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【物語】竜の巫女 剣の皇子【第二部】  作者: ヤマトミチカ
はんぶんこ
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【物語】竜の巫女 剣の皇子 71 天下結界


「貫け!」

 漆黒の戦闘衣を纏うタバナは、魔槍に炎の気をありったけ込め、始竜の腹に突き立てた。

 首なし竜が、身体をのけぞらせ悶える。

「まだまだ!!」必死にサイメイが結界で竜を抑える中、彼女は先ほどと同じ場所に槍を突き立てる。やっと、深さ1メートル程度の傷が生じた。「くそっ!」タバナは力の消費と共に、苦悶の表情を示す。槍の刃が砕けたのだ。竜を貫くことができる一角獣の角、と最硬度の炎重鋼を錬成した皇国最強の刃が。

 竜の傷は灼熱を漏らす。獄炎を秘める体内。タバナは決めた。

 力の限りに槍を傷深く打ち込む。彼女は歯を食いしばる。竜の熱で彼女自身が燃える。「これでどうだあっ!!」タバナは槍に残り全てを込め、「爆ぜろ!」炎をたたき込んだ。竜が暴れ、傷から火花と炎が溢れる。

 タバナは火に包まれ蒸発した。

「タバナさん!」

 サイメイは彼女の最期に目を見張る。

「なんという熱量!」

 彼は始竜の結界を最大限で保持し、タバナが切り開いた竜の傷にしがみつく。竜は暴れ続けるのでサイメイは一度大きく吹っ飛ばされた。「さすが!最強っ!!」泥だらけの魔導師は血を流し、笑う。「わんこはがんばるよ!!」目を金に燃やし、再び竜の傷に飛び付く。そして、傷に気を込めた腕を突き刺し、詞を詠唱する。熱が彼を燃やそうと阻む。しかし、彼はあきらめない。

「停止しろっ!!」サイメイは魔力最大で竜内部の急速凍結を狙う。始竜も必死に抵抗し、後ろ脚の爪でサイメイを裂く。「駄目か!最強詞なのに!熱々で冷えないっ!!」傷に突っ込んだ腕の感覚がなくなった彼は、冷汗を流し苦笑した。

「導司!藍理様っ!」サイメイは残った腕を竜の傷に打ち込むと

「燃えます!」激しく自爆した。



 ソロフスは赤光の結界内にて、緋の巫女に剣で向かう。しかし、彼女は雷撃を繰り出し阻む。

「もう、わらわには触れさせぬぅ!」彼女は獣の様に飛び回る。剣士は、彼女の動きを見て「全部焼いた方が早いな」結界円陣を半球状で重ねて固め直し、内部を全て炎で満たした。「雷雲すら焼いてやるよ!」彼は詞を唱え、緋の巫女の間合いに攻め入る。

 彼女は笑う。

 不意に、ソロフスが後方に引っ張られた。彼が目を見開き右腕を見ると、後方から伸びていた巫女の髪の毛が巻きついている。「くそっ!」ソロフスは顔を歪める。髪の束が右腕を締めあげる。炎では焼けない。彼は左手で腰刀を抜き、髪を斬ろう試みた。しかし、駄目だ。

「腕を、引きちぎろうか!喰ってやろうかぁあっ!」緋の巫女が黒い眼を丸くし、口を大きく開いて嘲り笑う。腕に絡みついた髪が、怖ろしい力でソロフスを女の方に引きずり出す。彼の額から汗が流れ落ちる。「あはははははははは!」緋の巫女が舌を出して大笑いする。

 その時、ソロフスは緋の巫女の方へ全速力で向かい、左手で玄穂の鞘を取る。そうして、迷わずに突進し、笑って隙のできた彼女の口にそれを突き立てた。「ぐえええっ!」女は慌てて鞘を噛み砕こうと躍起になる。同時に、ソロフスの右腕に巻き着く髪の毛が緩んだ。「さっさと!」彼は詞を唱え、「絶!」彼女の口に炎弾をぶち込む。緋の巫女は叫び声を上げ、のたうち回る。彼が女を斬ろうとした時、大きな爆発音と、赤子の泣くような大きな咆吼が響き渡った。大気をも激しく揺るがす振動に、ソロフスも一瞬、動きを止めてしまった。

「あれは、わらわの竜の、声じゃ!」緋の巫女が口を血まみれにして起き上がる。女の目が爛々と輝く。

 直後、ソロフスの結界円陣は軽く打ち砕かれ、緋の巫女のそばに頭の付いた完全体の始竜が現れた。


「サイメイ……」ソロフスは彼の末路を思い、厳しい表情を浮かべる。

 紅の竜は、始めは黒い瞳をキョロキョロと動かし、緋の巫女やソロフスを眺めた。子犬の様な無垢な瞳だ。

 巫女は「わらわの可愛い竜よ」「世界を焼け」「あの男を喰え」微笑みながら命じた。それを聴いた竜は瞳を金色に変え、激しい咆吼とともに白い翼を大きく広げ、舞い上がった。

「やめろ!」

 ソロフスが炎と共に叫ぶ。始竜は口を開けると、巨大な灼熱の炎弾を吐き出し、無作為に周りを焼きだした。土すらも燃え上がる。広大な城都が簡単に全て燃え上がってしまった。炎は宮城にも届いたが、結界が炎の直撃を防いだ。

 緋の巫女は身体を弾ませ、ケタケタ笑う。「そうそう!もっと焼けぃ!」「ああ、でも、先にこの男を喰え」女は始竜に小さく手招きをした。赤い巨竜は素直に緋の巫女のそばに舞い戻り、ソロフスに顔を向ける。彼は獣の目に睨みを利かせ、剣を構える。

 


 宮城にいるレウンは、竜の炎を視認した。

「ここで手を打つか」

「僕の役割もここで」レウンは自身の首に剣の刃をそっと当て、引く。「僕と藍理の、心と命血をもって。天下最強の結界を!」刃のあとから血が噴き出し、彼を染める。

『始祖よ』導司は薄れゆく意識の最期、寂しげに微笑む天女をみた。

 

 皇国の原野にて

 剣士と緋の巫女、竜の周りに分厚い炎の壁が、半球状に出現した。



 出撃の前。

 ソロフスは導司と、ふたりきりで話をした。

『計画の最後に、球体の結界を作る。これははじめ、藍理を中心に直径約300メートル、厚さ50メートル強の炎の壁で出現する。そして、少しずつ縮まる。最後は結集、限りなく超微細小化する。事実上の消失、だ。藍理の生死に関わらず、解除はされない。術者の僕が死ぬからね。脱出は不可能とする。始竜を抑える結界として、人の命を使用した最強のものだ」レウンは穏やかに話し

「竜より強い存在があれば、解除も可能だが?」ソロフスに微笑む。

「『綺羅明きらきらという別人格に変わる』と分かっている以上、それは拒否する。他の手段をとる」「これは私のわがままだ」彼は静かに、しかし、頑なに答えた。

「そうだね」レウンは朗らかに笑う。「世界を助ける、わがまま」

「それを通したい」

 レウンは彼のことばを受け「ヤードの弟子は、わがままばっかりだな」頷きながら笑みを浮かべる。

「藍理の望みが、藍理の世界」千里眼の青年は、剣士の手を柔らかく取る。

「しあわせであるなら、そう望むままに。僕も優しい世界が好きだよ」




「来たか」

 炎に閉じられた空間でソロフスは天を仰ぎ、玄穂を強く、握りしめた。


(つづく)



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