第六話 ちぐはぐ
図らずも、【煉凛】レニット・サーマルと対面することができた。魔人を相手取るために協力してほしいわけだが……
「だれぇ、この人たち。お客さん?」
「コ、コラ! 失礼でしょうが! それに、右の方は特等魔術士フィーネ・セロマキア様だぞ! レニットも会ったことがあるじゃないか!」
レニットの素直すぎる疑問に、首長ピグトル・ブラフマンが叱りながら答える。
そこは偽装してるんだから分かってもらえない方がいいんだけど……
レニットは叱られても反省する様子はなく、顎に人差し指を当てて悩まし気に顔をしかめる。
「特等? レニィといっしょ? う~ん……会ったことあるっけ?」
フィーネに会ったことを忘れる……だと? 俺みたいな小市民だったら、本来言葉を交わすだけで一生モノの幸運に思うはずだぞ。慣れや本人の性格も相まって、もう俺にフィーネをありがたがる気持ちはないけど。
開口一番で失礼されたフィーネは腰掛から立ち上がり、レニットに近づく。
「忘れられたら仕方ないわね。それじゃあ、初めまして。私は特等魔術士のフィーネ・セロマキア。同じ等級の魔術士として、あなたとは仲良くなりたいわ」
フィーネの口調は丁寧に、穏やかに、大人の余裕が溢れ、小柄なレニットと目線の高さを合わせるために屈んでいる。
あまり他人からの評価を気にしない奴だし、自分を忘れられようと怒ったりはしないか。
「あ……ごめんなさい。前、会ったみたいで……おねーさんのこと、忘れたみたい。レニィは、レニット・サーマルです。ヨロシクおねがいします」
対するレニットは姿勢を正し、フィーネにお辞儀した。
メチャクチャな第一印象だが、素直ではあるようだ。
俺もフィーネの隣に並び、自己紹介する。
「初めまして。俺はフィーネの魔衛士ステア・ドーマです」
「まえいし? グレネーさんみたいな人ってこと? う~ん……弱そ」
「そんなこと言うんじゃありません!」
感じたことをそのまま口にしたレニットの感想に、首長がまた声を荒げる。なんというか、無邪気が人の形をしたような奴だな。
「それで……おじさん、顔料は?」
ブレなさすぎる! フィーネといい、トンデモない一芸を持ってる奴はこんななのか……
変わらない態度のレニットに首長は薄毛を掻き乱す。
「まったく……! 少し待ってなさい。何色だい?」
「青」
「分かった。レニットはここにいなさい。お二人から話があるようだから、しっかり聞くんだよ! それではフィーネ様、ステア君。この子をよろしくお願いします」
首長はそう言うと急いで部屋を出た。普段から振り回されてそうだな。
レニットは首長を見届けると、室内を歩いて事務机に腰を乗せ、俺たちを紅の双眸に収める。
「それで、レニィに話って?」
フィーネと顔を見合わせる。どこから話したもんか……
目の前の少女相手に考えても仕方ないと悟ったか、フィーネは一から語り始める。
「私たちはね、研究のために魔大陸に行きたいの。あそこは非常に危険な場所だから、強い人に一緒に来てもらいたいのよ。あなたにも付いてきてほしいの」
「またいりく? どこ?」
おっと? その年で魔大陸を知らないとかあるか?
「人類が未だに住むことができない、強大な魔獣が多くいる場所よ」
「へー」
フィーネの噛み砕きまくった説明を、レニットはカギ型の首飾りをいじりながら聞いている。右耳から左耳に抜けてそうな……
「でも、レニィは飛竜退治が仕事だから、おじさんがゆるしてくれないんじゃない?」
「首長はあんまり気にしてなさそうだったよ」
「ふ~ん……」
レニットの物騒な仕事内容に俺が返すと、彼女は僅かに視線を落とし、寂しそうな表情を見せた。
意外と今の仕事が気に入ってたりするのか? もしくは、首長から離れるのが嫌とか? もしかして、機嫌を損ねた?
多少身構えたが、レニットからの返事は軽かった。
「まあ、いいよ。レニィがこの街にいらなくなったらその、またいりく?についてく」
『街にいらなくなったら』……レニットの軸はこの都市なのか?
投げやりに思えなくもないが、とりあえずレニットから言質は取れたか。しかし、気まぐれのようだし、このやり取りだけだと危うい感じがするな。フィーネも釈然としない様子だ。
まあ、魔大陸の遠征なんて西極圏に行ってからなのだから、まだまだ先の話だ。まずは直近の事案に対処しないと。
フィーネに目配せして首長室の入口に親指を向ける。見張りとしてフィーネが外を警戒するよう扉の側に位置したところで、本題に入る。
「あとこれは別件なんだけどさ、この都市で悪さしそうな奴がいるんだよ。その時、君にソイツらを倒すのを手伝ってほしいんだけど」
「この街に……?」
「「ッ!」」
俺の言葉に反応したレニットと視線が合った瞬間、背筋に悪寒が走る。いや、ただブルっただけじゃない。実際に空気が冷たくなってる。
これ、魔術か? 発動したであろうレニットの視線は鋭く、強烈な圧を感じる。フィーネにとっても脅威なのか、鏡剣に手を掛ける音が聞こえるくらいだ。
とにかく――
「ちょ、ちょっと待って! 実際どこで何しようとしているのかまでは分かってないから、俺たちが調べた後に乗り込もうって時に手を貸してほしいんだ!」
「……そっか」
俺が慌てて説明すると、レニットから放たれる圧が緩まることを証明するように、空気がぬるくなった。
これが【煉凛】の、熱を操作する魔術。
この出力を上げれば、魔術の耐性が高いという飛竜も殺せるわけか。
突然の緊迫感から解放されて深呼吸していると、レニットから声を掛けられる。
「なにか分かったらレニィをよんで」
レニットは、真っ直ぐ俺の目を見据えている。
「レニィは、メンデールで一番強いから」
ハッキリと宣言される。
事実に違いないだろうが、“最強”の自信というよりも、“特等”としての強い責任感が伝わってくる。
首長に絵の具を取りに行かせた遠慮の無さを見せたかと思えば、自身の能力の使い方を弁えた面も見せてきた。年齢に対して魔大陸を知らないという知識の欠如も含め、何もかもチグハグな印象だ。これで気まぐれ? メチャクチャだな……
こっちとしては、自分がどういう立ち位置であるか理解してくれているのは助かる。
「おい、フィーネ。この子を見習え」
「は? 急に何?」
“最強”を自覚しようとしない特等魔術士に見習わせようとすると、本人は眉を曲げ、俺に対して鏡剣を鳴らす。おっかねー。
「おにーさんたち、なかよしなんだね」
「ん? んー……そうかな?」
レニィの感想に曖昧に答える。フィーネがなお一層顔をしかめている。
「そうだ、この話は他の人にはしないで。騒ぎにしたくないからさ」
「お~、ナイショだね! わかった! レニィは約束まもるよ!」
レニットは目を輝かせて人差し指を口に当てる。緩急が凄まじい。一気に子供らしくなった。ちゃんと黙っててくれるだろうか……
「ん、戻ってきたわよ」
合図と共にフィーネと並んで腰掛に座ると、大きな足音を伴って首長が戻ってきた。
「お待たせしま……レニット! そんなところに座って話してたのかい? せめて椅子に座って――」
首長からくどくど叱られながらも、レニットは口を手で押さえて笑っている。秘密を守っているようだが、露骨過ぎて変なバレ方をしないだろうか。
「はぁ、まったく……ほら、青の顔料だよ。お二人とも、お話は済みましたかね?」
「ええ、良い返事をもらえましたよ」
俺の返答に安堵したように一息つくと、首長が絵の具となる顔料を入れているであろう袋をレニットに手渡す。途端、レニットは不安そうな顔を首長に向ける。
「おじさん……レニィ、もういらない?」
「そんなことはないとも! けれど、フィーネ様にお供できるというのはとても名誉なことだ。君のおかげで飛竜の数は減っているから、わざわざ頑張ってもらう必要性は低くなっている。だったら、絵描きとしての才能を伸ばすためにも、新しい世界への挑戦は必要さ。もしかしたら、これまで作ってきた”空白”を埋められるかもしれない。そう考えると、未踏の地である魔大陸を自分の目で見てくることは必要だと思わないかい?」
「う~ん……うん、そっか。分かったよ」
首長の激励のような説得でレニットはハッキリと頷いた。余程メンデールに愛着があるようだ。ただ、『空白』というのは……
「既にご存知かと思いますが、レニットは画伯としてメンデールに限らず、帝都でも名を馳せておりまして。かく言うこの部屋の絵も、レニットが描いたものなのです。この子の才能をさらに伸ばすためにも、今回のご提案は渡りに船と考えておりました」
首長が差した手の先を追ってみると、『木漏れ日に照らされる森林』、『山の頂上に乗る月』、『迫力のある飛竜(?)』など、写実的で美しい絵が壁に並んでいる。
「へ~、素晴らしい出来ね。天から与えられた才能というのも納得よ」
フィーネが拍手するので、俺もつられて手を叩く。人生観は変わらないが、『なんかスゴい』は伝わってくる。描き上げた作者は特に感慨もない表情で、本人が満足する出来とは思っていないように見える。
「じゃあ、レニィは画室にいるから、なにかあったらよんでね」
「あっ、レニット! 待ちなさい! ちゃんとご挨拶を……!」
首長の制止も虚しく、レニットはそそくさと部屋を後にした。
「ハァ~……申し訳ありません。あの子は仕事はしっかりするのですが、それ以外の時間は絵描きにほとんど費やしてまして。興味がないことにはとことん手を付けないのです」
あ~、そういう意味で気まぐれね。絵のことしか興味がないからフィーネのことも忘れるわけか。今日はたまたま顔料が切れて、絵を描けなくなったから話ができたって感じだな。マジでいい感じに噛み合った。
だが……絵に熱中している割にはこの都市に固執しているような印象だった。フィーネみたいに世界中を旅してまで自分の才能を伸ばそうとは思っていないのだろうか。自賛になるけど、これまでの俺らの旅は良くも悪くも刺激に満ちたものだし、世界を巡るというのは芸術家の感性を鋭く磨き上げると思うけど。
すると、フィーネがレニットについて疑問を口にした。
「あの子、魔大陸を知らない感じだったけど、座学なんかが苦手な子なの?」
俺も気になった点に、首長はバツが悪そうに首の肉をつまむ。
「恥ずかしながら、レニットは魔術学校はおろか、初等教育も修了していないのです。先天魔性のために親からは捨てられ、孤児院では能力の制御に時間を費やし、八才で一等魔術士になりました。その後は魔獣の討伐に駆り出され、十才でメンデールに招聘を受けて今のような生活を続けています。こちらも飛竜を単独で相手取るあの子の力に頼り切りの状態でして、せめて好きな絵描きに時間を使ってもらおうといったところで人気に火が点き……個展や絵画の競売に関する収益がメンデールの財政に影響を与えるまでになったために、後戻りが出来なくなっているという経緯になります」
うわぁ……世の中のどうしようもなさと汚さと世知辛さで咽返りそうになる。才能を持っても周囲からの扱われ方でよろしくない成長をするんだな。
義務教育が抜けてる奴とあんまり動きたくないな~。どうにかできないもんか……
「どうにか……したいわね」
フィーネも同じ考えのようで、俺を見てくる。俺にどうにかしろって? 絵以外に興味がない奴をどう勉強させろと……
これは、前途多難だな。




