【物語】竜の巫女 剣の皇子 65 斬る
薄暗い竜殿にて、魔導剣士ミットマは魔女と黒翼獣の群れ、老剣士と静かに対峙する。
しびれを切らした剣士ハセルが斬り込んで来たので、青年剣士はその場で待ち構え抜刀し、彼の首を一閃にして刎ねた。
それは一瞬で、ミットマは白刃の煌めきと赤い血の雨の中、静かに微笑んでいた。
グランジャはその意味がすぐに把握できず、ことばを失っていた。が、彼女の足もとにハセルの首が転がってくると、表情が一変した。黒翼獣達はギャアギャアと鳴きわめく。
「……舐めやがって!」黒衣の魔女は赤い目を燃やすと、老剣士の首を蹴飛ばした。それを彼女のそばにいる翼獣が喰らう。バリバリ噛み砕く音が竜殿内に響く。
魔女が何か言おうとした時、ミットマの緑眼が燃え、同時に竜殿全体に凄まじい疾風と振動が起こった。それは耳をつんざく程の高音衝撃波で、耳のよい翼獣達は気味悪い叫びを上げた。まともに衝撃をくらった数頭は耳と目から血を吹き出し床に墜落、動かなくなった。
ハリュイはエーテルの光に守られ、静かに闘いを見守っている。
グランジャと隣にいる翼獣はとっさに他の翼獣を盾にして、なんとか直撃は裂けた。十数秒の衝撃波が終わり、彼女が眉間に皺を寄せながら目を開けると、竜殿は半壊し、連れてきた翼獣は残り三頭になっていた。魔女は赤目をつり上げミットマを睨む。
「てめえ!」女は牙を剥き出しにし、翼獣二頭を彼にけしかけた。
ミットマは軽く跳ねると翼獣に向かい、両方とも斬った。
翼獣等は血を蒔き散らせながら床をのたうち回る。冷たい目の剣士はグランジャに白刃を向けた。
魔女が冷や汗をかいた瞬間。彼女の体は上下に分かれていた。ミットマはその軌道の端に着地すると、彼女の二体を見た。剣はまだ納めない。
「おまえぇ、許さん」上半身だけの魔女は血を吐き出しながらミットマを罵ると、両腕で起き上がり、下半身を引き寄せた。そうして自力で切断面をつなぎ、身体を再生して立ち上がった。
彼女の赤い瞳が炎と化し、口からも火を垂れ流す。それをミットマは静かに眺める。彼の目の前で、今まで倒した翼獣達と、首のない老剣士もユラユラと立ち上がった。
「火か。ソロには及ばないな」ミットマは自分にだけ呟き、微笑んだ。
グランジャはそれを見て怒号をあげる。「笑ってんじゃねーぞ!!」再生した翼獣等と剣を持った首なしハセルが一度に彼を襲う。
ミットマは緑眼を煌めかせ瞬時に詞を唱える。再び衝撃波。と共に竜殿内が一気に凍る。翼獣達は一頭を盾に残りでミットマに喰らいつくつもりであったが、衝撃波と共に全方位に飛散する氷剣弾に貫かれた。
その隙にミットマは襲い来る者を全て、賽の目に切り刻む。
「挽肉だ」ミットマは血肉の間で舞う。
彼が作り出す極寒の世界は切り刻んだ血肉を床地に貼り付け結界氷面内に封じた。
「造作なし」
青年剣士は間髪入れずグランジャの隣に立つ黒翼獣に一気に突っ込むと、その体を六つに斬った。飛び散った血肉は豪炎と化し、四散する。
グランジャは赤い目を満月の様に見開き、顔を手で覆うと悲鳴を上げた。
「本体、さよなら」ミットマは広がりゆく炎の中、魔女に吐き捨てた。
ルチェイは夜目の利く黒馬ミカゲに乗り、アーサラードラのイルサヤ宮城が遠目に把握できる地点まで来ていた。
『ルチェイ。何か変だ』首の勾玉を外し竜の力を戻したちびが、翼で上空を飛びながら大声で知らせる。
彼女は宮城の方に目を凝らした。闇夜の中でそこが変に薄明るい事に気が付く。
『ルー。焦げ臭い。火が起こっているようだ』ミカゲが言う。
ルチェイは顔を強ばらせる。ちびは『とにかく急いで行こう!』空色の瞳を光らせると先に飛んでいった。ミカゲもそれに負けない勢いで、宮城のあかりに向かって駆けていった。
(つづく)




