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8歳から始める魔法学  作者: 上野夕陽
第七章

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第19話


 それからの時間は、数日だったのか、もっと長かったのか、正確には覚えていない。

 僕はほとんど研究室から出なかった。


 頭の中で転がり続けていたアイデアを、ひとつずつ式に落とし込んでいった。仮説を疑い、崩し、組み直す。その繰り返しの末に、魔素の波動性を前提とした、逆位相干渉による共鳴均質化法が、ようやく形を持った。


 工務区にあるトージの工房に足を運ぶと、彼は僕が渡した設計図を一言も疑わず、黙々と具現化していった。位相をずらす回路――理論が正しければ、これでクオリアの固有振動を打ち消すことができるはずだ。


 作業が終わったのは、ほとんど同時だった。


 実験室には、僕とトージ、それからアジュが集まっている。


 アジュは、トージの回路から流れ出るデータを追いながら、魔素の挙動を読み取っていた。

 不規則に見えていた振動の奥に、ひとつの周期が浮かび上がる。


 ――クオリアの、固有振動数。


 それは、偶然とは呼べない精度で、そこに存在していた。


「……これで、本当に上手くいくのか?」


 トージが僕に問いかけた。

 薄暗い研究室の中央に鎮座するそれは、お世辞にも美しいとは言えなかった。

 無骨な鉄のフレーム。幾重にも巻かれた巨大なコイル。

 そして、特徴的なのが、蛇のようにうねる二本の銅パイプだ。

 基部で分かれたパイプは、それぞれ異なる長さを経由して、再び一点で合流している。


 空気中から取り込んだ魔素を二つに分け、片方の位相をずらして再衝突させる。

 単純だが、精緻な計算が求められる装置だ。


「……うまくいくさ。いかなきゃ困る」


 僕はダイヤルに手をかけた。

 パイプの長さを調整するスライド機構が、重々しい音を立てる。


 アジュは、資料を抱えたまま僕たちを見つめていた。

 彼女の記憶したデータや計算能力が、この装置の設計に大きく貢献している。クオリアの波長、その正確な数値がなければ、この管の長さは決められなかった。


「僕の理論と、アジュの解析。そしてトージの技術力。全部が揃って、ようやくここまで来た」


 トージは何も言わなかった。

 ただ、娘の名前をつぶやいて、目を伏せた。


「3、2、1……励起開始」


 ダイヤルを回す。


 ブーン、という唸りが、徐々に高くなっていく。

 共鳴管の中で、魔素が特定の周波数で共鳴を起こし始める。

 ガラス管の中が、ぼんやりと光り始めた。

 だが、その光は頼りなく、明滅しては消えていく。


 まだだ。

 ただ励起させただけでは、クオリアが暴れてエネルギーの形を保てない。これでは霧散して終わりだ。


「ここだ」


 エネルギーが臨界点に達した瞬間。


「位相遅延回路、接続」


 僕はレバーを倒した。


 唸り声が、一瞬だけ絶叫のような高周波に変わる。

 暴れるエネルギーが、遅延回路へと流し込まれ、自分自身の影と衝突する。


 そして――


 音が、ふっと消えた。


 完全な静寂。

 位相のずれた波が互いを食らい合い、クオリアが沈黙した瞬間だった。


 その静寂の中、何もない空間から、青白い光の粒子が降り注ぎ始めた。

 まるで雪のように。ゆっくりと、静かに。


「……きれい」


 アジュの口から、声が漏れた。


 僕は魔力視を発動した。


 模様がない。

 ただ、整然と並んだ光のグリッド。完璧で無個性な格子構造。

 あまりに美しく、人工的な静寂。


「……成功だ」


 声が震えた。


「統一魔力の生成に、成功した」


 エルサの成し遂げた『変換』ではない。

 既存の魔力を壊して作るのではない。

 大気中の魔素から、直接、統一魔力を『生成』したのだ。


「……お、おい」


 感慨にふける間もなく、トージが僕を呼んだ。

 彼は、計器を凝視している。

 見れば、魔力計の針が振り切れていた。


「なんだ、この数値」


 僕は息を呑んだ。

 生成されたエネルギー量が、理論値を遥かに超えている。

 ひとつひとつの魔素が持つエネルギーを足し合わせた総和よりも、遥かに大きい。


「一体何が……」


 しかし、考える間はなかった。

 実験の成功を確認するために送魔線を繋いでいた魔力灯が、一瞬だけすさまじいほどの光を放ち、そしてパリン、と割れた。


 ガラスの破片が飛び散る。

 僕は咄嗟にアジュを庇い、トージは机の下に身を隠した。


 しばらくして、静寂が戻った。

 研究室は薄暗く、破損した魔力灯の残骸があちこちに転がっている。


「……は」


 僕は、乾いた笑いを漏らした。


「はは……」


 笑いが止まらなかった。


「おい、大丈夫か」


 トージが顔を上げ、心配そうに僕を見る。


「大丈夫もなにも……」


 僕は、自分の手を見つめた。


「僕たちは――いや、人類はとんでもないものを、手に入れてしまったかもしれない」


 夢のエネルギー。それとも悪魔の兵器か。


 エルサが開発した統一魔力変換技術も、そうだった。

 彼女の技術は、奴隷化魔法と結びついて、帝国の狂気を支えている。

 僕の技術が、同じ道を辿るかどうかは……わからないけど。


「……ロイ」


 アジュが、僕の服を引っ張った。


「大丈夫?」


 その声で、僕は我に返った。


「……ああ。大丈夫だ」


 僕はアジュの頭を軽く撫でた。


「とりあえず、片付けよう。明日、もう一度実験する」


 トージが頷いた。

 彼もまた、何かを考え込んでいるようだった。


 僕たちは黙々と研究室を片付けた。

 割れたガラスや焦げた配線、そして散乱した資料を片付けながら、僕の頭の中には、あの光景が焼き付いていた。

 青白い光の粒子。完璧な格子構造。

 あまりに美しく、あまりに強大な、人類が手にした新しい力。


 ――これを、どう使う?


 カエを救うため。

 さまよい病を治すため。

 ハルの右腕を治すため。

 この都市を救うため。


 そう、それらが目的だったはずだ。


 だが、この力は、それだけで済むものじゃない。

 核樹の負担を減らし、都市に十分以上のエネルギーを供給できる。

 そして、いずれは地下都市ネハナだけに留まらず、世界すら変える可能性を秘めている。


 僕は窓の外を見た。

 発光苔の光が、静かに揺らめいている。


 まずはこの技術を完成させなければならない。

 話はそれからだ。


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― 新着の感想 ―
対消滅かな
大規模利用して大気中の魔素が枯渇するなんてことにならなければいいが。 今まで魔素を工業利用している作品でもこんな感想抱いたことないのですが、なぜか今回は嫌な予想がまず来ました。
この脳汁出る瞬間がたまらん
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