第七話 火薬
十三才の特等魔術士レニットに関する不安要素に頭を悩ませながらも、首長ピグトル・ブラフマンの誘いで庁舎の食堂で昼食を取った。首長と一緒ということで、周囲から結構注目されている。
首長の勧めで定食を頂いた。中でも目を引いたのが肉だ。
「こちらはメンデール特産の”飛竜の手羽先”です」
自慢気に紹介する首長に勧められ食べてみると、程よい弾力を噛めば肉汁が溢れる。これまで食ってきた魔獣の肉の中では断トツに美味い。
食事を終えたところで、首長から提案があった。
「私、今日は優先すべき公務がないので、ステア君の装備のために火薬を実際に見てみませんか?」
「いいんですか? ぜひお願いします!」
願ってもない提案だ。やっぱ特等の魔衛士は優遇されるっスね~。
「だったら私は南東で論文を見てくるわ。私にも扱えそうだったら教えてね」
「あっ、フィニア、待て!」
「何?」
フィーネがこの場を離れようとしたため、呼び止める。案の定、ウズウズして落ち着きがない様子だ。
「夕暮れまでには必ず宿舎に帰って来いよ」
「……分かってるわよ」
「本当か? お前、遅れようものなら……覚悟しろよ」
「な、なによ……? 何するっていうの……?」
フィーネの顔が引きつる。
俺はもう、覚悟を決めている。
「全裸で徽章を掲げながら、捕まるまでこの都市を駆けまわる」
「あの……本当にやめて? なんでそんなイカレた共倒れの方法を考えつくの?」
フィーネが俺の両肩を縋るように掴む。
こういう時は自分も損害を被る方法で脅すのが一番だ。
フィーネの腕に手を添え、肩から離す。
「いいな? お前が約束を守ってくれたら俺が社会的制裁を受けなくて済むんだ。俺は、信じてるからな? 分かったら行って来い!」
「うっす! 失礼します!」
フィーネは俺に頭を下げ、食堂を走り去った。さらに注目を集めるわけだが、俺もそろそろ気にするような神経はなくなってきた。
「ず、随分……フィニア、殿の扱いが上手いようだな」
俺たちのやり取りを見た首長は引き気味だ。フィーネの呼び方には気を付けてくれるらしい。
「まあ、命を懸ける相棒なんでね。俺もアイツも遠慮なんかしませんよ」
俺の言葉に首長は感心するように頷く。
こういうやり取りができるのも、フィーネの性格のおかげだ。良い主人に巡り合えたもんだよ。
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庁舎を後にし、今は首長と共に公用の馬車に乗っている。荷車に乗せられるような公営馬車とは異なり、完全に密閉された空間に設置された座席に座っている。俺と対面した首長は横に大きすぎて、二人分の幅でもギリ収まるぐらいだ。
「あの、公用に乗っても大丈夫ですかね? あくまでも魔衛士程度の俺に使って……職権濫用とかになりません? 新聞にすっぱ抜かれたりとか」
「フハハッ! フィニア殿相手に強気になるというのに、こういう時には臆病になるのだな。そう不安になる必要はない。さすがに愛人の家に通うなら弾劾は免れないだろうが、今は未来の英雄の手伝いをしているだけだ。馬車の用途も経費に明記すれば問題ない。『冒険者組合の視察』や『火薬研究の進捗報告』とでも書けば、あの堅苦しい魔術長も文句は言わんだろう」
あのシゴデキ魔術長はフィーネには気安かったが、見た目通りに仕事に厳格な面もあるようだ。都市の事務全般を統括してるあたり、過労死しないか心配になる。
この馬車の目的地は首長が経費に書こうとした通り、メンデールの冒険者組合だ。魔術士がトンデモなく幅を利かせているこの都市では、冒険者組合が北西の端に追いやられているらしい。討伐任務がある際に、攻撃能力が高い自然干渉の魔術士とすぐに連絡が取れるように位置している。
「最近では火薬の研究も冒険者組合で行われていてな。大砲の実験をするためにも、街の端にあるというのは結果的に都合が良かったのだよ」
さすがに街の真ん中で爆発を起こしたり、鉄球を飛ばしたりはできないか。街の外の更地で実験している感じなんだろうな。
「実際、大砲ってのは飛竜を討伐できる威力なんですか?」
「現場の知見だと、当たればどの部位でも損傷するらしいのだが、当てるまでが難しいらしい。例え同じ射角であっても、発射する度に砲弾が不規則に飛ぶものだから、空に陸にと縦横無尽に動く飛竜へ命中させるのは現実的ではないようだ。現状では弩で飛竜の翼を狙う方が幾分かマシと聞く。結局、技術が進もうとレニットに頼ってしまう状態は変わっていない」
「不規則……なら、数を増やすというのは?」
「ふむ、抜け目がないな。確かに”大砲隊”とでも呼ぶべき部隊を編成すべきなのだろうが、未だに実現には漕ぎ着けていない。新技術ということで手探りで試行錯誤している最中なのだ。今の冒険者組合長は唯一飛竜に命中させるほど熟達しているのだが、弓の名手である彼もアレは奇跡と言っていたぐらいだ」
どうにも扱いが難しい代物みたいだな。攻城兵器としてはこの上ないが、戦争なんて今の時世で起こりそうにもない。魔獣討伐で使いたいわけだが、動き回る奴らには当てられないと。帝都から指南役でも来れば話は変わるんだろうがな。
このやり取りのうちに冒険者組合に到着。
隅に追いやられている割には立派な佇まいの大きな二階建になっている。
首長の後ろについて入口に入ると、二階からちょうど降りてきた男が話しかけてきた。
「あれぇ? 首長、今日視察でしたっけぇ……?」
話しかけてきた男は紫の瞳と、同じ色の長髪を結んだ細身の長身で、頬がこけている。喋り方も緩慢で暗い印象を抱く。
「おお! ベクター君、ちょうど良かった。この若者に火薬の扱いを教えてくれないだろうか? ステア君、彼が冒険者組合長ベクター・タゲーテ君だ」
この人が飛竜に大砲を喰らわせた弓の名手という……
「二等冒険者ステア・ドーマです。よろしくお願いします」
俺から挨拶したところで、ベクター冒険長の視線がこっちに向く。
「これは丁寧にどぅもぉ。紹介された通り、メンデールの冒険者組合長ぉベクター・タゲーテでぇす。三十七歳、未婚だよぉ」
いらん情報の開示と共に握手をする。【組長】ケニドア・マーカスのような覇気は全く感じないが、握る手の力は結構強い。うん、ちょっと痛い……
俺が思わず眉をしかめると、冒険長はすぐに手を離してくれた。
「ごめんねぇ。ちょっと強かったかなぁ? 首長がわざわざ連れてくるなんてぇ、珍しいから力が入っちゃったかもぉ」
「いえ、お気になさらず……」
「ステア君は尊きお方の魔衛士でな。君が感じたように力自慢という冒険者ではない。それを補うためにも火薬が投擲物として扱えるか試しに来たのだよ」
首長が代わりに説明してくれるが、『尊き』は特定されそうじゃないか?
「ふぅん……まぁ、首長のお客さんみたいだしぃ、邪険にすることはないよぉ。付いてきてぇ。」
「あ、ありがとうございます!」
冒険長は詮索することなく奥に進んでいった。俺たちも後に続く。
冒険長に付いていくと、建物から外の訓練場へと出た。首長室で見た図面通りの形状をした複数の大砲が一ヶ所にまとめられている。
端の倉庫の前まで行くと、デカデカと『危険物取扱注意』の標識が扉に描かれている。冒険長が衣嚢からカギを取り出して倉庫に入ると、中から袋を抱えて出てきた。
「この黒い粉が火薬だよぉ。ちょっと飛び火するだけで大爆発だから気を付けてねぇ」
ゆっくりと物騒なことを……彼が袋の口を開くと、中には黒い粉末がいっぱいに詰まっていた。これが《火球》並みの威力を持つのか。
冒険長は手持ちの円匙で別の小袋に火薬を詰めると、俺らから離れて訓練場の真ん中に向かっていく。
「そこで待っててぇ。その間、この袋をゆぅっくり戻して扉を閉めといてぇ」
「あ、はい」
言う通りに倉庫の扉を閉める頃には、話し方からは予想もできない速さで彼が走って戻ってきた。
「これから爆発するからぁ、できれば伏せててぇ」
「ハイ?」
「何だと?」
首長と首を傾げると同時に、トンデモない轟音が響き渡る。
「「うおおおおお!!??」」
首長と一緒に驚愕と恐怖の絶叫を上げる。
強風に乗った熱波と独特な刺激臭に襲われ、訓練場からは黒い煙が上がる。
「ベクター君! やるならもっと早くから言ってくれ!」
「あぁ……すいません」
冒険長が申し訳なさそうに頭に手を置く。
この人が冒険者組合長? もしかして【組長】ってメッチャ親切丁寧に対応してくれた部類だった?
「まぁ、二人の反応が分かりやすいよねぇ。小袋程度の量だけでも、並の魔獣なら軽々と吹き飛ぶ威力なんだよぉ。これをただの投擲物として扱うのはちょっとオススメできないかなぁ。ステア君の投擲能力次第だと思うけどねぇ」
「一応、十七間ぐらいは真っ直ぐ飛ばせます」
「真っ直ぐぅ? 本当ぅ?」
冒険長は首を傾げながら、的を用意してくれた。訓練場の手前から俺が言った距離にある。
「じゃぁ、当ててみてぇ! 僕もいるからぁ、当てちゃダメだよぉ!」
「は~い!」
俺が大口叩いたか実演して証明しろって感じね。
腰の入れ物から暗器を取り出し、普段通りに構える。
「さ、さすがに無茶なんじゃないかね!? 手元が狂うようだったら――」
「大丈夫です。暗器の扱いはご主人様に褒められてるんで……ね!」
首長が焦って止めようとするところを無視して暗器を投げる。まあ、問題なく的のド真ん中に命中するんだけどね。的の隣にいる冒険長は目を丸くしながら、俺たちの所へ戻ってきた。
「ちょっとぉ、驚いたよぉ。あの距離を届かせる冒険者はたくさんいるけどぉ、寸分違わず的の中心に当てるなんてねぇ。君ぃ、弓を使ってみないかいぃ?」
「いや……引く力がないんで有効射程が同じぐらいなんですよね」
冒険長が少し迫ってきたが、俺の返しに僅かに気落ちした様子だった。俺を弟子にでもしようとしたのか?
「それで、ベクター君。彼は火薬を扱えるだけの能力はあるのかね?」
「そうですねぇ。あくまで有効射程があの距離ですからぁ、爆発範囲を考えたらぁ、あれ以上の距離でも十分武器として使えるでしょぅ」
どうやら、お眼鏡に適ったらしい。
その後は冒険長に小袋と導火線、火打石を用意してもらい、火薬を投げ、狙った時間で爆発させる練習をした。その間、二人は火薬研究の進捗を確認していたようだ。
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時刻は夕暮れ。
「まさかぁ、一袋丸々使うほど練習するなんてぇ、勤勉だねぇ」
声がした方に振り返ると、二人がいた。
訓練場は真っ黒けっけ。ついでに火薬が入ってた袋を見ると、残り僅かとなっている。
「あっ……すみません!」
円匙一杯分といえど、三時間も掬ってたら空になってしまった。慌てて謝るが、冒険長は微笑みながら首を振る。
「向上心があることは良いことだよぉ。一射一殺を信条にしてるとぉ、普段からの訓練の大切さがぁ、よく分かるからねぇ」
どうやら好意的に受け取られたようだ。
「武器として扱える程度にはなったのかい?」
首長に当然の質問をされるが――
「想定通りの着火は完璧にできる自信はあるんですけど……俺、事あるごとに燃やされたり、サックリ斬られたり……このままだと自爆しそうな気がしてきたんですよね……」
時間を無駄にしたような発言に二人の顔が険しくなる。
「まぁ……元々扱いが危険なものだからねぇ。弓を使うならぁ――」
「主人の戦い方的に、一緒に前に出ますね」
「そっかぁ……」
俺の返しに冒険長の肩が落ちる。そんなに弓推す?
ミディウスの迷宮でもそうだったように、フィーネに《界斬》を発動したまま刺されると爆発する恐れがあるから、下手に持ち歩くことは避けたい。
「仕方がないな。大事になる前に問題点を発見するというのは美点だ。幸いにも着火を自在に操れるようになったことを喜ぼう」
首長に擁護されるが、表情は明らかにガッカリされている。
気まずくなりながらも訓練場の爆発跡を整え、冒険長に礼を言って冒険者組合を後にした。
なんか……こう、すみませんでした……




