第一章 沈黙の凱旋
アトラクト王宮、陽光が皮肉なほど美しく差し込む私室。
戦場の泥を落とし、豪奢なドレスに身を包んだアリスは、茶を啜る父王ミルケ・ジオの前に立っていた。
「やあアリス、特命全権大使。大役ご苦労様。素晴らしい活躍だったようだね」
父王は顔を上げ、慈父のような微笑みを向ける。
だがその瞳の奥には、氷の光が張り付いていた。
「しかし私は少し後悔している。……やはり君には、この役はまだ若すぎたかな?」
背筋に冷たいものが走る。父はすべてを見透かしている。
「君は少し、嘘をつきすぎている。……アリス、君の付いた嘘はやがて王国を、いや大陸をより大きな混乱へと招く猛毒になる。……そう、クスト・レアのことだよ。死んだはずの男を『生かして』連れ帰るなど、我が国にとっては危険すぎる嘘だ」
父王は立ち上がり、アリスの頬をなぞった。
その指先は冷たい。
「全権はまだ預けておこう。だが、その嘘の代償は、君自身で支払わねばならない」
アリスは震えを抑え、父を見返す。
「……なぜ私にこれほどの権限を? 失敗すれば、父上の椅子さえ危うくなるはずです」
父王は一瞬目を丸くし、すぐに喉を鳴らして笑った。
「それはね、アリス。……娘ながらに、若い女の子が巨大な困難に立ち向かい、必死に右往左往する姿というものは、とても見応えがあっていいものだからだよ」
「……!」
歪んだ娘の表情を眺め、王は満足げに頷く。
「冗談だよ。……君の才覚は、私を遥かに超える素晴らしいものだからね。だからこそ、その芽がどう育つか(あるいは摘み取られるか)を見ていたいのだ」
王は懐中時計を閉じ、事務的な口調で告げた。
「さて、昼食の時間だ。……アリス、二刻(約四時間)後に、ジークシールドと例の『亡霊』を連れてここに来なさい。君たちが背負う嘘に、相応しい『枷』を用意しておこう」
謁見の間を辞した廊下で、アリスはドレスの裾を握りしめ、低く吐き捨てた。
「……私は、父様が大嫌いだわ」
その背後で、ジークシールドは黙して影を落とす。
主の憎悪と屈辱を抱えたまま、その影は離れなかった。
第二部に突入しました。ここから本編となっていきます。




