第十一話 五百年の檻
放課後になり、フレアはまだ学校で仕事があるというので、夕飯の買い出しを頼まれた。品目はロゼっちと既に決めていたらしく、食材が書かれた紙を手渡され、それをもとに買い物をした。
ロゼっちの家に戻ると、台所から彼女の声が聞こえる。
「おかえり~」
この家に入るのは二回目だというのに、住み慣れたような安心感がある。
「ただいま」
ごく自然に漏れ出た言葉だった。
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ロゼっちはすでに下準備を進めていたらしく、食材を渡すと手早く料理を進めていった。夕食が出来上がる頃にはフレアも帰宅し、着けていた髪飾りをすべて取り外した。気合を入れるために着用しているだけなのだろうか。
フィーネの姿が見えず、ロゼっちに尋ねたところ、あいつは工房で必要なものを受け取ってから、集中できないということでロゼっちの自室に閉じ籠って作業を始めたらしい。
俺はフィーネを呼ぶために二階へ上がり、彼女に声をかける。
「フィーネ? 飯出来たよ」
「……」
相変わらずの過集中。様子を見ると、机の上に細かい部品を広げては、小さい刃物で削っている。これらを組み合わせることで一つの魔導器になるのだろう。
しかし、今は夕飯の時間だ。作業をやめてもらいたい。
だが、下手に手を出して昨日のような怪我を負いたくない。色々と思案していると机の横に立てかけてある鏡剣が目に入った。
俺は鞘に納まった鏡剣を手に持ち、フィーネが座る椅子の背もたれを後ろからブッ叩いた。もちろん、彼女が部品から手を離した瞬間を狙った。
「うおっ!? ステア……おかえり……なんで鏡剣持ってるの?」
「夕飯」
「あー、そんな時間ね。でもちょっとキリが……」
「……」
「はい……今行きます」
俺が無言で鏡剣を扉に向けると、フィーネも観念して動き出した。
キリよくしたいのは分かるが、こいつはキリがよくても絶対続けるであろうことは目に見えている。
フィーネと共に一階に降りて、食卓に着いた。今日は大皿に炒め物を乗せて四人でつつく感じだ。
フレアが米をよそい、席に着いた俺たちの前に置いてくれた。
料理が全て机に並んだところで、フィーネがロゼっちの顔を見て首を傾げる。
「ロゼ、どうしたの? 具合悪い?」
俺も彼女の顔を見てみると、これまで見せてきた感情豊かな表情が嘘だったかのように真顔だった。ボーっとしている感じだ。
「あ、いやね? ちょっと考え事で……」
ロゼっちは手を合わせ、「いただきます」と口にしたので、俺たちも後に続く。触れられたくないのかと思ったが、彼女は悩みを打ち明けてくれた。
「魔人討伐の時にさ、街全体に知らせた方がいいのかなって」
「逆に今まで言ってなかったの?」
気にしていなかったが、ロゼっちは魔人討伐を周知していなかったようだ。
「知っているのはこの場にいる四人だけよ」
正しく言えば、俺たちをこの街まで運んでくれた御者もだけど。
フィーネも初耳らしく、彼女なりの考察を交えた質問をロゼっちに投げかける。
「魔人の情報収集能力が未知数だから?」
「まあ、そうね。アタシたちは魔人が五百年前からあの砦にいるってことを知っているだけで、実際どんな能力を持っているのかは知らないのよ。建国当時も、交戦することなく結界に閉じ込められたから文献はないし。万全を期すなら、住民全員に周知して今のうちから避難してもらうのがいいんだけど、騒ぎになったりして魔人に察知されると厄介よね。今この瞬間のアタシたちの会話も聞かれているかもしれないし」
『魔人』という生き物の全貌を解明できていない以上、素通りできない問題ではある。俺も無関係ではないため、素人質問を投げかける。
「魔人は今、結界の中で動けるの? 創作上で言う”封印”って感覚だと思ってたんだけど」
この問いに答えたのはフィーネだった。
「魔人自体がどうかは分からないけど、外に出られないだけで結界内は自由に動けてると思う。魔術でいう封印は、肉体の活動を停止させる身体干渉、意識を奪う効果と閉じ込めるための結界で認識干渉を施す必要がある。これらを同時に成立させる高度な術式とそれを処理するための能力が必要なのよ。昔はいたみたいだけど、今は封印系統魔術を扱える魔術士は知らないわね」
とりあえず、魔人は限定的ながらも自由に動けるということは分かった。
だとすれば、どう開き直るかの話になってくるな。
「この問題はさ、今の魔人がどういう状態かに懸かってない?」
「「あ~~……」」
俺の発言にフィーネとロゼっちは理解したかのように声を上げたが、フレアはいまいちピンときてない様子だ。
俺は自分でも確かめるように説明を始める。
「実力未知数の魔人。現状分かっていることは、居場所と建国当時からいるという情報のみ。最低でも五百年は同じ場所に閉じ込められて、人間の精神は耐えられるか? そう考えると、挙げられる魔人の状態は三つ。
一.完全もしくはほぼ廃人状態
二.動けはするけどボケてる
三.元気ピンピン
ここにロゼっちの不安を付け足してみると、
一を考える必要はなく、
二は刺激で覚醒するかも?
三は待ち構えられるだろうね。
油断しないなら、三の状態を想定する必要がある。そんでもって、討伐に向かうのはウィレイブ王国が誇る二人の魔術士。しかも往年の仲。そんな二人に勝てるような軍だか、国だかが存在するの?」
「「有り得ない」」
俺の煽りに二人は自身満々に答える。頼もしすぎる。
「だとすれば、二人が負けたときは少なからずウィレイブ王国は滅びると思ったほうがいいね」
いつの間にか王国存亡の最前線にいる気がする。
俺の考えに三人は頷きながら賛同し、最後はフレアが万が一の場合について述べる。
「私とステアは近くに控えていますから、もし負けそうになったらこちらが分かる合図を出してください。市民全体への避難勧告をします。一応この街も非常時の形式的な訓練を半年に一回やっていますから、混乱が起きても砦から離れる北東方向には逃げられると思います」
「フフッ……そんなことしなくてもすぐに片付けるわ」
フレアのまとめにフィーネは鼻を鳴らしながら答える。ロゼっちも同じ面持ちで笑う。
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食事兼作戦会議も終わり、フィーネが部屋に戻ろうとしたので、進捗について聞いてみた。
「魔導器の設計と俺の剣はどうなってるの?」
先に答えたのはロゼっちだった。
「ひとまず剣一本分の魔石の精錬は終わったから、鍛冶師に渡して完成待ち。これからの旅で剣が破損しないなんてことはないだろうから、残りの魔石も精錬した状態で渡しておくわ」
「あざーっす!」
俺は腰を直角に曲げてロゼっちに頭を下げる。本当によくしてもらっている。
続いてフィーネの進捗だ。
「私の方は行き詰まっているわけでもないから、後は作業量の問題ね。雛形もあったから、二日以内には完成するわ。出来上がったらステアの魔力をもらって動作を検証するから」
「うへぇーい……てか雛形?」
傷害宣言に顔を歪めて返答するが、気になる単語が出てきた。首を傾げていると、ロゼっちが説明をしてくれた。
「雛形ってのはこれのことよ。これにフィーネちゃんが新造した部品を組み合わせて結界を起動するの」
そう言う彼女は中指に嵌めた指輪を見せつけてきた。玉の金剛石が飾られている。結界を作る魔導器なのだろう。
俺はそれよりも、ロゼっちの服装に目がいった。さっきまでは部屋着だったのに、学校にいるときの魔女っぽい服装に着替えている。どこかに出かけるのか?
疑問に思っていると、二階から木製の杖を持ったフレアが降りてきた。
「フレア、それって……」
「うん。私の魔導器『灼杖』。魔衛士になったときにロゼさんに用意していただいたの」
彼女は杖を大事そうに撫でながら答える。フレアも外出の準備を済ませているようだ。
「出かけるの?」
「うん。これからロゼさんにご指導していただくの」
時刻は二十時。子供たちに夜更かし厳禁と言っていたのに、自分は熱心なことだ。こういうところが生徒たちに慕われるんだろう。
「フィーネちゃんがいるから大丈夫だろうけど、何かあったら学校の校庭まで来てね。広めに結界を張っているから声をかけるときは大きな声でよ。湯は沸かしてあるから適当に入っちゃって。フィーネちゃんもね」
「んー」
ロゼっちの呼びかけにフィーネは生返事で二階に上がっていく。
安全を考慮しての結界なんだろうけど、周囲に影響が出るほどの魔術の修練?ってどんだけだよ。
「二十四時には帰ってくるけど、起こしたらごめん」
「分かった。いってらっしゃい」
フレアの言葉に返答し、二人を見送った。
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その後は風呂に入り、十分温まってから出てきた。
暗い居間の机に、フレアが着けている髪飾りを入れた、口が開いたままの小袋が置いてある。
中に入っている色とりどりの髪飾りは、窓から差し込む月の光を鮮やかに反射していた。




