【物語】竜の巫女 剣の皇子 76 剣の巫女
昔々、アルテ・ハルモニアという不思議な世界でのおはなし。
夜の子は、迷子の竜と一緒に、宙へ。
この物語に ひとつ
なぞなぞが ひとつ
望みを ひとつ
ロゴノダ皇国の荒れ果てた原野。
早春の夜は、凍える大気に覆われた。
皇子がいた場所には、豐櫛の剣だけが残っている。
黒馬は項垂れる。『ちび、ソロは戻ってくるのか?』
『ソロの存在がとても遠くにいってしまい……どこに行ったか……わからない』
己の力を最大限に、彼の居所を探す白竜も、がっくりと肩を降ろす。
『あのばかは』空色の瞳が『どこまでも、ばかだ』たくさんの星が煌めく夜空を仰ぎ見る。
綺羅明が静かに「アステイラ。私はルーに、身体を渡すよ」白竜に言う。
『それでいいのか?』
「アタシはソロフスにふられ、見事に討ち破れた。本当は……アタシと共に、恋と冒険の物語を歩むはずだったが」青銀の瞳が揺らめく。「アイツとは違う、物語を生きることにする」
『綺羅明。おまえは美しい』
「ありがとう。ルチェイも美しいよ」「さすがはアタシの恋敵」白虎の比売は、自身の胸をそっと撫でる。
「しかし、アタシが【完全に篭もる】と、このコの命は保てない。
ルーはかつて一度死に絶え、竜の身魂の助けで命を長らえた」綺羅明はちびを見つめる。
「アタシがルチェイの中で共に生きることで、源気の強いアタシの方が勝つ。それが今の状態だ」
『では、ボクがルチェイの身魂、源気となろう』
「キミはルーに全て、与えるか」
『否。ともに生きる喜びを分かち合う』『ボクは、ルチェイもソロも大好きだから』
星の竜は微笑む。『綺羅明、君とも人生の歓びを分かち合おう』
「ありがとう」白虎の乙女は、新雪の様に美しい竜を柔らかく抱きしめる。
『ミカゲ』ちびが黒馬に微笑む。『ルチェイが戻ってくるから、伝えて欲しいことがある』
彼女は真剣な顔で頷く。
『ソロには【ボクの鍵】を渡している。それを辿って、たぐり寄せろ、と』
『必ず伝える。ちび、あたしはお前が大好きだ』ミカゲが泣く。
『ボクもだ。ありがとう。大好きだよ』
微笑む白竜は淡い光になって、綺羅明の身体へ溶け込んだ。
ルチェイが気が付くと、そばにはミカゲがいた。綺麗な星空が見える。
「……結界は、解けたのね」彼女は起き上がり、黒馬に尋ねる。
『お前ががんばって、緋の巫女を倒したんだぞ』
「そうなの?」ルチェイは【綺羅明】でいた間のことを全く覚えていないので、目をまんまるくする。
「でもよかった。ソロは?ちびは?あれからどうなったの?」ルチェイが夜の原野を見渡し、大事なひとを急いで探す。
『ルー。聞いて欲しい』
ミカゲが眼を潤ませながら、ソロフスが始竜を助ける為にどこかへ消えた事、ルチェイを戻す為、ちびが姫巫女自身の糧となった事を伝えた。そして、みんなが残していった玄穂と豐櫛の二剣を巫女に渡す。
「なんてこと……!」
顔を強ばらせたルチェイは、身体を震わせ地に座り込む。
「ちび……!!」碧い瞳から涙が溢れる。
『ルー。ちびから、お前がソロを探す事ができると言われた。【鍵】を渡してあるから、と』
「鍵……。ソロフス……!」愛しい者の名を呟き、彼からもらった懐剣と、玄穂、豐櫛の剣を抱きしめる。
「探すわ!必ず見つける!」
ルチェイは三剣を抱き、眼を閉じる。ソロフスだけをひたすらに、思う。
糸のように細くなった彼女の意識は、上の宙にではなく、こころの中、その奥深くに向けられた。
ルチェイは、ひとつの部屋の中にいた。
あたたかな陽光が、窓から差し込んでいる。
そこが藍理宮の屋敷、ソロフスの部屋だと彼女は気付く。そうして、ひとりの女性が、子守歌で赤子をあやしている姿を見つけた。
母親らしきその顔は、長い黒髪をゆったりと結い上げ、キリリとした黒眉に黒い瞳。
女性は、ルチェイに顔を向けた。
「あなたの望みを、ひとつ」母親はルチェイに微笑む。
「この子の決意を受け取ったあなたよ。この子の代わりに望みをひとつ、決めて欲しい」
ルチェイは、母親に歩み寄る。母は彼女に、腕の中にいる男の児を見せた。その可愛らしい寝顔に、姫の顔も綻ぶ。
「あなたの愛しい者の名は」母親はルチェイに言う。「私においても最愛である」
ルチェイは、穏やかに笑む母を見る。
「ソロフスと一緒に、生きたい」
涙を零しながらもルチェイは、母親の目をしっかりと見た。
母は頷き、抱くいのちを彼女に、柔らかく手渡す。
ルチェイはそれを、強く、抱きしめた。
そよ風が、頬を撫でる。
ルチェイは、懐かしい陽の薫りを嗅ぐ。
あたたかなソロフスの身体が彼女を包んでいた。
「ルー。また、見つけてくれて……ありがとう」
「ソロフス……!」
ふたりは互いを抱きしめ合い、泣きじゃくった。
原野の夜明けが、今日も世界を照らす。
(つづく)




