところしかなくて、ちょっとこの部分だけでは名誉教授が当時の日本のことを民主主義だと評価しているとは言えないと思います。果たして、私の読解力が足りないのか、某作者の読解がおかしいのか……。


 また、今回取り上げた某エッセイの中で、「ファシズム」という言葉が出ていましたが、これはそれ単体でかなり面白い言葉なので、次回にでも取り上げていこうかなと思っています。


 最後に、そもそもの話として、私は義務教育のときには、日本が「軍部独裁政権」だったとは習わなかったんですね。「軍部の暴走」くらいにしか習いませんでした。これ、みなさんはどういうふうに習ったのでしょうか。かなり興味があるところです。

シュンぺ-タ-といえば、「エリート民主主義」が有名かと思います。彼は、いわゆる大衆の合理性や政治的感覚の有効性などに疑問を持っていました。ぶっちゃければ、彼は大衆を馬鹿だと思っていました。だから、国民は政治のプロを選挙で選ぶだけにして、政治はその選ばれたプロに一任すべきだと彼は主張していました。彼は国民投票とか、政治に圧力をかけるような行動もすべきではないと考えていたようです。

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