第31話
準備は着々と進んでいた。
工務区の中央広場では、職人たちが送魔線の敷設作業に汗を流している。
巨大なパイプが組み上げられ、広場を囲むように設置されていく。
「派手にやれって言われたからな。派手にやってるぜ」
若い職人がにやりと笑った。
僕は彼らの作業風景を眺めながら、次の手を考えていた。
宣伝だ。
このイベントを成功させるには、人を集めなければならない。
* * *
「統一魔力のデモンストレーション?」
真理区の研究者が目を輝かせた。
「ああ。工務区の広場で、夜を昼に変える」
「面白い。純度の高い魔力なら、理論上は可能だが……実際に見てみたいものだ」
「当日、来てくれ。そして、仲間にも伝えてほしい」
研究者は快く頷いた。
学術的な興味。
それが、真理区を動かす鍵だった。
* * *
工務区では、トージが動いていた。
「おい、聞いたか。あの研究員殿がとんでもねえことをやるらしいぜ」
「夜を昼に変えるって? ホントかよ」
「本当さ。俺たちが送魔線を引いてんだ。嘘なわけがねえ」
職人たちの間で、噂は瞬く間に広がった。
技術者としての好奇心。自分たちの仕事が何に使われるのか。
その興味が、工務区を熱くしていた。
* * *
神の手地域では、ハルが動いていた。
「還し手様、何やら工務区で大きな催し物があるとか」
「ええ。とある学者が、夜を昼に変えると」
「……それはまた。しかし、その学者とは例の……」
「ロイ・アヴェイラム。世界一の学者でございます」
「……あなたほどの方がそういうのであれば」
ハルの言葉は、神官や旧家の者たちの間で静かに広まった。
還し手が動くなら、何か重要なことが起きる。
その期待が、神の手地域にも届き始めていた。
* * *
だが、情報は敵の耳にも届く。
統治区、長官執務室。
「あの小僧、何を企んでいる」
長官は報告書を睨みつけた。
「工務区で大規模な送魔線敷設作業が行われています。行政区だけでなく、神の手でも噂は広がっているようで……」
「統一魔力の実演、か」
長官の目が細まった。
「忌々しい」
「いかが致しましょう」
「潰せ」
長官は低い声で言った。
「許可なく公共設備を使っている。それを理由に、作業を中止させろ」
「承知しました」
部下が退出した後、長官は窓の外を見つめた。
イライジャの澄ました顔が目に浮かぶ。
長官は真理区の主席研究員であるイライジャに過去に何度も苦汁を嘗めさせられてきた。あの男の介入がなければ、隠蔽派はさらに力をつけ、都市を牛耳ることができていたはずだ。
忌々しい。イライジャも、その孫、ロイ・アヴェイラムも。
統一魔力などが普及すれば、この都市の権力図が塗り替えられる。
魔力配給を通じて各区を支配してきた構造が、崩れ去ってしまう。
それだけは、断じて、許すわけにはいかない。
痴呆の祭主を傀儡にし、もはや神殿を手中に収めたも同然のところまできた。
あと一歩なのだ。
* * *
翌日、統治区から通達が届いた。
「公共設備の無許可使用につき、作業の即時中止を命じる」
職人たちがざわついた。
「おいおい、何だこりゃ」
「無茶苦茶言いやがって。統治区にそんな権限あんのかよ」
トージが僕に目配せした。
焦ることはない。予想通りだ。隠蔽派は動いてきた。だが、。
「気にするな。無視して作業を続けろ」
僕は静かに言った。
「いいのか? 統治区に逆らって」
「ハルが動いている。神殿側から圧力をかけてもらう」
* * *
同じ頃、ハルは神殿の奥で、先代の還し手であるハクアと会っていた。
「ハクア様。統治区長官が、工務区の作業を止めようとしております」
ハルは真剣な目でハクアに言った。
「長官の横暴は目に余りますが……申し訳ありません。わたくしでも止めることはできないのです」
「ええ、わかっています。ですが祭主様なら」
「祭主様……ですか。しかし、あの方は今――」
「私が話をします」
ハルの声は静かだったが、揺らぎはなかった。
祭主の心はすでに、あの長官に握られている。
それでも、形式的な権限だけは、まだ残されている。
都の外から来た、あの男。
彼と出会ってから、ハルの見ている世界は変わった。
自己満足の献身では、何も救えないと知った。
そして、あの男なら、この都に、まだ見ぬ夜明けを連れてくる。
では、自分は何をした?
たった一人の心を、ほんの一瞬でも取り戻せずして、何が還し手か。
祭主の部屋に続く廊下を、ハルは確かな足取りで進む。
* * *
数時間後、統治区に別の通達が届いた。
「祭主様のご意向により、工務区の作業は神殿の保護下に置かれる。統治区の干渉を禁ずる」
長官の顔が歪んだ。
「……還し手の仕業か」
長官は、ぎり、と歯を食いしばり、怒りで顔を歪ませた。
ひとつ深く息を吐いて、彼は椅子に深く沈み込んだ。
今回は引き下がるしかない。
だが――覚えておけ。
当日に、必ず潰してやる。
長官の目に、暗い炎が宿った。




