第一話 一太刀目
女性のみが魔術という超常現象を扱える世界。男性が割を食いそうな世の中ではあるが、魔獣と呼ばれる害獣たちとの戦闘では彼らの頑丈さや基礎的な身体能力がものをいう。魔術士は冒険者と呼ばれる男性たちと協力しながら魔獣を討伐するという、絶妙なバランス関係で社会が成り立っている。
この物語は、ウィレイブ王国王都にて、二十一歳、成果が平凡な冒険者ステア・ドーマの日常から始まる。
<ステア視点>
王都内に新たな孤児院を建てるというので、資材の運搬作業を冒険者組合から依頼された。
創作作品の冒険者は、世界を巡り、秘宝を見つけるとか悪者を退治するなんてのが定番だが、現実の冒険者なんて何でも屋に近い職業だ。“何でも”の範囲が危険な傾向にあるということで『危険を冒す者』と呼ばれているだけだと思う。
実際、魔獣の出現や被害が確認されれば討伐に向かう必要がある。当然、大なり小なり怪我を負うし、死ぬ人もいる。待遇が悪い職業というわけじゃないが、この歳になっても現実から目を逸らして夢の世界を妄想したくなってしまう。
今更考えても仕方ない愚痴もここまでにして、搬入も全て完了したから飯にしよう。
孤児院の建設予定地から離れて、大通りの飯屋に向かっていると次第に騒がしくなっていった。こういう時は大抵、高位の冒険者や魔術士が討伐に向かうとか成果を持って帰ってくるけれど、今日の様子はちょっと狂気的だった。
まぁでも、その理由を見つければ合点がいくものだ。
大通りの中心を歩いているのは、騎士のような純白の衣服に身を包み、帯剣している美女だ。女性の中では長身と言える背丈で、背中ほどまで伸ばした美しい白金の髪を靡かせている。柔和な顔つきながらも、瑠璃色の瞳は理知的な印象を相手に与える。俗っぽく言うなら、『仕事が出来る美人お姉さん』だ。
これは見た目から受けた印象だが、実像もそのまま『仕事が出来る美人お姉さん』だ。
彼女の名前は、『フィーネ・セロマキア』。
世界でただ一人の、災害級の魔獣を単独で討伐できる『特等』の位を冠した魔術士。
通常、魔獣討伐において魔術士は冒険者に守られ、魔術を要所要所で放つ。放たれる魔術は、火炎や圧縮された水流、地面から飛び出る剣山など自然に干渉するモノだ。
しかし、彼女は近接戦闘を専門とする冒険者達よりも速く、巨大な魔獣を一振りで斬り殺す。その剣筋が鮮やかすぎて出血させないためか、返り血を浴びる前に高速で疾走するためか、戦闘後の衣服が一切汚れていない美しい様を保つことから【戦姫】と巷では呼ばれている。
彼女の名前が特等魔術士として公になってから三十年ほどが経過しているが、外見は二十代中頃という若々しさを見せつけている。そのため、不老不死の秘術が完成したとか、代替わりの襲名なんじゃないかなどの噂が後を絶たない。
そうした神秘的な英雄である彼女の後ろには、王都西部の森林で行商人を襲い続け、物流を滞らせていたという森虎の死体が複数、馬に引かれた荷車によって運ばれている。
群衆の普段と違う熱狂は、こうした厄介者の討伐をしてくれたからだろう。彼女自身、生国はウィレイブであるようだが、世界中を転々としているというので、王都に現れることは滅多にないというのも拍車を掛けているように思える。
「ありがと~!フィーネ様!」
「あんたが最強だ!」
「お姉さま抱いて~!!!」
声援の中にトンデモないのが含まれていた気がしたが、フィーネ自身は困り顔一つせず、微笑みながら、たまに群衆に向けて手を振っていた。
個人的には、冒険者の存在を脅かす能力を持つ彼女を素直に羨ましく思う。冒険者稼業は命のやり取りを日常にする。当然、自分にも仲間にも不幸は起こる。その現場を目撃することも珍しいわけではない。
その度に思う。心底、不愉快だと。
自分に力さえあれば、不愉快に思うことも減り、後ろ髪を引かれるような後悔を抱え続けないはずだというのに。
しかし、これを理由に誰かに八つ当たりするのもお門違い。さらなる後悔を募らせないためにも、分相応な最大限の努力をしなければならない。
行きつけの飯屋の店主を群衆の中に見つけ、店を閉じているのが分かった。
【戦姫】の凱旋をほどほどに見送り、自炊をしようと自宅へ足を向ける。
~~~
夜間。俺は剣と暗器を装備して王都東部の山中に向かった。
この山は、普段は登山者で賑わい、冒険者や訓練生の鍛錬の場所としても多くの人が行き交う山だ。
問題は二週間前、登山道から目視できる範囲で大型の熊を見かけたと、訓練生から冒険者組合に通報が入った。
組合から派遣された偵察班が該当する熊を発見し、特徴から狂魔熊と判明。個体によっては災害級の被害を齎す可能性があるため、組合は大規模な討伐隊を編成。俺にも討伐の指令が下っている。決行は明日だ。
もちろん、俺がここにいる理由は大熊の討伐ではない。俺自身に推定災害級を討伐できるだけの能力は備わっていない。俺の狙いは数の多い小物の方だ。
この山の一部区域には、角兎が生息している。
名の通り額から一本角を生やした兎の魔獣だが、奴らは一体だけなら学生でも十分討伐できる程度の脅威度ではある。しかし、その素早さから束になると厄介になる。一体を狙って攻撃していると、横から別の兎が脇腹を齧るというウザさがある。
その脅威を排除するため、俺は討伐隊の進行予定経路に生息している寝静まった角兎達を徐々に処理していった。
今回の討伐で一番マズいのが、山奥まで狂魔熊を追い込んでも、決定打のために背後に控えた魔術士が、角兎の群れに襲われるという筋書きだ。
個体数を減らすだけでなく、死骸をテキトーに放り投げておけば討伐隊全体が不審に感じて、緩むかもしれない気を引き締められるだろう。
組合の規定だと、これは認可を受けていない行動で、バレれば何らかの処分が下るかもしれない。けれど、予想外の事態でなければ人は思考を働かせることを徐々にしなくなる。「うっかりで死んでしまいました」なんてことは願い下げだ。遺体を持ち帰るのも面倒だし、遺族の顔を見るのが何よりキツい。
討伐の成功率を上げるだけでなく、死傷者のいない任務達成が俺の目標だ。そのためにも出来ることは考えられる限り実践しなきゃならない。
そんな考えで着々と作業を進め、角兎を目標数処理できた。これ以上は異変に気付く個体が出るかもしれないし、狂魔熊の行動範囲に入る可能性もある。
こういう小細工は程々にしないと、俺自身の身に危険が迫る。それでは元も子もない。残りは討伐隊に進言するなりして確実に角兎を始末するという流れに出来るだろう。
下山している最中に足音が聞こえた。身を隠し、耳を澄ませた。音の数から二足歩行、重さから人間一人であることが分かった。
誰だ? 偵察隊がもう一度現場を確認しに来た? ここで見つかるのはマズくないか?
あれこれと考えを巡らしているうちに、月光がソイツの姿を映し出した。
「【戦姫】?」
そこには月光に照らされ、白金がより一層輝き、幻想的な美しさを醸し出した【戦姫】フィーネ・セロマキアがいた。
予想の範疇から突き抜けた人物の出現に思わず呟いてしまい、あちらはしっかり聞き取ってしまったみたいだ。
「誰かいるのは分かったから、姿を現してほしいかな。乱暴な手段は取りたくないからね」
【戦姫】は剣の柄に手を掛けながら、穏やかに警告してきた。
強者の余裕に溢れた言葉を受けては従わずにはいられない。俺は両手を上げながら【戦姫】の前に出た。
「どうも……王都の二等冒険者です」
「あれ? 君は......少し見覚えがあるわ。四年前だったか……少し変わった戦い方をしてたよね。ここで何をしてるの?」
【戦姫】は俺を正視しながらも小首を傾げて俺に問い掛ける。
どうやら天下の特等魔術士に覚えられてたようだ。冒険者は魔獣の討伐数やその危険度で評価されるものだから、それを求めない俺の後ろ向きな戦い方は記憶力が良い人には印象に残るのかもしれない。
この事実はメチャクチャ嬉しいが、問題は解決していない。かといって上手く誤魔化せなさそうだし、相手の度量に頼り切って正直に話すしかないか。
「角兎を狩っていました。狂魔熊討伐の邪魔になりそうなので」
「随分献身的ね、って思ったけど......あら? 私がやろうとしてることもマズいのかしら......」
『献身的』と言うあたり、こちらの意図を正確に把握しているようでさすがのシゴデキぶりだ。
けど、『マズい』ってなんだ?
こちらが質問しようとしたところで、あちらが先に口を開いた。
「もしまだ残っているようなら、私が狩ってもいいかしら?」
「構いませんけど……【戦姫】ともあろう方が雑魚を狩ったところで足しになるんですか? というか、大元の熊をやってもらった方が安心なんですけど」
「君の頑張りを無駄にすることはないでしょう? 王都の冒険者の水準を上げるためにも、狂魔熊の討伐は経験した方がいいと思うの。私もこのことは黙ってるから、君も私がここに来たことを黙ってもらえるかしら?」
フィーネは人差し指を唇に当て、いたずらっぽく笑った。
王都で発狂してた奴がこの様子を見たら卒倒してただろうな。
強者ならではの発言な気がするが、実戦を経験するに越したことがないのは事実だ。ひとまず咎められるわけでもないし、ここは大人しく帰ろう。適当に挨拶を済ませて下山を始めた。
~~~
英雄たる【戦姫】と会話できただけでなく、知らぬ間に俺を覚えてもらっていたという事実に小躍りしながら、山を下りる。
それにしても、『四年前』……俺、何してたっけ? まだ三等だったし、【戦姫】の目に入るような大それたことはしてなかったはずだけど――
「っ……!?」
麓まで歩くと、地面が揺れ始めた。
次第に、体が跳ねそうになるほど揺れが大きくなって――
「ハッ!? 何だよ!!」
すぐ前の地面から大量の土砂が噴き出て、何か大きな生き物が木々を薙ぎ倒しながら地中から飛び出した!
突然の事態に動けないでいると、土砂のほとんどが地に落ち、揺れが落ち着く。
夜の暗闇を濃くする影を辿ると、自然と視線は上に向き、その全容が把握できた。
魔獣『蛇竜』だ。
数年に一度、世界のどこかに出現しては、近隣の地域を更地にする災害級魔獣。建物を丸呑みに出来る大きさの体躯に濃い紫の鱗が並び、長さに至っては目視できる範囲でも百年杉の高さを超えている。
実物を目にするのは初めてで、巨体が発する威圧感に、足が竦んで動けない。
対する蛇竜は首を回して周囲を見渡し、呆然としてしまった俺と目が合う。
細長い金の瞳孔に見下ろされるまま、時が止まったような静寂が生まれる。
が、即座に恐ろしい速度で俺に向かってきた!!
到底避けられないし、そもそも足が動かない……!!
俺、もう終わりか?
裏で暗躍してる俺カッコイイ~なんて考えてたから罰が当たったのか?
死ぬ前に考えてるの、これか?
走馬灯ってやつはやってこず、しょうもないことに頭が回ってやがる。
ほんの微かな抵抗か、僅かに蛇竜から目を逸らすことは出来た。
すると、【戦姫】が蛇竜以上の速度でこちらに向かって来る姿が視界に入った。
俺を、助けようとしてるのか?
もし、これであんたが再起不能の怪我でもしたらどうするんだ?
そもそも死ぬ可能性すらある。
二等冒険者と特等魔術士のどちらが優先されるかなんて、子供でも分かる。
これで俺だけが生き残ったりなんかしたら、最高に最悪だ。
それだけは、有り得ねぇ!!
【戦姫】が助けに来てくれたという衝撃で体の硬直が解けたのか、俺は暗器に手を掛け、【戦姫】に向けて投げつけた!
回避行動を取れば、自然と蛇竜から離れるように投げたつもりだ。そもそも助けようとする相手から攻撃されれば、イラつきもするだろ。これでいいはず。
にも関わらず、【戦姫】は抜剣し、暗器を弾き、そのまま間合いであろう距離まで接近してきた。
あまりにキレて俺に何としてでもやり返そうとしてるのか?
けれど、垣間見えた【戦姫】の顔は非常に苦々しかった。少なくとも、怒りや憎しみは感じ取れない。
ただ【戦姫】は剣を振りかぶり、一言――
「ごめんなさい」
直後、俺は肩から腹にかけて斬られた。
熱と激痛が、体から噴き出す。
視界が、赤黒く染まる。
人生最期の景色が、デカいヘビと血の気の多い美女になるなんて思わなかった。
せめて最期は美しいモノでも見ようと思って、【戦姫】の顔を見た。
すると、苦々しく力の入った表情が緩み、次第に目が見開かれていった。
俺の視界は【戦姫】の不思議な豹変を見届けて瞼を閉じ、暗転したが、最後は極光に染まって――




