第十五話 火付け
「後学のために、どうして私が魔人だと分かったのか聞いてもいいかしら?」
魔人がフレアに受肉していると看破したわけだが、こいつはその理由が聞きたいらしい。魔人は正体がバレたとて慌てる様子はなく、俺に攻撃する気配はない。
『後学』……やっぱマズイか。
しかし、時|間稼ぎができるなら丁度いい。
「納得するかは分からないけど、まあ聞いてみてよ」
魔人は俺の話に耳を傾けている。
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「フィーネ、話をしよう」
時間は昨日、完成した魔導器の後片付けの最中に遡る。
フィーネが怒気を込めた目で俺を睨みつけていた。
気にすることなく話し続ける。
「俺はロゼとフレアが魔人側だと想定して事に当たるつもりだ」
俺が言葉にした途端、フィーネの目は揺らぎ、明らかに狼狽しているのが伝わってくる。俺を睨みつけていたのは、怯ませて俺に喋らせないためだろうか。
その程度で俺が止まると思われるのは心外だ。最も妥協できない点だろうに。
フィーネは力が抜けたのか、作業していた椅子に座り込んだ。
「いつから……気づいてたの?」
「街の話を聞いて、お前が学生のときから来ていないって言ったときから。いつからロゼが校長をしていたのか知らないけど、お前らの仲でこの街で会わないのはおかしいだろ。大前提、結界の状態を確認するのは校長であるロゼ。この時点で、誰よりも魔人に接近しているあいつを疑うのは当然だろう。この街の住人とかで慣れていれば気にすることはないんだろうけど、完全に外部の俺から言わせてもらえば不審なところしかない」
俺の考えを告げると、フィーネは項垂れる。長年の親友が魔人と関わっているというだけで相当キツイんだろうな。
「逆に、フィーネは気づいていたのか?」
じゃなきゃ睨んでこないもんな。
「確信はなかったけど……ロゼの体の状態を見れば、魔人に頼ることもあり得るかと……」
フィーネは、不老を実現する魔術《無柩》がロゼに想定通りの効果をもたらしていないことから、彼女が魔人を利用して自分と同様の不老不死を望むという可能性を考えたようだ。あり得なくは……ないか。
「フレアも疑うのは……なんで?」
フレアの可能性についても聞いてきた。思考停止に陥ってないか?
「シロと割り切る根拠がないだけで十分だろ。ロゼの魔衛士で、今回の作戦を知っている唯一の存在だ。魔人側でないと思い込むのは危険すぎる」
フィーネは項垂れながら目だけはこちらに向けている。あんまり話を聞いている感じはしないな。
しかし、問題を解決しようとしているつもりはあるのか、これからの方針を聞いてきた。
「魔人側だとして、どちらかに受肉しているってことでしょ? どう……するの?」
選択肢が限られてる。よっぽど頭が回っていないようだ。
全て伝わるかは分からないが、話してみるしかないだろう。
「そもそも受肉しているかすら分からないだろ。思いつく限り列挙するぞ。
・二人のうち、どちらかが受肉している。
・受肉せずに、砦から二人またはロゼだけに命令してる。
・二人以外のこの街の誰かに受肉している。
・そもそも、結界に閉じ込められていた魔人が一体だけじゃない。この場合は選択肢が倍増する。
これから先は魔人、ロゼ、フレアを仮想敵としてしか俺は想定できないから選択肢を絞る。けどな、一回、頭を切り替えてくれよ。何も二人を殺さなきゃいけないってわけじゃないんだ。お前がしっかりしてくれないと『最悪』にどんどん近づくぞ。だから――」
話しているうちに気分がおかしくなってる気がする。これまでの人生で経験したこともない状況にアガってる感じだ。
だからこそ、フィーネに伝えたいことなんてこれだけでいいはずだ。
「もう開き直れ。諦めるな。全部拾いに行くぞ」
俺の言葉に、フィーネは項垂れていた顔を俺の方に向けた。背もたれに肘をかけ、答える。
「分かった。できること全部やってみよう」
険しい表情をしてはいるが、言葉には強い意志が感じられた。
「改めて聞くけど、ステアはどうしたいの?」
ようやく具体的な話を始められそうだ。
まずは、魔人、ロゼ、フレアが敵だとしたとき、誰が一番手をつけられないか考えるべきだろう。
「もう一度魔人について聞きたいんだけどさ、魔術士が受肉されれば元より強くなって、魔人にとっても受肉した方が強くなるって認識でいいのか?」
「私が討伐してきた魔人を振り返ると、そうだと思う。元の魔術士の実力に魔人の能力が上乗せされる感じ。だから、魔人がロゼに受肉していたときが一番マズイかもね」
嫌な想定だろうに……けど、おかげでこっちもやることを絞れる。
「フレアと訳の分からない連携でハメられるのがキツイから、当初の予定通り、ロゼと二人で砦に行って分断してもらうのがいいだろ。最悪、魔人とロゼを同時に相手取ることになるだろうけど、頑張ってくれ。もしかしたら一昨日の作戦会議も、ロゼがこの展開に持ち込むために誘導してたのかもしれないな」
「……任されるのは構わないんだけど、フレアに受肉してたらどうするの?」
俺にとって一番キツイ場合を突いてきたな。一応考えがないわけではないのだが。
「そのときはさっさとロゼをシバいてこっちに来てくれ。情けなく、弱々しく、頼りない保険は用意しといたから、時間稼ぎしている間になる早で」
フィーネは俺の案に心配するような表情をしていたが、彼女から代案が出されることはない。その代わりかは分からないが、俺の動機を聞いてきた。
「ステアの案に文句を言うつもりはないわ。けど……どうしてここまでのことをしようと思ったの? 魔人討伐には関わりたくなかったんでしょう?」
確かにその通りだ。旅の最初に魔人と関わるなんて思ってなかったし、『最高の景色』は見たいが厄介事に巻き込まれたいわけじゃない。ただ――
「あいつらと、関わったからだ。鳴りを潜めている魔人は俺たちを狙っているわけじゃないかもしれない。もしかしたら、素通りできるのかもしれない。でもな、例えば、このまま旅を続けて、新聞を見る。見出しには『ヒカネの教師二人、魔人により死亡』なんて見てみろ。最高に最悪だろ。知ってるよな? 俺は『不愉快』が何より嫌いなんだ。俺はそんな未来を生きたくないし、そうなる可能性があれば徹底的に潰す。あいつらをシバいて、なぜ魔人と関わったのかも全部聞き出す。そうでもしないと、俺は……納得できない。それだけだ」
本当に、それだけでいい。最高に最悪な未来を生きるくらいなら、今、命を懸けた方がいい。
俺が言い切ると、フィーネは諦めたように笑う。
「本当に……厄介な相棒を持ってしまったわ」
お互い様だな。
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「なるほど……一昨日、ロゼさんからバレてるかもって言われてたけど、そこまで疑われているなんて思わなかったな」
魔人は搔い摘んだ昨日の話を頷きながら聞いていた。今のところ害意を全く感じない。フィーネに仕掛けられる前にこちらに集中してもらおうと思ったが、もう少し引っ張れたな。
魔人は俺の作戦について評価してきた。
「なかなか大胆なことをするわね。確かに、ロゼさんに受肉していたらフィーネさんでも苦戦は免れないでしょうね。最悪を想定し、適切に危険を受容する判断は素晴らしいと思うわ。結果的に私はフレアに受肉していたわけだけど、さっきはカマをかけたんじゃなくて、確信を持って聞いてきたわよね? その根拠は何?」
随分聞いてくるな。時間稼ぎが必要なこちらとしてはありがたい。
「最初の違和感はロゼの呼び方だな。学校じゃ『師匠』なのに、家にいるときは『ロゼさん』だ。次は髪飾りだ。学校にいる間は着けていたのに、帰ってきた途端に外してた。風呂に入る直前でもない限り外す必要はないだろ。一昨日、ロゼと夜に出かけたときにも着けてなかったな。あと、これは俺の勘違いに近いかもしれないが、学校よりも家にいるとき……というか夜の俺への対応が明らかに優しかった。粗探しに近いが、十七、八歳の割にしっかり先生してたのもちょっと不思議だったな」
俺の推理に魔人は口を押え、頭を抱えている。大体合っていそうだな。
「あとは授業が活かされたんだ。二つの魂が混在する『受肉』はとんでもない拒絶反応が起こるんじゃないかってな。ここで、認識干渉魔術が必要になる。たぶん痛覚とかの苦痛を感じなければ拒絶反応に苦しむことはなく、受肉が安定する。認識干渉魔術は高難易度らしいから、抵抗されると効き目が悪いんだろ。フレアが『受肉』を抵抗せずに受け入れるためには、あいつからの条件を飲み込み、『お前』が受け入れる必要があると思う。
それを確実にするのは、契約の魔術。『お前』に肉体を差し出す代わりに、日中はフレアの人格での活動を許し、日が落ちて人格が入れ替わったらガチャガチャ着けてた髪飾りを外すって契約で受肉を果たした。髪飾りはフレアの大事な物だから『お前』が着けるのは違うとかそんなのだろ。どうだ?」
俺の推理に魔人はバツの悪い態度を示す。
「全部ではないけど、大筋はその通りよ。本当に……教えがいのある生徒で嫌になっちゃうわ……」
魔人は観念したように答え合わせをしてくれた。ある程度正解していたようで、授業を受けた甲斐があった。
フィーネに話を持ち掛けた時点でフレアが受肉されていると確信していたが、ロゼだった場合が恐ろしすぎてヤマを張れずに日和った。
魔人が杖を持ち直す。もうダメそうだな……
「私ももう少し話していたいけど、バレた以上、殺されたくはないからもう時間稼ぎは終わりよ。最期に、聞きたいことはある?」
最後……だったら――
「俺にとって、とても……とても大事なことなんだ。ちゃんと答えてほしい」
魔人は律儀に居直る。
「あの子たちにとって、フレアは……ちゃんと先生だったのか?」
魔人が目を見開く。けれど、すぐさま優しい眼差しに変わった。
「信じるのは難しいでしょうけど、フレアは今でも、四人の生徒たちにとって最高の先生よ。あの子たちの未来を、ただ想っている。これまでフレアがあの子たちに見せていた姿は、私が演じていたのではない、本心からのものよ。ついでに君への態度の悪さも本心よ。ま、この子が逆恨みしているだけだから、あんまり気にしなくて大丈夫だけどね」
「……そうか」
魔人は胸に手を当てながら答えた。
これから殺し合いをするっていうのに、気遣ってくれるじゃねえか。
でも、それが聞けただけで充分だ。
やり切れる。
魔人は不敵な笑みを浮かべ、俺に意趣返しをしてきた。
「ねえ、ステア。今、どんな気分?」
そんなの、決まってる。
「ああ、最高に……最悪だ、よ!」
俺は声を上げながら抜剣し、勢いのままに魔人に向かって振り上げた。
対する魔人はひとっ跳びで回避し、校庭の端まで移動する。
異常な跳躍力――身体強化か。
俺が北、魔人が南に位置している。
魔術士相手に距離を取るという不利を昨日の訓練で嫌というほど実感した。
俺は走り出す。
さっきの回避は全力じゃないだろうが、走れば追いつけないわけではなかったと思う。フィーネほどの超人的な身体能力ではない。
しかし、相手は魔人。甘く見ていたとすぐに思い知らされた。
「《火球》」
魔人が灼杖を掲げる。
奴の周りに、頭ほどの大きさの火の玉が二十ほど現れ、周囲を昼間のように明るく照らしている。ライザの《火球》とは比べるまでもない。
「さあ! 座学の復習はできたようだから、次は訓練の復習をしましょうか!」
魔人が声高に叫ぶと、いくつもの火球から線を引くように、視界が歪んだ。
ハハッ……
見て見て! ばあちゃん! アタリだ! 凄いのが釣れたよ! 早く来て!
俺を助けてくれぇぇぇぇ~~!!
いないいない・・・
婆っ!!




