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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第二章 燻る青春
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第七話 再教育

 翌日。


 とある教室に爽やかな風が吹き込む。

 まるで子供たちの未来を明るくするかのように、木漏れ日が教室を照らす。


 教壇に女性が上がる。彼女の名前はフレア・アクセサリ。橙色の頭髪に髪飾りをいくつも差した教師である。

 彼女は日課のように挨拶をして、生徒たちの出欠を確認する。


「皆さん、おはようございます! それでは今日の出欠を確認しますね。いつものように健康状態についても正直に報告してください。

 まずは、エリー・シルフィアさん」


「はーい。おねむでーす……」


 薄緑色の髪を内巻きにした少女が答える。


「アクア・ディーネさん」


「はい! 元気です!」


 青色の髪をおさげにした少女が答える。


「ソーラ・ノーマンさん」


「は~い。お腹減ってま~す」


 茶髪をお団子にしている少女が答える。


「ライザ・サーラさん」


「ハイ。一日目っス……」


 赤色の髪をサイドテールにした少女が答える。


 ここまでは彼女らの日常。いつも通りに朝の挨拶は完了した。しかし、この日は普段と異なる点が一つ……


 彼女らの視線は、教室の後方――異分子の一点に向けられる。

 そして、この教室の担任であるフレアは異端児へ声をかける。


「それじゃあ……ステア・ドーマくん」


「うーっす……不愉快でーす」


 黒髪黒目の二十一歳――成人男性が答える。



 ~~~



<ステア視点>


 このような事態になった経緯は、昨夜、フィーネとの格闘を終えて、ゆっくり夕飯を食べている最中から始まった。


「腕、痛いんだけどさ、氷嚢(ひょうのう)じゃなくて治癒魔術で治してもらえないかな~……なんて?」


 フィーネに潰されるかと思うほど強く握られ、青く腫れあがった腕を見せながら、フレアとロゼっちにねだってみた。

 すると、フレアが呆れたように返答してくる。


「痛々しくてかわいそうだけど、他者の治癒なんてそう簡単にやるものじゃないのよ?」


「そりゃフィーネみたいに大怪我を治せるとは思ってないけどさ、軽傷ぐらいだったらやってもらえない? ほら、ロゼっちって魔導路が、こう……なんかすごいんでしょ?」


 ロゼっちならできると思って聞いてみたんだが、彼女から違和感のある反応が返ってくる。


「自己治癒ならできるけど、アタシの治癒は拒絶反応が凄まじいから他者の対象設定なんてしてないわよ」


「拒絶反応? 対象設定? ん?」


「え?」


「お?」


 完全に噛み合ってないな。あっちが常識っぽく話してるあたり、魔術に関して門外漢の俺がおかしい感じがする。

 このやり取りを見たフレアが横から口を挟んできた。


「なんかこの感じ、ステアって魔術関連の知識が全くないんじゃないですか? これからフィーネさんの魔衛士をやっていくとしては致命的な……」


「確かに……ちなみに聞いておくけど、自然四大系統って……言える?」


 ロゼっちが不安がりながら質問してきたので、これまでの経験や知識を総動員して指折りしながら答えた。


「火、水……風? あとは……砂?」


「よし! 義務教育からやり直しましょうか。『火』って答えた時点で本当は落第にしたいぐらいよ。フレア、せっかくだし、こいつを明日の授業に加えてあげなさい」


 俺はいつの間にか義務教育を負かしていたようだ。ロゼっちの上司命令にフレアは顔をしかめる。


「えー、あー、え~~? 授業内容が結構変わりますよ?」


「試験明けで、結果も良かったんだし、生徒たちも少しは羽を伸ばしたいでしょ。ちょうどいいカモで遊ぶくらいは大丈夫よ」


二十歳(はたち)越えてから女子学生たちにいじめられるの?」


 どうやら強制のようで、少なくとも六歳は下の子供たちと机を並べることになってしまった。



 ~~~



 で、今コレ。

 ちなみにフィーネは結界の魔導器を製作するため、街の工房で作業している。ロゼっちも同様に、魔石の精錬のために鍛冶職人の仕事場にいる。


 俺がいる場所は、フレアが担任をしている魔術学校の四回生の教室である。

 十五坪(約50平方m)ほどの教室の後方にポツンと座っており、前方に生徒たち四人が横一列に机を並べ、俺たちと対面するように置かれた教壇にフレアが立っている。

 俺の身長は高いわけではないんだが、女子生徒用に合わせた高さの机と椅子になっていて、ちょっと窮屈だ。


 色々な意味での不快感を言葉にしたわけだが、少女たちは振り返って、興味津々といった様子で俺に注目している。


 少女たちが俺を観察していると、薄緑の髪の寝ぼけまなこをした少女エリーがフレアに向き直り、挙手をして発言する。


「先生ー、質問です。仲よさそうに喋りながら一緒に教室に入ってきましたが、この男性とはお付き合いしているのでしょうかー?」


「エリーさん、良い質問ですねぇ。決っっっっっしてそのような事実はございません。次にそのような質問をするようであれば、皆さんの基礎点を一律で引いていきますからね。ステアくんは今ので二十点減点です」


「「「「かしこまりました!」」」」


「先生、僕の持ち点をまず教えてください」


 フレアの横暴に生徒たちは立ち上がって敬礼。俺は手を挙げて質問したが、明らかに無視されている。教室に来るまでにフレアと生徒たちについて話をしていたのだが、からかわれるネタになってしまった。

 昨日の出来事から少しは俺に優しくなったと思ったけれど、根っこの扱いについては変わらないみたいだ。


 フレアの独裁に物怖じせず、青色の髪をした真面目そうな少女アクアが挙手をして質問を繰り返す。


「先生! ステアさんが教室にいる理由について伺いたいです。確かに、冒険者の方々は稀に魔術学校を訪問して、魔術士との連携を学ぶために実践訓練を共にする場合はありますが、座学までご一緒するなんて聞いたことがありません」


 熱心な冒険者もいるもんだな。普通の冒険者ならノリと勢いで魔術士に頼ってるぞ。俺でも任務当日に魔術士ができることを聞いて、それに合わせて勝手に動いているだけだからな。


 アクアの質問に対して、フレアは包み隠さず俺の魔術に対する知識をさらけ出した。


「そこにいる男は、義務教育で習う自然干渉魔術の四大系統『炎』、『水』、『風』、『土』すら答えられない程度の知識しかありません。この状態を憂慮した校長先生のご厚意により、再教育を図る運びとなりました。さらに話を聞いてみると、つい最近まで『三元術式』すら理解していなかったようです。試験明けということで、基礎的な復習のついでにこの可哀想な大きいお友達へ魔術のなんたるかを皆さんで教えてあげましょう」


 クッソ辛辣に紹介された。それを聞いて大体が「うわあ」といった感じで俺を見てくる。

 唯一、穏やかな顔を向けているお団子茶髪の少女ソーラも微笑みながら刺してきた。


「ちょっと安心しました~。義務教育が欠けてても大人になれるんですね~」


「お嬢さん、社会人の大多数に対して辛辣なことを言うじゃないか」


 真理ではあるが、面と向かって言われるとは思わなかった。

 さらにフレアが追撃してきた。


「ちなみにそいつは特等魔術士フィーネ・セロマキア様の魔衛士ですから、しっかり教育してあげましょう」


「「「「ええ~~~~!!?」」」」


 生徒全員大絶叫。


 ある程度落ち着くと、赤毛を一つ結びにした凛々しい少女ライザが信じられないといった顔で、俺とフィーネの仲を邪推した。


「別に顔が悪いわけでもないし……【戦姫(せんき)】様と()()()()関係……っスか?」


「そんなことはないし、なんか飛躍してない? 先生! この女学生、官能小説読んでま~す!」


 年齢制限を突破してそうな発言に手を挙げて訴えたが、フレアはむしろ奨励するような発言をする。


「あと数年で成人になるというのに、知識がないという方が恥ずかしいことだと私は思います。あくまで一意見ではありますが、王国が定める年齢制限というものは改めるべきだと考えますね。何しろ、校長先生自身が生徒へオススメしているぐらいですから」


 とんでもねぇ奴らだ! 人柄からやらかしそうな感じはあったが、教師という立場で堂々とすることじゃないだろ。


 生徒たちが置いてきぼりにされたようなやり取りだが、彼女らは顔を見合わせてニヤニヤしている。


 明らかに俺が不利な空気感に一矢報いたく、フレアに別の授業を提案した。


「先生! 魔術じゃなくて税金について勉強しませんか? 大人になったら急に発生するのに義務教育じゃ全然習わないじゃないですか! だから――」


「ハイハイ! みんな座って! 質問は終わったようだし、授業を始めますよ!」


 奮闘虚しく、生徒たちは席について授業が始まってしまった。


 これってイジメ? 誰か助けて……

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