第二話 顔合わせ
冒険者組合から出ると時刻は日暮れとなっており、フィーネがルンルンで俺の前を歩き始めた。組合の掲示板にあった”迷宮”という単語を見てからフィーネは上機嫌だ。次の行動がもう読めてしまう。
「なぁ、言っても意味なさそうだけどさ、寄り道はしないんじゃなかったの?」
「確かに寄り道ではあるかもしれないけど、古代の魔術は現代でも分からないことが多いの。迷宮の踏破は魔大陸の踏破と同じく、私の体質を解き明かす足掛かりになる可能性があるのよ!」
歩きながらもそれらしい理由を述べてはいるが、単純に古代の戦争に使われた魔術に興味があるんだろうな。
フィーネはさらに理由付けする。
「それにね、地下迷宮を作ってまで発動に時間を掛けた『司祭術』の全容解明も進んでいないから、迷宮の攻略は積極的にやるべきなのよ」
司祭術? 新しいのが出てきたな。
「司祭術とは?」
「現時点で判明しているのは、魔導器のような役割の祭壇を使い、複数人で一つの強大な術式を発動する魔術というだけね。現代までに失伝している理由としては、その規模から食らわせた相手が見事に滅びて詳細が全く分からないとか、放った側も自らの迷宮から脱出できないまま朽ち果てたりして後世に残らなかったって説があるわね」
「殺意高いだけのバカじゃん」
色んな意味でとんでもない魔術だな。
「そんなの解明しても戦争が起きるだけじゃないの?」
「要は、使い方次第ね。複数人で一つの術式を発動するということは、人数分の魔導路を一つのものとして魔術を発動すると思うのよ。《大壇焔》以上の威力を誇る自然干渉魔術を容易に発動できるのだろうけど、これを身体干渉魔術や認識干渉魔術に応用できたらどうかしら。司祭術は破壊をもたらすだけとは限らないはずよ」
単なる魔術では実現できない現象を起こせるということか。ヒカネでの授業で実現不可能と言われていた、時間に干渉する魔術も実現可能かもしれない。思えば、人為的な形成と考えられているミディウス双山の成り立ちも司祭術による可能性もある。なぜ山を創ろうとしたのかという疑問が付いて回るが。
”魔術狂”の盛り上がりに多少は共感したところで、前を歩くフィーネが満面の笑みで振り返る。
「夢みたいな話になるけど、身体干渉魔術として司祭術を発動したら、私自身の魔力を生み出せるかもしれない。そうなれば……分かるわよね?」
俺は……フィーネから斬られずに済む!
けど――
「そうなったら俺、用済みじゃね?」
俺の不安をフィーネは鼻で笑う。
「どんだけ悲観的なのよ。ヒカネのことがあってステアを手放すわけないじゃない」
あぶねぇ……捨てられるかと思ったわ。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
そんなやり取りの内に、目的地に着いた。
組合に掲示されていた張り紙には連絡先も書いてあった。場所は北山麓の『ツルハシ亭』四〇一号室。恐らく掲示した三人の拠点なのだろう。
この宿はツルハシの大きな看板が入り口に掲げられ、建物自体は魔術学校よりも大きい四階建てだ。中に入ると、大きな広間が玄関となっており、ゴツい男たちがたくさんいる。『ツルハシ亭』の名の通り、北山の採掘従事者が多く宿泊していることが伺える。こういう場所では日雇いもあるため、それも想定した宿の大きさになっているのかもしれない。
屋内は男たちのムサい空気が漂っていた。彼らの視線が入り口にいる俺たちに向いている。というか、フィーネにだ。派手な特等の装束ではない軽装に、丸メガネと一つ結びでパッと見は地味にしているが、白金を纏う美形は雰囲気を全く隠しきれていない。歓楽街も近くにあったし、彼らは飢えているのかもな。
当然、フィーネは集まる視線を無視。受付に行ってこの宿で泊まれる部屋がないか聞いてみた。四階の部屋がそれより下の部屋よりも割高で空いているそうだ。恐らく下の階よりもきれいにされているのだろうから、残りの一部屋の四〇二号室に泊まることにした。個人宅に泊めさせてもらったときには同じ部屋でフィーネと寝泊まりしていたので、同室だろうと今さら気にすることはない。しかし、男女二人組の俺らを見た受付の人からは、くれぐれも汚さないように注意された。色々大変なのかな。
部屋の鍵を受け取って四階に上がるとムサ苦しさから一転、清涼感のある空気が流れていた。
四〇二号室は二台の寝台がある浴室のついた部屋だった。さっさと荷物を置き、隣の四〇一号室に向かう。
「うわぁ……」
目的の部屋の扉には『冷やかしは殺す』と書かれた紙が貼られている。嫌な思いをしてきたのだろうか。
しかし、俺たち……というかフィーネは冷やかすどころか、当人たち以上に熱い気持ちで迷宮に臨んでいるかもしれない。そんなフィーネは張り紙に臆することなく戸を叩く。
「は~い!」
少し高いが、男性の声が中から聞こえ、扉が開かれた。
現れたのは、俺とフィーネが目線を下ろす程度に小柄な身長の、青緑色の目と短髪をした丸メガネの少年だ。少年は俺たちをあらかた観察すると、合点がいったように手を打つ。
「あっ! この張り紙を見て尋ねたということは、お二方も迷宮にご興味あるのでしょうか?」
「ええ、そう。研究の一環で迷宮を調査しているの」
フィーネの噓とは言えない返しに少年は嬉しそうに破顔する。
この子が『殺す』って書いてたら恐ろしいんだけど……しかし、それを書いたであろう人物が部屋の奥から太い声を上げた。
「おい、ジョン! あっさり信じてんじゃねぇよ! 口ならどうとでも言えるだろうが!」
金の瞳と獅子の鬣のような頭髪をした大柄な男が、目を怒らせて敵対心を剥き出しにしている。
「ガディア……こんな張り紙を貼っても訪ねてくれたんだから、話だけでも聞きましょうよ」
『ジョン』に『ガディア』……掲示板に載っていた名前だ。
ガディアという無頼漢から視線を外して部屋の中を見渡すと、女性二人がいた。一人は寝台の上に座っていて、もう一人は机に着いている。掲示板にあった名前が三人だったのに対して、四人だな……
「男二人は置いておいて、お二人とも、まずはお入りください」
群青色の瞳と一つ結びの長髪を肩にかけた小柄な女性が、寝台から腰を上げてジョンと呼ばれた少年の横までやってきた。猫背が気になる。
彼女から、もう一人の女性が座っている側の椅子二脚に座るよう促された。
椅子に座っているのは、黒色の瞳と長髪を肩まで下ろしている少女だ。俺と同じ珍しい色合い……
少女は礼儀正しく会釈してくれた。俺たちと同じ側の席に座っているということは、掲示板を見てやってきたのだろうか。少女の視線は終始フィーネの方に向いている。目つきが少し異様だ。
席順は――
大柄なガディア、少年ジョン、案内してくれた女性――
俺、フィーネ、黒髪黒目の少女――
と対面している。
目の前に座る強面なガディアが俺にガン飛ばしてくる。どうしよ……
話を進めてくれたのは少年ジョンだ。
「この度は足を運んでいただき、ありがとうございます。今になって迷宮攻略のために三人も協力しようとしてくださる方が集まるなんて快挙です。改めて自己紹介を……僕の名前はジョン・ダウナー。男ですが、魔術士組合に所属しています」
「ガディア・シルダー……二等冒険者だ」
「ラビッサ・レースです。水系統の二等魔術士やってます」
発起人側の三人から自己紹介をしてくれた。
右二人は柔らかい口調だが、ガディアは頬杖をついてあからさまに悪い態度を示している。迷宮探索を本業としていて、周囲にからかわれ続けていたんだろうか。
あと気になるのは、魔術士組合員というジョンだ。男は魔術を扱えないにも関わらず所属しているということは――
「リオ、十七歳です! 三等魔術士ですが、迷宮探索に役立つ身術を体得しています。よろしくお願いします」
黒髪黒目の少女リオは年齢を強調しながら俺とフィーネに向けて頭を下げた。すでに他三人とは挨拶を済ませていたか。
リオは家名がないな。黒は不吉という迷信で捨て子になることもあるから、身元のない孤児院の出とかか? ちなみに俺は捨て子ではない。
次の紹介は俺らの番だ。
「一等魔術士、フィ……ニア・マキアートよ。よろしく」
「「「「一等!!?」」」」
フィーネの名乗りに四人が一斉に声を上げる。一都市に一人程度の人材が迷宮をブラつこうとしてるなんて、そりゃあ驚くだろうな。
つーか、あぶねー……「フィーネ」って言いかけただろ。
ジョンがずり落ちそうなメガネをかけ直してフィーネに尋ねる。
「し、失礼ですが……身分証を提示していただけますか?」
「ん~と……これね」
ジョンの要望に、フィーネは偽装した一等魔術士としての徽章をカバンから取り出し、ラビッサに手渡す。彼女がオドオドしながらも魔導器である徽章に手をかざすと、「フィニア」の名前が一文字ずつ順番に宙に浮いた水流で象られた。
「マジか……」
ガディアの顔が驚愕の色に染まっている。冷やかしではないと伝わっただろうか。
「俺はステア・ドーマ。二等冒険者で、フィニアの魔衛士やってます」
俺も一応偽装用の徽章をラビッサに手渡し、確認してもらった。”フィーネ”の徽章でも同じ水流の流れになるが、あっちは意匠が派手でバレそうだ。
俺らの自己紹介を終えるとガディアは立ち上がり、俺らに向けて頭を下げる。
「二人とも、すま……いや、すみませんでした。頭ごなしに冷やかしだと決めつけてました。どうか俺たちの迷宮探索に協力して頂けないでしょうか……?」
正直、大した稼ぎにならない迷宮探索を個人でやるなんて普通じゃない。これまで発起人の三人は周囲から奇異の視線を向けられていたんだろう。真剣に迷宮探索を生業にしているのなら腹が立っただろうし、攻撃的になっていたのも頷ける。それでも自らの非をすぐに認められるというのは称賛できる。ガディアの見た目から高圧的な印象を受けるが、本来は実直な性格のようだ。
彼にこれまでの態度を謝罪されるが、迷宮探索の申し出に応えるのは俺じゃない。
「いいのよ。頭を上げて。私も仕事柄、迷宮のウケが悪いのは理解しているわ。そうにも関わらず、迷宮にここまで真剣になれる人と探索できるとは思わなかったもの。成果が出るように、互いの最善を尽くして頑張っていきましょ?」
フィーネは微笑んでガディアに手を差し出す。ガディアも顔を上げ、フィーネの手を握り返す。他の人とも握手し、俺もノリでやった。
相変わらずフィーネの外行きはよくできてる。今回に関しては、取り繕っているわけではなく本心からのものだから性質が悪い。この探索で何かしらの発見が出てくるとしたら、魔術狂の側面が出てきて彼らを大いに驚かせることになるだろう。
互いの誤解も解けたところで、本題の迷宮攻略の話し合いが始まった。




