第五話 待ち合わせ
【戦姫】フィーネ・セロマキアと【組長】ケニドア・マーカスのじゃれ合いが終わってから、支給物資についての話に移った。
「まず、徽章を渡しとく。これはお前が姐さんの魔衛士であると示す証だ。組合みてぇな公的機関でこれを示せば、ある程度融通は利くだろう。資金繰りに関しては、徽章を通して姐さんの研究費用を引き落とせる。その時は使途を明記する必要があるからヘタなことはするなよ。最悪、徽章は失くしても差し支えねぇけど、姐さんが近くにいねぇ限りは魔衛士を名乗らねぇ方がいいだろうなぁ」
説明を受けながら、手の平に収まる装飾品のようなものを渡された。四角い白色の透明ガラスになっていて、中心に赤い丸、そこから八方に向けて金色の線が通っている。太陽を思わせるような意匠だ。
「あとはオメェの装備だなぁ。一級品を用意させてやる。剣と、暗器かぁ? 防具も戦い方に合わせた身軽さと耐久性を追求したものを準備してやるよぉ」
「ケニドア、剣に関してはそこまで拘らなくていいわ。こっちの当てで誂ってもらうから」
分不相応な話がトントン拍子で進んでいる。これが特等の魔衛士になるということか。ただ、自分が身に着けるものには意見を言わせてもらいたい。
「防具を高くしても仕方ないんじゃ……斬られるんですよね?」
「「あっ……」」
二人とも失念していたらしい。下手に頑丈にしても、緊急時の魔力補充が滞るだけな気がする。
「ま、まぁ急所を守ることに重点を置けばいいんじゃないかしら。即死さえしなければ欠損も私が治せるから。ケニドア、防具の構造にも気を付けてあげて」
【戦姫】の発言を受けてか、【組長】が何かしらの紙に走り書きしている。
随分丁寧に対応してくれるようだ。それにしても、これから先は手足が千切れるのが当たり前になりそうだ。
「本人と確認が取れるまで、話を進めておかなくて良かったぜぇ。組合からの援助についてはこれで以上だ。魔衛士としての規定や権限については資料にまとめておいてやる。装備についての仕様書も同封しといてやるから、替えが必要になったら行く先々でこれを提出すればいい。装備の出来は生死を左右するからな。徽章は失くしてもこの資料は失くすなよ」
普通、逆じゃねぇのか?
【組長】からの破格の対応に相当な期待を感じる。荒々しい人物像を想像していたが、こっちが素なのかもしれない。
話がようやく一段落したところで、【戦姫】が手を叩いた。
「よし! それじゃあ動き出しましょう。まず私は王城へ向かって剣の素材を受け取ってくるわ。ステアは外に出る準備をしてちょうだい。今日のところは、お互いに何が出来るのか実際に確認するわ。ケニドア、ここまで面倒を見てくれてありがとうね。次にここに寄るまでには、途方もない土産話を用意してくるわ!」
「おう! 楽しみにしてるぜ、姐さん!」
破顔しながら見送る【組長】を背に、【戦姫】は顔を綻ばせて部屋を後にした。
長旅になるというのに意外とアッサリした別れだな。これが二人の距離感なんだろうか。
俺も【組長】に挨拶して【戦姫】の後を追おう。
「【組長】、ここまでしてくれて、ありがとうございます。俺もここに帰ってきたら、俺から見た景色を伝えますから」
「健闘を祈るぜぇ。姐さんは命の恩人だったんだ。俺も魔大陸じゃ例外なく死に掛けたクソガキでなぁ。恩人の歩みを手助けできるってんならいくらでもしてやる。ステア、オメェと姐さんの口から『最高だった』と聞ける日を待ち望んでるからよぉ」
そう言う【組長】の笑顔はとても優しいものだった。
もしかしたら彼の理想は、自身が【戦姫】の魔衛士になることだったのかもしれない。
頬を緩めながら一礼し、部屋から出ようとしたところで、言い忘れていた重要なことを思い出した。
「【組長】、俺の代わりになるような奴、見つけといてくださいね。そうじゃないと、皆さんの“余計な仕事”が増える一方ですから」
「……オメェみたいなのがすぐに見つかるなら苦労しねぇよぉ……」
【組長】が苦笑いしながら頭を掻く姿を見届けて、俺は組長室を後にした。
先に進んだ【戦姫】を追いかけると、後ろから近付く俺に気付いた彼女はこっちに顔を向けてきた。
「ステアはさ、さっきから私のことを【戦姫】ってばかり呼んでるけど、普通に名前で呼んでくれて構わないわよ。特等魔術士になって祭り上げられることが多くなったけど、元は片田舎の小娘に過ぎなかったからね。正直、王都に来る度に堅苦しい扱いを受けるのは好きじゃないの」
「ふぅん……わかった! ばあちゃん!」
俺の最大限の“普通”の扱いに、【戦姫】は険しい剣幕を浮かべ、尋常でない握力で俺の肩を掴んできた。
「あのねぇ! あんたからしたら私は人外高齢者かもしれないけど、これでも感性は“一般的な乙女”なの! 物怖じしない性格なのはよく分かったけど、それなりに配慮して私のことを扱ってちょうだい!」
彼女は息巻いている間、俺の肩を目一杯振ってきた。
「わかった! わかったから! 肩もげちゃうよ! フィーネさん!? フィーネ・セロマキア様!?」
俺が叫ぶと、【戦姫】は暴行をやめて俺を解放した。
肩どころか頭まで千切れ飛ぶんじゃないかと思った。クラクラする……
「フィーネでいいわよ。私もあんたのことは対等に扱うから」
【戦姫】……フィーネは、口を尖らせている。
一部始終をその場の組合職員に見られ、ざわついたが、彼女は特に気にしていない様子だった。目的以外のことには割と無頓着なんだろう。
そのまま俺たちは冒険者組合本部の外に出て、一時解散となった。
「手続きだとかで少し時間が掛かるかもしれないから、昼過ぎに大通り門で待ち合わせましょう」
「分かった」
フィーネと別れた俺は自宅に戻って昼食を取り、予備の装備で準備した。思えば、病院服をここまで着てしまったが、大丈夫なんだろうか。当然、着替えた上で外出した。
『大通り門』はその名の通り、城壁に囲まれている王都において、王城へと続く大通りの入り口となる城門を指している。出入りが激しい場所であるため、魔獣や軍の進行でもない限り、開門したままになっている。
外に立ち尽くして待っていても仕方ないので、門近くの喫茶店で待つことにした。
現在は十三時。“昼過ぎ”は曖昧な表現だが、手続きと言っていたし、フィーネの感覚を測る上でも気長に待つことにした。彼女が近くを通れば辺りは騒がしくなるだろうし、店に備え付けてある小説でも読んで時間を潰そう。
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夕方。太陽が傾く十七時ごろ。
ようやくあたりが騒がしくなってきた。これまでに二冊の小説をしっかり読み切ってしまい、読み始めようとした三冊目を閉じて店内を出た。
周囲は立ち止まっている人がほとんどだったが、唯一動きがある中心をあの女は歩いている。
フィーネは店の前にいる俺の姿を見つけると、頬をかきながら申し訳なさそうな顔をした。やましいことをしていた自覚はあるようだ。
「質問、いいですかね?」
「あのぉ……ハイ」
二の腕に手を添え、目を逸らしながらも、完全降伏の構えだった。
「あなた、俺に『昼過ぎに大通り門』って言いました。まず、個人差あると思いますけど、『昼過ぎ』ってどれくらいの時間ですかね?」
「まぁ……遅くても十四時過ぎくらいかと」
「なるほどぉ。ということは手続きというのが、余程時間が掛かることだったのですね?」
「いや、そんな……ですかね。魔石を受け取ってたんですけど、三十分くらいだったかなと……」
「ほぅ……では昼食に時間を掛けたんでしょうね。特等魔術士ともなれば食事も常人離れするものでしょうから」
「食事は……取ってない……っスね」
食ってねえのかよ! 魔術で代用でもしてるのか?
「じゃあ数時間も何してたの?」
「王城から出る途中に第一王子に会ってぇ~、彼が新しい魔術論文の話を持ってきてくれてぇ~、盛り上がっちゃってぇ~……今ですごめんなさい」
一応、正直には話してくれた。
ただ、謝罪の念は伝わってくるが、反省が感じ取れない。俺を待たせた申し訳なさとは別に、王子との魔術談義?は有意義だったと言いたげな様子だ。
にしても、第一王子か――
四年前、十四歳だった第一王子が病に倒れた。次期国王というのもあって世界中の治療法が試されたわけだが、いずれも良くて小康状態にする程度。
治療を一年続けても回復することはなく、体力も限界に近付いたところで、フィーネが王都にやってきた。結果として、彼女によって病は完治し、現在は精力的に政務に携わるまで回復した。現在のフィーネの人気もこの件によるところが大きい気がする。
恐らく本当に死なない限り、彼女の治癒魔術は全てのケガや病を治す代物なのだろう。
まぁ、そんなことよりこっちの話だ。
「ひとまず、魔術の話になると夢中になっちゃうってのは分かったよ。研究に関わるかもしれないしね。でも、そこに時間を目一杯かけるのは違うんでしょ?」
「うん……一応ね。【仙斧】が倒れないとは限らないから」
「どんだけの熱量なのかはまだ分からないけど、これからは熱中していようが引きずって行くから」
「ハイ……すいやせんっした」
返事が雑になっているが、謝罪の念“だけ”は伝わった。
とは言っても持って生まれた性な気がするから、こちらも強引に対応する必要があるだろうな。
「詰めるのもここまでにして、動こうか。出来ることの確認って何やるの?」
「冒険者組合から任務を預かってきたわ。川辺に棲みついた魔狼の群れの討伐。ステアが数体倒して、私が残り全てを討伐するわ。それでお互いの能力を確認しましょう」
フィーネはあっさり切り替えて、今後の動きを示した。
川辺というと、西部森林地帯を囲うように流れる川だ。森虎のように魔狼の群れが行商人を襲うのも面倒だし、早めの処理が望まれるだろう。
というか、あのあたりなら昼から動けば日付が変わらないうちに帰れただろうに……
フィーネにぶつけたい文句が増えたが、ここは堪えよう。
彼女も察してか、気を取り直すように宣言した。
「さあ! 私たち初の共同作業よ!」
年の功か、うまい具合にごまかした。




