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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第二章 燻る青春
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第六話 食卓

「ああ……二人とも、お疲れ様」


 フィーネを脇に抱えた俺と、前が見えるか見えないかというほどの本の山を抱え込んだフレアを出迎えたロゼっちは、少し申し訳なさそうな顔で労ってきた。


 現在、俺たちは街の北東に位置する住宅街にある、ロゼっちの家に着いた。

 道中は奇異の視線に晒されたし、”荷物”がかさばったので、食材を買うことができなかった。


 俺たちの苦労を理解したロゼっちは、すぐさま机がある場所まで案内してくれ、フィーネを降ろすことができた。フレアも本の山を乱雑に机の上に置き、ため息をつく。

 この間、フィーネは変わらず論文を読み続け、フレアが彼女に向ける目は蔑むように見える。「こいつマジか」って感じだよ。


 俺は労うようにフレアの肩に手を乗せたわけが、フレアは俺に憐みの視線を向けてくる。初めてフレアと分かり合えた気がする。

 同情するならフィーネに文句の一つでも言ってくれ。


 ロゼっちの家を見渡すと、広い以外は極めて一般的な家庭の内装になっている。フィーネの邸宅の件があったから身構えていたが、杞憂だったようだ。

 あえて普通じゃない点を挙げるとすれば、広さに比例した腰掛け(ソファ)や机の大きさに加え、折りたたみ式の椅子がいくつも壁に立てかけられているという点だ。

 ここまでの道中でフレアはこの家に住み込んでいると言っていたし、教師という立場上、生徒たちを招くこともあるのかもしれない。


 ひと段落したところで、夕食の献立を尋ねた。


「何作るつもりだったの? もう俺が買ってくるよ」


「来客のときは大体鍋なんだけど、いいの?」


 髪飾りを抜きながらフレアがおずおずと返事をしてくる。


「いいよ。俺は今日大して働いてないし。”魔術狂”の尻拭いぐらいはするよ。これも魔衛士としての仕事なんじゃないの? なあ、フィーネ様よぉ!」


 当の本人は相変わらずのガン無視。

 俺が舌打ちするとフレアは笑い、鍋の具材を書いた紙とお金を渡してきた。


「ここに書いといたのに加えて、突飛じゃなければ好きなものを買ってきてもいいよ。苦労してるんだから、見返りはないとね」


 いたずらっぽく笑う様子から、態度がけっこう軟化していることが分かる。

 やっぱ『かわいそう』って有効なものなのか?


 このやり取りを聞いたロゼっちがフレアに声をかけてきた。


「だったらもうお風呂入ってきなさいよ。ステアは買い物だし、今日はアタシが振舞いたいから料理するわ」


「え? さすがに何もしないっていうのは……」


「バカねぇ。男子っていうのは”濡れた女”にグッとくるものなのよ。労いたいならしっかりやりなさい」


 からかうような提案だが理に適ってはいるので、フレアが反論する様子はなく、代わりに俺に軽蔑の目を向けてきた。


「ごゆっくり!!」


 風呂上がりに興奮することはないが、言い訳しても機嫌を悪くさせるだけだろうし、俺は急いで家を飛び出した。



 ~~~



 買い物から帰ってくる頃には日が落ちていた。

 ロゼっちは既にあった食材を切り終えている。俺が追加した食材を見ると、少し渋い顔をした。


「これはまた……イロモノを……」


 追加した食材は辛漬白菜(キムチ)だ。王都にいた頃に討伐任務後の打ち上げで食べて、意外と美味しかったので買ってきた。


「あんま量買ってないし、手間だけど分けて作ればいいんじゃないかなって。余ったら俺が食べるよ」


 ロゼっちに拒否する様子はなく、食べ慣れていない食材にビビっていただけのようだ。俺も辛漬白菜(キムチ)鍋担当として料理に参加した。

 ちなみにフィーネはこちらを気にする様子もなく、黙々と論文を読み続けている。さっき読んでいたものと表題(タイトル)が変わっていた。


 料理が終わるくらいにはフレアが風呂から上がってきた。

 さっきのやり取りを引きずっているのか、少しよそよそしい様子で食卓につく。見た目に何か違和感があると思ったが、ガチャガチャと着けていた髪飾りを一つも着けていなかったからか。あの量を持っていても、さすがに風呂上がりまで着けるわけではなかったか。


 フレアをジロジロ見ていても仕方ない。鍋を台所から食卓にまで運び、席に着く。問題は俺の横に座っている奴なんだ。

 フィーネは未だに論文を読み終えていない。常識的にはキリがいいところで中断するはずだが、こいつは全部読み終えるまで何も手を付けないようだ。


「その状態になったらテコでも動かないわよ」


 長年フィーネの様子を見てきたロゼっちが達観している。


 だが、俺は諦めない! 何としてでもこの状態で飯を食べさせてみせる!


 まずは鍋から食材を取り出し、吐息で冷ます。舌を火傷させて治癒魔術を使われたくないから。

 多少冷めたところで、具材を掴んだ箸をフィーネの口元に近づける。

 案の定、フィーネは口を開かない。


 もう……心が折れそう。


「ったく、なんで年齢詐欺の美婆(びばー)の介護みたいなことを……おい、食わねぇと本の上に汁垂ら――イ˝ッッデ!?」


 フィーネが、箸を持った俺の手をとんでもない力で掴んできた。


「い˝た˝た˝た˝た˝た˝た˝!! このアマ!! 都合の悪いときだけ!……っ! いや待て! それでいい! それがいい˝て˝て˝て˝て˝て˝?!」


 そうか! 分かったぞ!


 こいつが周囲に反応したのは、今と、図書室から離れたときの抵抗。

 つまりだ! コイツは都合の悪いときにだけ反応し、外界とつながる。それを利用すればこいつは周囲の情報を取得し続け、飯を食うように誘導することは可能なんじゃないか!?


「おい、バカ女! 飯の時間だ! そのまま掴んでる手を自分の口に運ぶんだ! そうそうそう! よーしよし! いいか、ババア! 口を開いて箸を入れるんだ! よし、いいぞ! 口を閉じて! 婆さん! そのまま箸を引き抜くんだ! 口を開けるなよ! よっしゃ! あとはさっさと噛んで飲み込めクソババい˝て˝て˝て˝て!!?」


 何とか一口目を飲み込んだ。もうこっちは痛みで脂汗がダラダラ……


 このやり取りを眺めていた二人は感動したような顔をしている。


「ロゼさん、この二人って……」


「フフッ……そうね。最高の二人よ」



 ~~~



 最終的には攻防(俺がやられるだけ)を二十回ぐらい繰り返してフィーネは食べ終わった。辛漬白菜(キムチ)鍋も辛い反応をすることなく平らげた。平気なのか、味覚を感じていないのか分からない。未だに論文は読み続けている。


 このやり取りを見届けたフレアとロゼっちは席から立ち上がり、俺に拍手を送ってきた。二人はもちろん食べ終わっているが、俺の分はすっかり冷めている。


 解放された腕を見ると、真っ青になっている。


「あーあー。こっちに来て、ステア。冷やしてあげる」


 ロゼっちに台所の方へ手招きされると、壁面に描かれた魔術陣を発動し、氷を生成した。適当な袋に詰められ、氷嚢(ひょうのう)として渡される。

 その間、フレアは俺の分の鍋を台所に置き、魔術で炎を生み出して温めてくれた。


「熱いから、気を付けて食べて」


 そう言うフレアの目からは尊敬の念を感じられる。正直、フレアに嫌われなくなっただけでも、やった価値はあると思う。


 そう思わないと……やっていけない……


 フィーネが顔を上げたのは、俺が食べ終わって落ち着いた頃だった。


「ん? お腹……」


 お腹をさすってフィーネが呟く。

 どうやら自分が満腹であることすら分かっていなかったようだ。


「フィーネちゃん、お話があります。ステアの腕を治してから二階に上がってきてください」


「腕? あれ、青くなってんじゃない! どうしたの?」


 こいつマジか。


 しかし、俺の視線で大体把握したのか、一気に塩らしくなり、俺の腕を治した。その後はロゼっちに連れられて二階へと上がっていく。

 たぶん校長直々に説教でもされるんだろう。


 ただ元を正せば、ロゼっちがフィーネに論文の存在を話したためにこんな目に遭ったんだ。忘れない。絶対に。


 美女(老婆)二人を見送ると、フレアが話しかけてきた。


「お風呂入ってくれば? 後片付けは私がやるし、来客用に布団はあるから敷いとくよ」


 お言葉に甘えて風呂に入ることにした。全面大理石というわけではなかったが、浴槽に六人ぐらい入りそうな広さだった。


 風呂から上がると、とぼとぼと風呂へ向かっていくフィーネとすれ違った。こってり絞られたようだ。


 その後はロゼっちに寝る場所がある二階へ案内された。


「ここ、アタシの部屋だから。アタシはフレアの部屋で寝るから、アンタたち二人でこっちに寝なさい。寝台と敷布団、どっちが良い? ちなみに寝台の方がちゃんと寝心地いいわよ?」


「敷布団でいいよ。どっち選んでも王都にいた頃の寝床よりも上等だから」


 ロゼっちの自室の側面は窓と扉以外書棚で埋まり、本が敷き詰められていたが、フィーネの研究室と真逆といえるほどに整頓されていた。


 寝る準備を終えるころにはフィーネは風呂から出てきて、部屋に入ってきた。


「本当に……大変申し訳ございませんでした」


 床の上にきれいに土下座している。

 メチャクチャするくせに謝罪をちゃんとしてくるのがやるせない。

 しかし、こちらの意見はしっかり伝えなくてはならない。


「次からは男女平等拳をお見舞いしようと思います」


「ハイ、見舞われないように気を付けます……」


 このやり取りの後に俺たちは眠りについた。

 頭脳労働のためか、部屋を暗くしてすぐにフィーネの寝息が聞こえた。


 こいつマジでよぉ……

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