【物語】竜の巫女 剣の皇子 43 日の出
少年は、死に目に会えなかった母に抱かれ涙を流した。
そうして、少し落ち着くと「僕はどうしたらいい?」また尋ねた。
「あなたの世界はまだ小さい」白巫女はエーテルの金眼を再び指し示す。
「このアルテ・ハルモニアという星は宇宙の中ではとても微細微小なもの。しかし、世界そのものは幾重にも広がる無限の抽象を示す具現具象の集まり、旋律を奏でる魂と力と命そのもの。ひとつとすべて」
白巫女の言葉に合わせて、アルテ・ハルモニアの様々な場所が竜眼の中に映し出された。
「見たことのないところがたくさんある……」少年はうなだれた。
「僕は小さくて弱いんだね」
白巫女は「そうではない。あなたがまだ知らないだけ。宇宙を見ず知らずに生きて死ぬ者もいる。しかしそれが幸不幸ではない。それは自身が決めること」彼に優しく話した。
エーテルの眼が再び、宇宙と呼ばれる星夜を映し出す。
「僕はこれが好き」夜の子は涙ぐみながらそれを撫でた。
「見ているとドキドキする。不思議。キラキラした音も聴こえる。今も僕の上にあるんだね」
『そう、夜と朝と昼は繋がっていて、すべてがそれぞれに球・円・環として常に流動変化する集合体としてのひとつ』白竜も穏やかに話した。
「エーテル。とても遠くに金剛石が見える。綺麗な鈴と琴弦の音もする」
『あれが太陽。アルテ・ハルモニアよりも大きく、力そのもの』
「あたたかい」夜の子は両手と片頬を竜眼に当て、静かに眼を閉じた。
「僕は太陽が好きになった。おひさまみたいにルーを守ってあげられたらな……」
「いろんな世界を見てみたい。ルーとまた一緒に」
少年は竜眼につぶやいた。
『望めばお前は陽光となる』エーテルは言った。
『お前は世界に望まれた子。我と同じ宇宙の眼をやろう。鍵と一緒にだ』
竜眼が金色に戻り、次に白く輝き出した。
『お前に与えられた鍵はひとつ。では錠は世界にいくつあるか?』
「大きな屋敷だと、ひとつの鍵にたくさんの錠がある」少年は竜の眼に両手を当てたまま答えた。
『賢い答えだ』
エーテルは低い声と共に不敵な笑みをこぼす。
『宇宙の眼と鍵を得てもなお、お前の望むものがなにかを決めよ。次に必ず会う時まで。それがお前の世界を決める。お前の存在は絶対。世界は相対。それが絶対』
不意に金眼から白光と共に、たくさんのものが少年の手を介して流れ込んできた。
身体の中にたくさんの何かが、何かわからないまま溢れてくる。彼は怖くなった。が、竜眼から手を離すことができない。だんだん苦しくなって意識が薄れてくる。
『ソロフス!』
母の輝く手が少年の肩を強くつかみ、竜眼から彼を引き剥がした。
少年はぼんやりしながらも、なんとか倒れ込んだ床から身体を起こした。全身が汗でびっしょりだ。
『ソロフス。竜は宇宙そのもの。そのすべてを受け入れることはできない。ひとの身体では壊れてしまう』
母が寄り添い、彼の額をそっと撫でなから話し、その両手を柔らかく握った。
とてもあたたかいものと哀しみを彼は手を介し得て、痛みも感じた。
「それがあなたに与えられた鍵の証」白巫女は静かに伝えた。
「鍵は竜にも繋がる」
「僕に……竜の?」少年はエーテルを見上げた。
白巫女と母は静かに頷く。
少年は「そうか。僕はルーを守れるんだね……ありがとう」と弱々しくも笑みを見せた。
「僕はどうやったらルーを守れるか考える。ちからを使ってみる」
呼吸を整えた少年は、ゆっくり立ち上がり竜を見上げて言った。
気が付くと、母の姿はもうなかった。
彼は竜殿の泉に顔を向けた。
「ルーもがんばっている。そう感じる。そうだと信じる」
次に白巫女を見て
「はじめはルーに償おうと思っていた。今でも思っている」
「次に、ルーとアーサラードラの為に生きて償おうかとも思った」
「でも、違うんだね?」
尋ねられた彼女は静かに頷いた。
少年は「まずはソロフス・ヤードとして生きてみる」白巫女を見つめて言った。
「そこから考える。今はいろいろできない。でもできる限りやる。ごめんなさい、ありがとう」
最後に「……ルーは僕のこと、許してくれるかな?」
困った様に微笑んだ彼に
「その答えと決意は、また会う時までに」白巫女も静かに笑み返した。
「ありがとう。ニールとミットマが待ってくれているので帰ります」
少年は白巫女に別れの挨拶をし、竜殿を後にした。
イルサヤ宮城を出ると、黎明の空は遠くの山に茜色と藍と黄色の帯を水平に広がらせている。夜明けが近い。冷たい風も心地良い。
『この空の上下に広い世界がある。やり直す方法があるかもしれない』
少年は腰に帯びた剣を軽く鳴らしながら馬に飛び乗ると、光に向かって勢いよく駆け出していった。
(つづく)




