第二十七話 光の花園
<ステア視点>
今、俺は大怪我を負っているにも関わらず、女子に囲まれて暴言を吐かれている。まあ、理由は分かる。
フレアを詰めまくって暴発させようってアクアに伝えた手前、ここまでの戦闘規模になるほどブチ切れさせる詰め方とは……って話だ。先生を慕っている生徒たちとしては、助けた相手であろうとフレアを追い詰めた俺は許しがたいのだろう。
実情はさらにひどく、生徒たちに魔人の相手をさせようとしたわけだが……真実を語ればいよいよ呪われるだろうな。
ま、終わり良ければ総て良し。フレアの慌て顔も生徒たちの激情も愉快に見えて仕方ない。
ただ、な……
焼き落ちた林道からフィーネとロゼっちがノロノロと出てきた。
それはよぉ、違くねぇか?
俺、さっさとこっちに来いって言わなかったっけ?
それがなんだ? ロゼっちは笑いながら泣いてるし、フィーネは満足そうに頬を緩めてやがる。こっちは重傷者だぞ。
女子たちは彼女らに気付き、駆け寄る。
俺も続き、フィーネに訴えてやる。
「来るのが遅えよ。【千疾】ババア」
すると、フィーネはロゼっちの腕を肩から下ろし、満面の笑みで俺の肩に手を置き、鏡剣の切っ先が向けられて――
「い”っづあ”あ”あ”あ”あ”あ”!!?」
俺の腹に刺してきた!
「「「「キャアアアアアア!!??」」」」
フィーネの凶行に俺も生徒たちも絶叫!!
魔力を補充するためだからってやりすぎだろ!!
血が出てる! 痛い! つか、腹だけじゃない! 体中が剝がれそうな感覚! くそ痛い!
「テ”メ”ッ……!!」
フィーネに手を伸ばそうとするが、剣を引き抜いて俺から離れていく。
「はい、これで文句ないでしょ」
文句しかないが? だが、刺した傷も脇腹の穴も塞がり、《火槍》を掠めた肩も治っている。というか、足元が汚い。なんか、薄皮?
フィーネはフレアの方にも向かい、手をかざすとあいつも絶叫。
俺が斬った傷口もきれいになり、《火球》で焦げた右腕も脱皮するようにきれいに治った。
汚れた衣服を除けば普段よりもきれいになっている。
「これで、元通りね」
こいつ、マジか……
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【戦姫】の衝撃的場面を目撃した生徒たちには、「治療のために鏡剣で体の状態を測る必要がある」という風に弁明した。
砦周辺の雑木林が燃え盛り、街の住人が騒ぎに集まってきた。何なら遅い気がするが、水系統魔術士を中心に消火活動が行われた。実際は、他の区画に延焼しない程度に留める程度だった。
住人たちがこの騒ぎの中心にいる俺たちに説明を求めると、フィーネが魔人の討伐完了を宣言。歴史的瞬間に立ち会った住人たちは沸き上がった。
でも、フィーネやロゼっちの顔つきから、逃がしたであろう様子は伺える。こちらとしては捕獲が最善で、フレアたちの様子から殺すのが一番マズそうだ。
俺とフレアの戦いを見ていた生徒たちには、フィーネとロゼっちが取り逃がした魔人がフレアに受肉し、なんとか俺が対処したということで納得してもらえた。俺への暴言は平に謝られた。俺、狙ってやってたんだけどね。
フィーネの凶行に戻るが、本来治癒魔術でも火傷跡はきれいにならない。フィーネは治癒魔術の応用である肉体の分解で、治療部位周辺を分解した上で治癒を行ったようだ。結果、脱皮するように古い肌が剥がれ落ち、その下に新たな肉や皮膚が出来上がるという流れになるらしい。
今は現場検証と称して、俺、フィーネ、ロゼっち、フレアで崩壊した砦跡に向かっている。
その間に、魔人アズサの話を聞いていた。聞けば聞くほど俺が悪いみたいな空気になってる。校舎に炎の壁を張ったのは、単純に思い出の場所を壊したくなかったからか。
この空気をはっきり言葉にしてフレアは俺にぶつけてきた。
「あんたが全部悪い」
「はぁ!? 元はといえばお前が弁えてりゃ―――」
「大体! 勝ったつもりかもしれないけど、先生は全然本気出してないから!」
「結果俺が生きてるんだから俺の勝ちでいいんだよ!」
「何? やるっての!? こっちは灼杖がなくても《火槍》ぐらいわけないんだからね!」
「やめて! 今度こそ死んじゃう!」
俺とフレアの言い合いを年長者二人が前を歩きながら微笑ましく見ていた。
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物々しい威容を構えていた砦は見る影もなく、高熱で溶けているような瓦礫がたくさん転がっていた。
俺たちはロゼっちの指示で砦の瓦礫をどかしていると、地下空間への扉が見つかった。開けてみると、やけに明るい階段が伸びている。ヒカリゴケかと思うが、月光が差し込んでいるわけでもない。
階段を進むほど視界は明るくなり、一番下まで降りると、目の前に広がる光景に仰天した。
「なんだ……こりゃ……」
元々備蓄庫だったであろう空間の床に色とりどりの花が規則的に咲いていた。花に詳しくはないが、生育に適さないであろう植生の違う花が何種類も咲いていると思う。光はこの花々から発せられているようで、花と光の組み合わせが幻想的な光景を映し出している。
フィーネもこの光景に圧倒され、目を丸くしている。
「これがアズサが何百年もかけて育てていた、この砦にいた理由」
そう言うロゼっちは花園に踏み入り、花々を撫でている。フレアも同様で、座り込んでは花の香りを嗅いでいる。
「そんでもって、人類に害を為す手段か」
俺の言葉に二人は罪悪感を持つような苦い顔になった。
そんな二人を他所に、フィーネが思い出したように声を発する。
「これ、私が生まれた村にもあったわ」
「「「はい?」」」
残りの三人で素っ頓狂な声を出す。
フィーネがボケていないとすると、アズサとその仲間はこの美しくも訳分からん花園を何ヶ所も、何百年も苦労して育てては人類を害そうと……世界中にあるとすれば、人類そのものを滅ぼそうとしているのか?
けれど、アズサの人間への向き合い方を考えると、好き好んで破壊活動をしたいようには感じない。
フィーネからの衝撃新情報にロゼっちも驚きを隠せていない。フレアは思考停止したのか花の上で寝っ転がった。思ったよりデカい話になったな。
ロゼっちは困惑しながらも、この花に関する情報を共有してくれた。
「アズサはこの花を丁寧に育てていたんだけど、花が完全に開いてからはこれらに向かって魔術を放っていたのよ」
そう言いながら、ロゼっちは手に炎を生み出し、花に向けてかざした。
花は燃えるどころか、なお一層きれいに輝いている。
「こんな風に、この花々は魔術の影響を受けずに、折り曲げてもきれいに直立するのよ」
ロゼっちは顎でフレアを指すと、フレアが転がった後の花が真っ直ぐに戻っていく様子が観察できる。不思議すぎるな。
「秘宝でも持ち込めば新世界の扉でも開くのか?」
「非現実的……と言いたいけど、この光景に魔人という存在が関わっている以上、あり得るかもね」
俺の冗談にフィーネが真剣に答えてくる。軽くは見れないか。
ロゼっちは溜息をつき、観念したように口を開いた。
「それで、どうする? アタシたちは二人揃って負けたし、この花の底知れないヤバさも分かったことだし、告発する? 裁かれるにしても、フレアは減刑して欲しいけど―――」
「師匠、やめて下さい。最低でも私は同罪にしかなりませんよ」
涙ぐましい師弟のやり取りが始まってしまったわけだが、そんなことを言われても今さら困る。
どうしようか悩んでいると、フィーネが先手を取られた。
「ステアに任せるよ。ステアがいなければ私は動けなかったもの」
「おまっ……!」
やられた! 任せるとか言ってるくせに俺に期待した目を向けてやがる!
無罪にしてやりたいくせに責任持ちたくねぇだけだろ……
正直、俺もこの二人を咎める気は起きない。今が俺の人生の有頂天なのに、後味を悪くするなんて不愉快の極みだ。
とは言え、魔人を見過ごした事実は大きい。時限式で何かが起こることがほぼ確定した以上、こいつらがしでかしたことは無視できない。
俺が頭を悩ませていると、師弟二人がおかしな動きを始める。
「そう……大ケガさせときながらステアに償わないなんて、おかしい話よね。拘束される前におばさんの体で良ければ好きにして―――」
「師匠だけにやらせられません。私も自慢できる体ではありませんが―――」
そう言いながら、ロゼっちとフレアが服の裾に指を掛ける。
こいつら……
「お前らさ、負けた自覚があるならもう少し塩らしくしてたらどうだ? 真面目に考えてるから大人しくしてろ」
「「ハイ……すいません……」」
俺が黙っているのに耐えられなくなったのか、師弟揃ってふざけ始めた。ここ数日で俺がそういうのに興味ないことが分かってからかってる。
それは置いといて、どうするか……
「今になってロゼっちとフレアをブタ箱に突っ込むのが損失すぎる。それよりは、優秀な生徒たちを育てることに注力してもらった方がいい。それに、分からないなりにこの花を調べる必要もあるだろ。アズサの近くにいたからこそ分かることもあるはずだ。下手な役人に調べられるよりはマシだと思う。あとは―――」
ロゼっちとフレアの目を見据える。
「物騒な気なんて起こさせずに、アズサとまた家族になれるような努力さえしてくれれば、俺はお前たちをどうこうしようとは思わないよ」
俺の言葉に二人が息を呑む。
「ほんとに、あんたは……」
フレアは声を震わせながら顔を伏せる。
「そう……そうよね……その通りよ……ありがとう」
ロゼっちはフレアの頭を抱き寄せ、俺に――俺たちに感謝を述べる。
フィーネの方を見ると、満足そうに頷いた。
結局、それらしい理由なんて後回しで良かったんだ。
これまでのこいつらの人生が一番報われる生き方をすることが一番に決まってる。
『最高の景色』なんて、一回望んだらもう二度と望めないものじゃないはずだからな。
ただ、もう疲れた。体は治ったけど、精神的な疲労がキツい。
俺は三人に声を掛ける。
「もう、帰ろう」
表情はそれぞれだったが、三人ともはっきりと頷いた。
帰り道。今度は師弟が前を歩いている。
横に並んだフィーネが俺に声を掛けてきた。
「ステア、今日は本当にありがとう。ステアのおかげで、親友とその弟子を救うことができた。本当に、ステアに魔衛士になってもらってよかったわ」
「まぁ……救ったのは子供たちだと思うけどね。ただ……フィーネに会わなきゃ今日を望むことはできなかった。俺を魔衛士にしてくれたこと、俺だって感謝してる。けどさ、初仕事がこれって……これからどんな目に遭っちまうんだ?」
「フフッ。それは分からないわね」
どうにも無責任な主人を持ってしまったようだ。
だが、月明かりに照らされながら微笑んだフィーネの横顔は、美しいと思った。




