第一話 迷宮
王都から出発して三か月。俺たちはミディウス地方に到着した。
この地域はウィレイブ王国とルノワール帝国の国境であり、両国の交易の場となっているためか、どこに行っても人がいない場所が見つからない。
「見て、ステア。あそこに二つの山が並んで見えるでしょう? あの二つは『ミディウス双山』と呼ばれていて、単純な位置関係から”北山”、”南山”と区別して呼ばれているわ。双山の間にあるのは世界最大の湖『ミディウス湖』。あそこにウィレイブとルノワールを繋ぐ大橋があるから、そこを渡って帝国に入るつもりよ」
フィーネが、視界にこれでもかと主張してくる二つのデカ山を指してミディウスを説明してくれた。今の説明からすると、ミディウスは凸凹凸の並びで山と湖が並んでいるようだ。
「随分不思議な地形だな」
「そうね。元々は一つの山で、中心が削れて湖ができたって考えるのが普通だろうけど、風化で出来上がったような感じでもないのよね。地理学者の間でも自然の中でここまできれいに山と湖が分かれて形成されるわけがないって考察が主流なの。だとしたら、考えられるのは人為的な方法――」
「魔術か」
俺の言葉にフィーネが頷く。しかし、魔術でここまでのことができるのか?
この疑問を見透かしたようにフィーネが言葉を継ぐ。
「もちろんだけど、現代でここまでの地形変動を可能とする魔術士はいないわよ。ステアの魔力を使えばできなくも……いや、厳しいかな」
「ちょっと悔しい気持ちにさせるの何なの?」
急に槍玉に挙げられて落とされた。
フィーネは苦笑いしながらも続ける。
「ウィレイブは大昔、都市間の争いが起こっていたって言ったじゃない? そして魔人同士が争っているという説がある以上、それらが都市を指揮し、魔人同士の強大な魔術の応酬でこの地形が生まれたって説が最も有力なのよ」
なるほどな。人智を超えた存在、魔人による可能性を考慮するのは妥当か。
俺が出会った魔人はアズサ一人だけで、辛くもフレアから引き剥がすことはできた。しかし、フレア曰く本気ではなかったというし、アズサが魔人の中で最強と断言することもできない。魔人の中には、街一つを簡単に潰せるだけの力を持った奴がいても何ら不思議ではない。せめて、イカれた地理を創り出すほどのバカげた力を持った魔人が最強であり、ついでに寄ってたかって滅ぼされたことを祈るばかりだ。
しかしながら、山を生み出すことに戦略的価値はあったのだろうか?
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ミディウス湖が一望できる場所までやってきた。湖面が美しく輝いている。向こう岸が目視できないほどのバカげた大きさだ。小国と呼べるほどの面積を占めているんじゃないだろうか。世界最大と言われるだけはある。
此岸の中央からは湖を貫くように、王都の大通り以上の道幅をした橋が架かっており、端には多種多様な店が並んでいる。フィーネ曰く、この橋を単純に渡るだけでも一、二週間かかるようで、橋の上には宿がいくつも点在しているらしい。
湖畔を見てみると、下着姿のような男女が大勢遊んでいる。どうやら交易地というだけでなく、行楽地としても賑わっているようだ。基本的に海は危険な場所として忌避されており、川辺くらいしか水遊びできる場所はない。
そんな中で、動けば汗ばむぐらいの気温、晴れ、見渡す限りの湖。世界でも有数の観光地としてもミディウス地方は人気なようだ。
「そこまで寄り道しないわよ」
「分かってらぁ」
湖で遊んでいる奴らを眺めていると、フィーネが呆れたように見てくる。
俺が湖で遊びたいとでも思われたのだろうか。もちろんそんなつもりはない。
ヒカネの一件で忘れそうになるが、この旅は【戦斧】に魔大陸遠征を同伴してもらうためのものだ。【戦斧】は西極圏で銀煌龍と二十五年間元気に戦い続けているようだが、今になって殺されないとも限らない。加齢の危険性も高まっている。まあ、フィーネ同様に老いを超越していそうな気がしないでもないが。
そのため、必死になって急ぐほどではないが、無駄なことで時間を浪費したくないのも事実。フィーネも悪い出来事だとは思っていないだろうけれど、ただでさえラングじいさんのところで一週間費やした。ああいうのに出くわしたら首を突っ込むのはほぼ確定したので、楽しく行楽するほどの余裕は持ち合わせていない。
「もしかして、露出の多い女に目移りしてると思った?」
「バカ言ってないで、組合に寄って今日の宿を探すわよ」
こんな軽口も慣れたもので、あっさりとあしらわれた。
組合に行く理由は主に情報収集。
冒険者組合では周囲の魔獣の生態を把握し、フィーネの力が必要な任務があれば受注している。
魔術士組合では新たな魔術や新理論の論文を探している。フィーネの最終目標である、魔力のない体質の解明のためには必要なことだ。明らかに関係なさそうな論文にも手を出すことはあり、なんとか取り上げて、過集中にさせずに時間を溶かさないようにしている。この三か月で関係のない論文を読むのは二つまでと約束はした。毎回守られているわけではないが……
商人組合では時流の把握を主にし、顔を出すだけで商談をするわけではないという冷やかしをしまくっている。暗器なんかはガッツリ消耗品なので、買い足すときにはフィーネの金にモノを言わせてしっかりお世話になっている。
王都のように人員が多い組合であれば、一組合に一つの建物が割り当てられるのだが、一般的な自治体では三つの組合が一つの建物に押し込まれる形で成り立っている。悪い言い方をしているが、互いの組合の情報の共有は必要なので、組合を一つの施設にまとめることは合理的だとは思う。
そんなわけで、ウィレイブ側ミディウスの冒険者組合にやってきた。
ミディウスでは、交易地であることから商人組合が一つの建物に、残り二つを別の建物にまとめて配置されていた。現在いる建物は一階が冒険者組合、二階が魔術士組合に割り当てられている。
冒険者組合の受付で周囲の詳しい地理や魔獣の生息域を教えてもらった。当然、この場ではフィーネを『フィニア・マキアート』として扱っている。フィニアと呼ぶのはまだ慣れていない。
続いて、フィーネは魔術士組合の方で論文を漁っている。俺はそこまでついていくつもりはないので、冒険者組合の個人依頼の掲示板の前にいた。
掲示板には優先度の低い個人による依頼が掲示され、『飼い犬の捜索』や『日雇い人夫』など、共同体維持に必須とはならない案件がほとんどだ。
しかし、この組合の掲示板は少し毛色が違っていた。
掲示板の四隅と中央に『一緒に迷宮攻略しませんか?』と書かれた紙が貼りつけられている。
迷宮
戦争で使われた地下要塞跡の空間を指す。字面の通り、内部は入り組み、多くの罠が仕掛けられている。戦時下では最奥部に何人もの魔術士が立て籠り、大規模な魔術の発動時間を稼ぐために迷宮が利用されていたと考えられている。
迷宮は戦争の数ほど存在するといわれ、世界各地に点在している。特に、ウィレイブ王国は都市間の戦争の歴史から、版図の大きいルノワール帝国よりも迷宮の数が多い。現在も、鉱脈を掘削していれば迷宮に繋がってしまったという話も多い。
昔、迷宮に挑戦したという冒険者から話を聞いたことがあるが、相当ひどいものだったらしい。
使われていないだけで、殺意の高い罠は今なお起動する状態にあり、地上とは異なる魔獣の生態系に対処するだけで精一杯だったようだ。
だからといって、最深部に金銀財宝が眠っているわけではなく、五百年という時間により遺物はほとんど朽ちていて大した金にならない。見つけたとして、王都ほどの規模であれば古物商や歴史学者、物好きな貴族に高く買い取ってもらえるだろうが、その冒険者が挑戦した迷宮はどこにでもある村の近くだった。そのため、その場で売れるような相手がいなかったらしい。そのためにわざわざ地元から王都にまで売りに来たようで、迷宮攻略の準備や損害、王都への移動にかかった費用のせいでギリ黒字になるかどうかの利益にしかならなかった。
魔術士が遺した貴重な物品もあるらしいが、ヒカネで習った魔術適性を考慮すれば、世の魔術士全員にとって意味ある物とは限らない。これを考慮すると高確率で空振りになりそうなために、魔術士も迷宮に進んで挑もうとはしないらしい。
以上のような悪印象から、迷宮は割の合わない場所として攻略しようとする奴はそうそういない。
掲示板の依頼に戻ろう。この掲示には、北山に迷宮が新たに発見されたので、共に攻略する者を募るというものだった。
依頼主は三人の連名。女一人に男二人の組み合わせっぽい。物好きもいたもんだな。
「どうしたの?」
いつの間にかフィーネが論文の紙束二冊を持って横にいた。今日は約束を守ってくれたようだ。
視線を紙からフィーネの顔に移す。目を丸くしている。
フィーネの視線を辿ると、迷宮の掲示があった。
フィーネに視線を戻す。ガンギマりしてた。
いたよ……ここにも物好きが。
寄り道、決まっちゃったね……




