第四話 夢への旅
二人揃って【組長】ケニドア・マーカスに怒られた後、【戦姫】フィーネ・セロマキアに今後の方針を尋ねた。
「俺が魔衛士になったはいいとして、【戦姫】はこれからどうするつもりなんですか? ウィレイブに滞在しているわけでもなく、世界を回っているという噂でしたけど」
「そうね。これも伝える必要があったわ。まず、私の人生における最終目標は、『魔力を持たない体質の解明』よ。有史以来、女に生まれていながら魔術が一切扱えない事例なんて、私以外に聞いたことがなかった。そのせいで幼い頃はいじめられてたのよ。まぁ、友人には恵まれて、結果的に特等たり得る魔術を体得できたわけだけどね」
浮き沈みが激しい内容だが、【戦姫】は感慨も見せずに過去を明かす。
「だからって自分に降りかかった理不尽をそのままにしたくはないじゃない? だからこそ、魔力が無い体質の原因を解明して、私なりにこの“運命”を決着させるの。今はそのために世界中を巡り、あらゆる魔術の知見、歴史的文献の解析などで、私と同じ状態の人物がいたかどうかを検証しているわ。けど、この手の研究は今は行き詰まってる。そもそもこの世界で魔力のない女性が大衆に周知されるなんて、常識に則れば有り得ないしね」
と言いつつ、“有り得ない”を実現してしまったあたりに凄まじい執念を感じるな。旅の成果も無かったということは、俺を実験体にでもして研究するつもりか?
「だから、私が次に取る手段は『魔大陸の踏破』よ」
「え……」
わりぃ、俺、死んじまう……
魔大陸
世界には、四つの大陸が確認されている。
『ウィレイブ王国』と、『ルノワール帝国』の大部分が占める『ユーリカ大陸』。
ユーリカ大陸から大河で隔てられた北部に位置する、ルノワール帝国首都が鎮座する『ルノワール大陸』。
『魔大陸』は、ルノワール大陸から大海を越えた先の、東西に並んだ二つの大陸を指す。
魔大陸は未踏破領域であり、未だに生態系や地質がほとんど明らかになっていない。
「魔大陸って三十年前に探索部隊が編成されたんですよね!? 確か予定の一割も探索されずに帰還するようなトンデモ領域だったはずです! もはや俺の小細工云々の話じゃないですよ! 圧倒的大自然に食い殺されますって!」
俺が出しゃばろうものなら即死間違いなしの目標に思わず声を上げるが、【戦姫】は苦笑交じりにその危険性を口にする。
「確かにね。あの探索遠征には私も参加したわ。その時は各国の援助による計画だったから、資源やら権益を求めて大所帯になってね。人類の生存領域とは比べ物にならない魔獣たち相手に、相当な被害が出たの。結局撤退することになって、国家規模での魔大陸制覇の計画は今まで頓挫してしまってる」
その様子は歴史の授業で必ず習う項目で、学校を卒業して六年経った今でも、その悲惨な結果が表現された文は覚えている。
『人の傲りを知らしめ、改めさせるように、あの地は人の命を散らしていった。傲慢で在りたいならば、今いる地に留まるに限る。きっと、傲らず、久しい者のみが彼の地を統べるのだろう。しかし、傲りを抱かない者が彼の魔境に足を踏み入れようとするのだろうか』
何とも人の欲望を皮肉った文言で、俺は分を弁えることの重要性をこの一文から学べた。
それだけ、過去の魔大陸遠征は時代を越えて人々に大きな影響を与えている。
けれど、失敗したその場にいたというのに、偉業に手を伸ばそうとする【戦姫】は、力強く宣言する。
「魔大陸遠征を、私個人の主導でもう一度実現させるわ。そして、今度こそ踏破してみせる。人類が未だ到達していない世界には、魔力や魔術という事象そのものの原因が存在するかもしれない。それが分かれば、私の身に起こった理不尽を解明できる可能性があるのよ」
そう言う【戦姫】の瞳には生気が溢れ、眼差しは真っ直ぐ前を見据えている。
【戦姫】にとって、魔大陸の踏破はあくまで通過点なんだ。偉業を果たすとかはどうでもよくて、何よりも自分の起源についての答えを求めている。
それこそが人の傲りに違いないんだろうけど、富や名声を求めるよりもよっぽど純粋で、輝かしいモノに見える。
そんな姿を見せてくれた【戦姫】に込み上がるモノを感じていると、【組長】が横から口を挟んできた。
「ちなみに、遠征には俺も参加したぜぇ。どの程度だったかは……」
「ケニドアは特に問題ない程度だったかしらね。というか、それ以前の人たちが多すぎたのよ」
【組長】は【戦姫】からのまずまずといった評価に得意気な顔をしている。
しかし、素晴らしい未来の展望を語られても、俺の足手纏い度がさらに上がった気がするだけだ。
「俺と【戦姫】の二人きりなんてことはないですよね?」
「当然よ。前回はハッキリ言ってほとんどが有象無象だったわ。さっきも言った通り、私だけで出来ることなんて限られてる。だから、次こそは少数精鋭、考えられる限りの最強の布陣にステアを加えて踏破を目指すわ」
ということは、これから【戦姫】のお眼鏡に適う仲間たちを探しに行くってことか。絶対俺が浮くじゃん。
「とりあえず、当てはあるんですか?」
「今、目星をつけている人が一人いるの。【仙斧】バサーク・アクス。西極圏で銀煌龍シルヴァリアと一騎打ちを続けている冒険者を引き込むつもりよ」
ちゃんと化け物を選んできやがった……
【仙斧】バサーク・アクス
ルノワール帝国の冒険者。西極圏に向かうまではこれといった功績がなかったらしいが、二十五年ほど前の銀煌龍シルヴァリアの討伐において活躍。しかし、銀煌龍自体は討伐できず、あまりの長期戦に討伐隊は撤退を決意。バサークは殿を務めたが、四半世紀近く経った今でも戦い続けている。斧の一撃で視界に収まるモノを全て両断する様から、【仙斧】と呼ばれている。
銀煌龍シルヴァリア
世界に散らばる、強大な力を持つ五体の魔獣『五躙獣』のうちの一体。
古くから伝わる伝承の存在であったが、その存在を確認されていなかったため、神話や眉唾モノの存在として扱われていた。しかし、ユーリカ大陸から海を隔てた西部に位置する極寒の大地『西極圏』への進出により、その存在を確認。
街一つを覆うほどの巨体に、刃も魔術も通らない白銀の鱗。爪や尾は周囲を軽々と薙ぎ払い、大きな翼は巨体をどこまでも飛翔させる。これらの能力を前に討伐隊は苦戦を強いられ、少なくない被害を齎された。
「【仙斧】がどういうつもりで未だに戦い続けているのかは分からないけど、間違ってもシルヴァリアに殺される前に必ず【仙斧】と接触を図るわ。冒険者の範疇を越えた【仙斧】自身にも興味があるかな。明らかに魔術による身体強化のような力が関わっているだろうから、これも聞き出すわ」
【仙斧】の力に言及する【戦姫】は微笑を浮かべている。
【仙斧】も実験対象になったりするんだろうか?
とにかく――
「とりあえず、俺が化け物二匹の怪獣戦争に突っ込まれるのは確定ですね?」
「確定よ」
【戦姫】の即答に、空を仰ぎ見る。
そんな俺の諦念を他所に、【戦姫】は話を続けた。
「とは言っても、西極圏に向かうまでに相当な旅路になるわ。それまでに何度もステアから魔力を補充するだろうし、これまでの私の傾向から緊急事態に巻き込まれる頻度は相当よ。その度に頑張ってもらうことになると思うわ。その中で相応しい人材も見つかるだろうし、急ぎながらも丁寧に進んでいくつもりよ」
これは、今のうちから歯を食い縛って腹を括る必要がありそうだ。
【戦姫】の意志が今更揺らぐことはないだろうし、危険度があまりに高い旅になりそうだが、それを乗り越えた先の景色もさぞ格別となるはず。そう考えると、彼女の目的が達成される瞬間に立ち会ってみたくなってきた。
「分かりました。その旅の中で、俺が魔力だけの奴じゃないってことを証明してみせます。ただ、最後に一つ質問いいですか」
当面の目的・行動指針も聞けたことで、今までずっっっと気になってた疑問を【戦姫】に投げ掛けた。
「『姐さん』に、『三十年前』……【戦姫】、一体何歳ですか?」
誰であろうと女性に対する禁忌の問いであることは理解しているが、命を懸ける相手である以上、把握は止むを得ない。
【戦姫】は眉間に皺が残り続けると思えるほど顔をしかめ、【組長】はニヤついてきた。
しばらく彼女は口をモゴモゴさせ、最終的には掠れた声で答えた。
「ろく、じゅ……ょん」
「ろっ!!??」
六十四歳!? そんなのアリか!?
というか、それなら別の問題が出てくるだろ。
「若返り……いや、不老不死……? 寿命は大丈夫なんですか?」
現代の平均寿命は非戦闘員だけで統計を取っても六十歳前後だ。
俺の重ねた問いに、【戦姫】は不機嫌ながらも答えてくれた。
「正確に言えば、肉体の最盛期を維持する術式よ。寿命に関しては度外視してるわ。他にこの術式を使っている魔術士たちと違って、私の場合は効果が顕著でね。ステアの魔力も相まって不死性も結果的に高まったかもしれないわ」
『度外視』……考えても仕方がないということだろうか。
【戦姫】を生かすも殺すも俺次第のような気がしてきた。魔術に関しては門外漢だし、普段の彼女の様子を気にすることにしよう。
「と! に! か! く! 私も君と大して変わらない、自分のやりたいことに人生を懸ける夢見がちな女なのよ。そんな似た者同士だから年齢も性別も関係なく一緒にやっていけると思った。だから!」
今度は、彼女から手を差し出してきた。
「よろしくってことよ」
彼女の為人は何となく分かった気がする。ぶっ飛んだところはあるが、言葉を尽くさないわけじゃないし、人間味を持った一面も見られた。
何より、明確な意志がある。ただ力を振るうだけの人じゃないことを確認出来てよかった。
【戦姫】の手を握り返す。【戦姫】の顔は苦笑いだったが、これまでで一番心が通い合った気がする。
「さぁ! 姐さんの秘密もまた一つ共有したわけだし、組合から供給できる物資の確認――グヘェ……!?」
【戦姫】が、まだニヤついていた【組長】の横腹を強めにどつき、大の男が美女の足元に蹲る。
こういうやり取りが出来るなら、これからの旅は愉快なものになるだろうと思える。
五躙獣
ー太天凰ヴィゾニッチ
ー銀煌龍シルヴァリア
ー這界底グラニーズ
ー伏頭麟ジラフォニィ
ー禍廻游ゲルボクス




