幕間Ⅲ 大帝国の残影
アトラクト王宮の奥庭。
冬の澄み切った空気の中に、不釣り合いな笑い声が響いていた。
ミルケ・ジオ。
彼は、アリスが直面している女王の試練すらも、盤面を彩るスパイスとして愉しんでいた。
「見なさい、シオン」
柔らかな手つきで、幼い弟の頭を撫でる。
「アリスが必死に糸を操っている。必死に、丁寧に」
くつくつと、喉の奥で笑う。
「だが、あれは所詮『嘘』だ。……構造を持たぬものは、いずれ自重で崩れる」
彼の前には、古びた地図が広げられていた。
そこにはアトラクト、ガレス、ラインベルト、そして死に体のアソセスの国境が、最初から存在しなかった様に塗りつぶされてる。
かつての大陸が描かれている。
「……これが、本来の世界の姿だ」
ミルケの指が、中央をなぞる。
「分断は例外であり、統一こそが自然。歴史は一度それを証明している」
大アルタミス帝国。
それは滅びたのでない。ただ分解されたに過ぎない。
「ならばもう一度組み立てればいい」
その声には迷いがなかった。
「アソセスが滅びる。ガレスとラインベルトが互いに食らい合って疲弊する」
「……その焦土の上に、再び秩序を築く。それだけの話だ」
視線が、わずかに細められる。
「アリスは優秀だ。実に美しく混乱を演出している」
「だが、彼女は勘違いしている……。救えると思っている」
断言する。
「世界は救われない。整理されるだけだ」
ミルケは、椅子に背を預けた。その視線が、地下へと向けられる。
「クスト・レア……。英雄は、一度死なねばならい」
ミルケにとって、クストに鉄仮面は、単なる隠蔽ではない。
再定義の儀式だった。
「名も、誇りも、意思も奪う」
静かに呟く。
「そして初めて、道具になる」
『我が王家の所有物(帝国の番犬)に』
それが、クスト・レアの完成形。
「あの犬の鎖を、アリスが握りしめていられるうちはいい」
「……だが、彼女は必ず折れる」
断言だった。
「その時、鎖は私が引き継ごう」
シオンの肩に手を置く。
「シオン、お前が座るべき玉座の足元に、あの怪物を繋いでおいてやる」
父王の狂気は、娘の苦悩を養分にして膨らんでいく。
アリスは、女王からの「裁定権」という重圧と、父王からの「破滅への誘い」。
二つの巨大な影に挟まれながら、アソセスの王都リスパトが飢えを、止めることができずにいた。




