第五話 新時代
突如俺たちの前に現れたブ――太った男の勢いに負け、彼の案内で庁舎の上層へ進んでいった。
「で、誰? この人……」
「私が最後にここに来た二年前だと、商人組合長だったはずよ」
俺とフィーネが後ろで声を抑えて話しながらも、男は耳ざとく反応してきた。
「おお~~! 覚えて頂けていたとは! 私、感無量です! 世界に名だたる……いけない! 偽装されているのでしたね。ブラフマン、不覚にもお名前を呼ぶところでした!」
大げさに喋るし、フィーネの正体をバラしそうで危ういぞ。フィーネに勘づくだけの観察力はあるようだが、口の軽さは商人としてどうなんだ?
そんなやり取りの内にブラフマンという男の足が止まる。庁舎四階、目の前の扉の上には『首長室』という看板が掛けられている。するってぇと――
「ささっ、お入りください」
ブラフマンに扉を開かれ、中に促される。
室内は応接室のように腰掛、脚が低い机、木彫りの意匠が凝った事務机が配置されている。壁には複数の絵画が掛けられており、木製の棚に加えて調度品のみが入れられたガラス製の棚もある。全体的に金が多く使われているようだ。
気になったのが、事務机の右側に重厚そうな金属の扉があること。厳重な管理を必要とする物品が入れられているのだろうか。
「お座りください」
言われるがまま、フィーネと隣り合って腰掛に座る。
ヤバっ。沈み込みそうなぐらいフッカフカなんだけど。
新感覚に気を取られている内に、ブラフマンは事務机の椅子の横に立ち、背筋を伸ばして口を開く。
「それでは改めまして。メンデール首長、ピグトル・ブラフマン。特等魔術士フィーネ・セロマキア様のご到着、お待ちしておりました。ご入り用の人・モノ・金……この都市にある全てをご用意致しましょう!」
やっぱメンデールの首長さんか。この都市の運営者は受付で会った魔術長といい、とことん魔術士らしさがないな。
意気揚々と頼もしい申し出を頂いたわけだが、なんか……ノリ違くね? フィーネもどう反応すべきか困っているようで、顔を見合わせる。
「あっ……失礼いたしました! 私、フィーネ様がいらっしゃるという伝書を頂いてから、今か今かと待ち侘びておりまして。お姿を拝見した途端、ついここまでお連れしてしまいました。何分、流行に飛び乗ることで財を成してきたもので、考えなしに時間を取らせてしまいました。申し訳ございません!」
首長は机にぶつかりそうなぐらい深々と頭を下げた。
商人としての嗅覚が敏感ということだろうか。
「まあ、伝書を送ってまで挨拶に行かなかったこっちも失礼してたわ。諸々の準備、感謝するよ。組合長から首長への就任、おめでとう。こっちも改めて紹介するわ。横にいるコイツは魔衛士ステア・ドーマよ。用意してもらう意味では、ステアがお世話になるだろうから、よろしく頼むわね」
「どうも、二等冒険者ステア・ドーマです。よろしくお願いします」
フィーネに紹介されたので、とりあえず挨拶する。ついでに厄介事を押し付けられたような気がしないでもないが……
首長はフィーネの祝いに礼を言いつつ椅子に座り、俺に目を向けてきた。観察されている……値踏みというやつだろうか。
「ふむふむ、この青年がヒカネにて魔人にトドメを刺した魔衛士……詳細が公表されていませんでしたので、気になっていたのですが……いえ、失敬。人は見た目に依らないという言葉の意味を初めて理解した気がします。私の見る目もまだまだでした」
事実は全く違うわけだが……謙遜してるように話しながら、俺の見た目がカスってハッキリ言ってるよな。否定はしないけどさ。
「私も同じよ。こんなナリしてやることがメチャクチャでね。おかげで魔人相手に二度も助かったわ」
フィーネに褒められるが……同時に刺されたか?
すると、首長は俺に対して身を乗り出してきた。
「二度ということは……ミディウスでもですか!? 人類の脅威である魔人を前にしながらフィーネ様の助けになると! 素晴らしい! 貴方のような若者に出会えるなど、レニットの時と同じ感動を得ました!」
図体も相まって凄まじい迫力で称賛される。特等魔術士と同じ感動とか、誇張し過ぎだろ。思わず仰け反ってしまった。
首長はそんな俺に構うことなく、指で首であろう肉をつまみながら呟き始めた。
「これは……新たな英雄の誕生……? つまり、新たな商機……ここで投資することは……」
あの~、聞こえてますよ~? 普通、隠すもんじゃないですかね?
首長は考えをまとめたようで、膝を叩いて声を上げた。
「かしこまりました! ステア君! このブラフマン、全面的に支援させて頂きたい! 困り事はないだろうか? 装備や知識など、欲しいものはあるだろうか? 私自身に応じられずとも、これまでの人脈全てを使って望みのモノを用意しよう!」
なんか……スゲェ話になった。
直近でやりたいことは全部フィーネに関わることだし、目処はついている。飛竜の革装備もさっき話した魔術長に用意してもらえてる。かと言って魔人が潜伏しているなんてこの人に言えない。悪意が無かろうと漏らしそうだし……
じゃあ、俺が出来ることを増やしてみるか。
「だったら、軽めの投擲武器ってありますかね? 俺の戦い方って基本は剣で、崩しのために暗器を使ってるんですけど……」
俺の要望に、首長は悩まし気に首の肉をつまんでいる。
「ふぅむ……私は戦闘はからっきしで……軽量で、投げられる武器か。鋭い暗器を用意する以外に……おっ、そういえば!」
心当たりを思い付いたのか、首長は立ち上がって棚から取り出した何かを俺たちの前の机に置いてきた。ただの……石に見える。
「フィーネ様はご存知かもしれませんが、これは『硝石』と呼ばれる石です。端的に言えば、魔術を用いずとも人為的に爆発を引き起こせる武器の素材となります」
「へ~、知らなかったわ」
フィーネも初めて見るモノのようで、興味深そうに観察している。首長はその様子に得意気に笑う。
「フィーネ様のお役に立てる日が来るとは! それでは僭越ながら、説明させて頂きます。硝石はこの山脈で採掘できまして、これに硫黄や木炭を混ぜることで『火薬』と呼ばれる爆発の種となる粉末が作れます。これに火を着けるだけで、建物の外壁を崩す程の威力を放ちます」
粉で壁を壊せる!?
「例えば、ステア君の求める投擲物として使うなら、火薬を袋などの包みにまとめて紐で縛る。紐を結ぶときに多く余りが出るようにして、先端に火を付けて敵に投げ込む。敵に近づく頃には紐を辿った火が包みに迫って爆発。爆発の際には黒煙をバラ撒きますので、引きながら攻撃できますし、目くらましとして撤退にも使えるわけです!」
逃げながら攻撃!? ヤッベ……火薬、好きになっちゃうカモ。
「要は、誰でも《火球》が使えるという感じかしら?」
「その通りです!」
フィーネのまとめに首長が同意する。
性別、能力に関わらず、誰もが魔術に近い力を持てる。
……アレ? 魅力的なんだが、言葉にすると何だか……
首長がまた立ち上がり、棚から肩幅以上の大きい紙を取って机に広げた。紙には筒や球っぽい円が描かれている。
「さらに、火薬は単体で使うものではないのです。先程は投擲に合わせた使用量で話しましたが、一度に大量に使うことで弩以上の威力を誇る『大砲』という兵器が実現しました。これはご覧の筒に五寸程の鉄球を詰め、火薬に点火させることでこの球を射出。攻城兵器としては魔術士以上の破壊を齎す威力となります」
こんなのを使って戦争を始めようものなら、トンデモない絵面になりそうだな。
フィーネも何とも言えない顔で図面を眺めている。俺と同じ違和感を抱いているだろうか。
首長はさらに続ける。
「火薬を始めとしたこれらの兵器は帝都が発祥となっており、現在では魔獣の討伐に積極的に使われていまして、さらに、小型化も研究されているようです。大砲……という言葉は適切でないでしょうが、人の手に持てる大きさ、重量の大砲を近々実現できそうという話です。研究のために火薬を大量に必要としているようで、帝都に硝石を輸出することでメンデールの予算規模は過去にないほど莫大なものになって参りました」
さすが世界で最も栄えていると言われているルノワール帝国の首都。魔術以外の大体は帝都にいれば満たされるというほどらしい。これにはフィーネも感心するようで、たった数年でこれほどの技術が生まれ、発展している事実をより一層感じ入っている様子だ。
首長は紙を丸めながら持論を展開した。
「これは私の商人としての経験による考えですが、次なる新時代には戦場から冒険者や魔術士がいなくなると思います。誰もが扱える火薬を用いた兵器を持ち出し、魔獣を討伐することでしょう。魔術は専ら、学術的な研究分野となり、生活水準を向上させる魔装具が隆盛すると思われます。まあ、私も大砲の威力を見たことはありますが、実態はフィーネ様のような特等魔術士には劣ります。蛇竜のような災害級魔獣が現れればお力を貸して頂くことになるでしょうが……」
さすがに大砲じゃ《界斬》みたいに、蛇竜を消し飛ばしながら山道を増やすような芸当はできないようだ。近い将来、剣を持たずに火薬を使った兵器を俺も手にするのかね……
「そう……現場に出ずに研究者が増えるというなら、私にとっても悪い話ではないかもしれないわね」
フィーネは頬を緩め、魔術の研究が捗りそうな未来を歓迎しているようだ。
確かにフィーネの特異体質は魔獣討伐に関係はないから、単純に研究者が増え、魔力が無い体質の解明が進展するのは喜ばしいことか。
首長は硝石と紙を棚にしまい込むと、本題に戻った。
「それじゃあ、ステア君。火薬を使った投擲物を試してみるかい?」
「そうですね。実際の使い勝手がどうなのか見てみたいです」
首長は口角を上げると、何がしかの紙に走り書きし始めた。
「ふむ、火薬と……あとは何かあるだろうか?」
首長に再度問われる。フィーネと顔を合わせ、他にないか考える……
すると、フィーネが目を見開いて口を開いた。
「そうだ! レニットに会えない? 私たち、魔大陸の遠征をやりたくて、優秀な人材を求めているのよ。今はメンデールお抱えの特等魔術士だけど、飛竜の脅威が幾分減ったらあの子を連れていきたいのよ」
そうだった。目下、アズサ達に対抗するために欲しい人材だが、魔大陸でも付いてきてほしいか。というより初めて知ったが、レニットは飛竜たちの抑止力としてメンデールにいるのだろうか。
首長としては面白くない提案だろうが、首長は真顔で首の肉をつまみ始めた。
「魔大陸の踏破……ですか。確かにレニットの実力があれば、フィーネ様にとっても心強い存在になるでしょう。前人未到の偉業のお手伝いであれば、こちらも喜んでレニットを連れて行って頂きたいです。しかし、フィーネ様はご存知でしょうが……何分、本人が気紛れなもので、粗相をするかもしれません。ひとまず呼んでみますが、色よい返事をしてくれるかどうか――」
少し不安になる人柄が明かされたところで、突然後ろの扉が勢いよく開かれた。
「おじさーん! 顔料なくなった~……ょ?」
思わず振り返ると、入り口にいる小柄で可憐な少女と目が合う。
空のような水色の髪を肩に届かないぐらいに伸ばし、こめかみ近くを三つ編みにしている。大きな瞳は鮮血のような紅に染まっている。標高の高い位置にも関わらず、温暖な地域にいるような半袖の薄着をしていて、首元には鍵のような形の首飾りをかけている。全体的に浮世離れした印象の少女だ。
「コラ、レニット! 入る時はまず戸を叩いてからと言ったじゃないか!」
首長が慌てて少女に駆け寄り、叱り始めた。少女は手を後ろで組んで口笛を吹き始める。
この子が、レニット・サーマル……【煉凛】の異名を持った、フィーネに並ぶ現代二人目の特等魔術士、か。
十三才だよな? ヒカネの飛び級生徒だったアクアとタメ? メチャクチャ子供っぽいぞ。
なんか、一筋縄ではいかない予感が……




