第二話 魔衛士
白い光……
眩しくて、手を伸ばして……
掴もうとして、ぼやける。
次第に像がハッキリして……
気付けば、見知らぬ天井が視界に広がっていた。
とりあえず……これは現実か? 屋内にいるのか。
仮に外にいて大空が目の前に映っていたら、周囲を警戒するために飛び起きるわけだが、ひとまず命の危険はないか。
なら、もう一度目を閉じる。自宅のよりも明らかに寝心地のいい寝台の上で、俺の身に起こったことを振り返ろう。確か……
夜。登山。角兎を狩る。【戦姫】に会う。蛇竜が出現。【戦姫】に斬られる。
後半に怒涛の展開が詰め込まれていたが、俺が生きているあたり、少なからず蛇竜を何とか対処できたと考えられる。【戦姫】については、どうにか生きているだろうと希望的観測を込めて起き上がる。
斬られても特に問題なく体が動いたことから、治癒魔術によって治療はされていたようだ。
何の気なしに周囲を見渡すと、寝台の横に美人お姉さんが姿勢正しく椅子に座っていた。
【戦姫】フィーネ・セロマキアが、その美しさを保ったまま、安堵の表情を浮かべて俺を見ている。
「よかった。あまりに自然に目を閉じたから、二度寝でもするのかと思っちゃった」
苦笑交じりに声を掛けられた。
冗談なのか本気にしてるのか分からない調子だが、本人にこれといった問題は無さそうだ。それどころか、俺の看病をしてくれていたのかもしれない。あっちが斬ってきたんだから人として当然のことだと思うけど。
とにかく今、彼女に聞くことは一つだ。
「どういう状況か教えてください」
~~~
【戦姫】が「ついてきて」と言うので、俺は彼女の後ろに続いて廊下を歩いている。
内装の感じから、初めて来た場所ではないと分かった。むしろ、馴染み深いほどだ。
ここは、王都の冒険者組合の本部。石造りを基調とした王都でも屈指の規模の建物だ。
冒険者にとってのこの施設の役割には、任務の受注や達成報酬の受け取りなどがある。普段利用する受付では、市民などからの依頼を受け付け、冒険者たちに任務が割り当てられる。優先度が低いものや依頼主との直接的なやり取りを必須とする依頼に関しては、掲示板に貼り出し、冒険者たちが自分から選び取って依頼を受注する。
俺たちがいま歩いている場所は、受付職員たちが資料の保管をしていたり、会議をする階だ。集団での任務説明で数回立ち入った覚えがある。
何人もの職員とすれ違っているが、【戦姫】に会釈をしては憧れの目を向けているのに対して、後ろを歩く俺には怪訝な顔を向けてくる。
単純に釣り合ってない俺を不思議に思っているか、一連の騒ぎで俺がやってた規定違反がバレたか? これからの身の振り方を真剣に考えなければならないかもしれない。
ひとまず、現時点で聞けそうなことを【戦姫】に聞いてみる。
「蛇竜と狂魔熊の討伐はどうなりました?」
「本当に聞きたいことは別だろうに。あえて聞いてるの?」
「まあ、わざわざ場所を移してまで話すことでしょうから。魔獣の方はどうでもいいのかなと思ったので」
「なるほど、その通りよ。ちなみに蛇竜は問題なく討伐できて、狂魔熊はその余波でついでに討伐できたわ」
【戦姫】はあっけらかんと凄まじい成果を口にする。
マジパネェっす。災害級魔獣二体の同時討伐なんて、職員たちが憧れるのも当然だな。
この会話が終わると同時に、目的地であろう場所の前に着いた。
その場と内外を隔てた扉の上に掲げられた看板には、『組長室』と筆で荒々しく書かれている。物騒な名称だが、【戦姫】は友人の家でも訪ねるように扉を叩いた。
「セロマキアです」
「どうぞぉ!」
向こう側から野太い声が響いてきてから、【戦姫】は扉を開けた。
俺に振り返った彼女に促され、共に入室する。
その室内には脇に書棚が並び、脚の短い机を挟んで長い腰掛が対面している。室内の奥はガラス張りになっていて、王都の大通りを一望できる。ガラスの前には事務を行うような大きな机が置いてある。
声の主は、右手を椅子の背もたれに、左手をその机の上に置いて体を開くような姿勢で俺たちを出迎えた。
「よぉ、姐さん! それと、ステア・ドーマァ! 今回の大手柄ぁ!」
無駄にデカい声にツッコミたくなるが、聞き捨てならないことを言ったな。
『大手柄』? 俺が?
まず、この大音量の発信源について確認しよう。
目の前の男の肩書きは、ウィレイブ王国冒険者組合本部長。
【組長】と称される彼の名は、『ケニドア・マーカス』。
筋骨隆々の浅黒い肌に、左頬は魔獣の爪に引っかかれたかのような大きな傷痕がついている。栗色のトゲトゲしい髪は掻き揚げられ、所々に白髪が見える。五十代らしく、年相応に皺が刻まれているが、野獣のように見開かれた眼光は全く衰えを感じさせない。
堅気には見えない様子はまさしく【組長】の通り名に相応しく、とっくに引退するような年齢だというのに、稀に現場で部隊を指揮するような一等冒険者でもある。これまでに三度、災害級魔獣の討伐を指揮したことで、組合本部長の席に就いたという経歴を有している。
そんな人物を横目に、【戦姫】は腰掛に座り、俺に反対の席に着くように勧めてきた。
言われるままに俺が座ってから、【戦姫】がまず初めに口を開いた。
「職員たちが近くにいる手前、話すことは出来なかったけど、まず初めに謝罪すべきだったわ。ごめんなさい。非常時とはいえ斬りつけてしまい、ただただ申し訳ないわ」
「俺も驚いたぜぇ。夜中に姐さんが訪ねてきたと思ったら、血塗れのオメェをおぶって蛇竜を討伐したなんて言ってくるんだからよぉ」
【戦姫】に続けて【組長】が話したが、大方想像通りの話し始めだ。
個人的には【組長】の大人しめな音量調節に驚いたが、当然俺が知りたいのはそこじゃない。
「本題は別ですよね? 【戦姫】が通り魔なのであれば、群衆にあそこまで賞賛されるわけがない。それに、本部長は俺に手柄があると言いました。きっと熊じゃなくて、蛇の方。恐らく、【戦姫】が俺を斬った後の極光……あれが蛇竜討伐の決定打になったということですよね」
「ハッ、寝起きとは思えねぇほど頭が回りやがるなぁ。まぁ、おかげで徹夜してまでお前のことを調べ上げた甲斐があるってもんだぁ。姐さん、どうやらコイツは大当たりのようだぜぇ」
俺の質問に【組長】は訳知り顔で反応してきた。
【組長】から話を向けられた【戦姫】は思案するように目を閉じる。しばらくすると、俺の目を見据えて――
「確かに君の疑問はあって当然のものだし、その推理に関しても驚くほど的確なものよ。けど、これまでの経緯……私のことについて説明するために、この条件を飲んでほしいの」
きっと、彼女から語られるのは、彼女が特等魔術士たる秘密。それらを聞き出すための条件なんてトンデモないものを吹っ掛けられるに違いない。【組長】が『大当たり』と言うあたり、ろくでもない仕事を任せられる可能性すらある。
考えを巡らせていくうちに体が緊張し、渇いた喉を潤すために生唾がどんどん溢れてくる。【戦姫】の方も条件の提示を躊躇っているように思える。
けれど、逡巡を終えて意を決したのか、力強い声音で宣言した。
「ウィレイブ王国王都冒険者組合所属、二等冒険者ステア・ドーマ。特等魔術士フィーネ・セロマキアの名の下に、あなたを私の『魔衛士』に指名します」
……は?
俺が……『魔衛士』?
魔衛士
魔術士の側仕え。冒険者であれば、魔獣討伐の際に専属の護衛として現場に同行する。魔術士の場合は同行に加え、魔術研究の助手などもする場合がある。より高位の魔術士であれば、魔衛士を弟子として扱い、後進の育成を図る場合もある。
自薦、他薦は問わないが、主人となる魔術士側の条件・水準を満たす必要はある。
俺を魔衛士に指名してきた相手が、あの『フィーネ・セロマキア』であるという事実に心臓が跳ね上がり、高鳴ると同時に体温が上昇していくのを感じた。明らかな栄転だ。
彼女と共にいれば、もしかしたら……
しかし、ここでがっつくわけにもいかない。【戦姫】が出す条件というからには、裏があるはずだ。
「【戦姫】に魔衛士が付いているなんて聞いたことがありません。この三十年間いなかったというのに、今更俺なんかを指名してくるってことは、それだけの“何か”が俺にあったってことですよね?」
「なんだぁ? 普通ならこんな提案、号泣しながら二つ返事で受け入れるもんだっつぅのに、随分冷静じゃねえか。そんだけ頭が回るってんなら、承諾する以外に選択肢がねぇのも分かってるよなぁ?」
俺の態度が気に食わなかったのか、【組長】は怒気を発しながら凄んできた。
「いいのよ、ケニドア。これほど慎重でいてくれるのなら私も安心だわ。どのみち説明する必要があるのだし、これからの仕事仲間には誠意を見せないと」
「まぁ……姐さんがそう言うなら」
【戦姫】が手を上げて制止すると、【組長】は不服そうに椅子に深く座る。
俺に選択の余地がないことへの覚悟は出来ているが、彼女の提案は不自然だ。今から説明してもらうに越したことはない。
「それじゃ、大前提から話しましょうか」
俺の意志が伝わったのか、【戦姫】は詳細な説明を始めてくれた。
その、思いもよらない一言目を皮切りに。
「私は生まれつき、魔力が全くない魔術士なの」




