第三話 魔術狂
「イカれた魔力量。ぶっ飛んだ超効率。出力すらバカになる……なるほどねぇ。確かにフィーネちゃんのために用意されたような才能じゃない」
蛇竜討伐までの経緯を聞いたロゼ・クリスタが、俺への評価をそう下した。
「だからって魔衛士にするほど? 小間使いでいいじゃない。実力は二等の下位ぐらいなんでしょ?」
「この資料を見てもそう言えるなら大したものよ」
ロゼっちの疑念に対してフィーネはカバンから紙を取り出し、ロゼっちの前に置いた。
いつの間にか【組長】から俺の経歴についてまとめた資料を貰っていたようだ。今のように、俺がフィーネに釣り合っていない点を指摘する者たちへの説得材料として作成してくれたんだろう。マジで良くしてもらっている。
ロゼっちは資料に目を通すと、次第にヘラヘラと笑い始めた。
「年間の被害報告? 赤字が……折れ線が下がって――ん? 加入時期? フフッ……アッハハハ! これマジ!? アンタ変態なの!?」
「指さして笑うなんて失礼すぎじゃない?」
机をバンバン叩きながら俺を指さして笑うロゼっちに思わずツッコんだ。
ロゼっちのツボに刺さったのか、腹を抱えて笑っている。
「ヒィ~! いや、ゴメンゴメン! よく分かったよ。身体能力が高いとかじゃなくて、色々と細工する感じなのね。それなら、フィーネちゃんとの相性抜群じゃない! アタシに権限なんてないけど、これならステアが魔衛士であることを反対する理由はないわね。ケニドアみたいなゴツいおっさんが魔衛士にならないか不安だったから、これで一安心ね」
おっさんて……あなた方よりも年下でしょ。
とりあえず、ロゼっちは俺をフィーネの魔衛士として扱ってくれるようだ。
ロゼっちの興味は俺に向いたようで、質問してきた。
「よくその歳でこんな一銭にもならないようなことできるわね。失礼しちゃうけど、よっぽどの主義主張でもない限りこうはならないでしょ?」
ロゼっちは笑みを浮かべているが、試すようにも聞いてくる。あそこまで笑われた後だと答えるのが恥ずかしいな。絶対笑われるだろ。
俺が躊躇っていると、横からフィーネが代わりに答える。
「『最高の景色』ですって」
「ハイ? なんかの観光名所の話?」
ロゼっちから当然の返しが来たので、俺も意を決して説明を始めた。
彼女は机に突っ伏す勢いで爆笑した。
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ロゼっちが落ち着くまで、またしばらくかかった。
その間、俺はフィーネを恨めし気に睨んでいたが、当人は知らん顔で音になっていない口笛を吹いている。ここに来て本当にガキみたいなやり取りの連続だ。
ロゼっちは一息つくと、こちらの本題を言い当ててきた。
「それじゃあ、とうとう魔大陸に向かうのね」
「ええ。【仙斧】を引き入れるためにまずは西極圏に向かうわ。ここに来たのはロゼに魔石を精錬してもらうため。ついでにこの街の魔人の処理もするつもりだけど、どうかしら?」
ロゼっちは予想通りと頷いていたが、フィーネの口から『魔人』の単語を耳にすると、形の良い眉を歪め始める。
「あ~、魔人ねぇ……確かに世界でも上澄みのウチらでやれば討伐はできるんでしょうけど、問題は街の被害の方かしらね。これまで仮初めながらも平和だったこの街はボケちゃってるから……心配かも……」
ごもっともだ。これまで閉じ込めていた砦の結界を解くということは、魔人にとって逃走、暴走する上で絶好の機会だ。
しかし、フィーネはこれに対する対策案を用意していたようだ。
「それなら、現在使用されている結界と同様の魔導器でどうにかなると思うの。私たちが結界の縁に向かい、更に外側からあの結界を覆うように結界をもう一枚張る。内側の結界を解除して魔人と戦う。これで良さそうでしょ?」
確かに実現すれば、魔人は外に出ることなく、バケモノたちがよろしく暴れてくれそうだ。しかし、問題は結界とやらの――
「あのねぇ、フィーネちゃん。それができるならアタシがとうにやってるって。あの結界は当時の術士が魔人に接触することなく、かつ魔人が暴れても破壊されないギリギリで設計された術式の魔導器で成り立ってるのよ? あとは魔術士が常に魔力を流す必要がないっていう物臭要素も含まれてたわね。フィーネちゃんのいう魔導器は、
・あの結界を凌ぐ結界範囲
・アタシたちを含めた戦闘行為に耐えられる強度
・願わくば魔力供給役を必要としない
これらを解決する必要があるって――」
俺が懸念した問題点をロゼっちが列挙している間に、フィーネは俺の肩にポンッと手を置く。
「こいつで大体解決する」
「あっ……確かに!!」
「指さすのやめてー?」
学者さんたちの共通認識的な会話をしているのは分かったから、俺を「丁度いい実験動物見つけた!」みたいに指ささないでほしい……
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その後は本来の立場に見合うような学者たちの議論が繰り広げられた。
彼女らの議論の要点を抜き出すとこうだ。
・現在の結界は、月に一度魔力を流すことで維持される魔導器によって展開されている。
・フィーネが新たに展開する結界の魔導器は、彼女が継続的に『俺の魔力』を流すことで、『結界の維持』に関わる機能を排除。これによって結界の範囲と強度を上昇できるらしい。
・戦闘では、フィーネが魔導器を手持ちし、魔力を流しながら身体強化で魔人を牽制、ロゼっちが詰める。場合によっては、結界を一瞬消して鏡剣の斬撃で仕留める。
彼女らの中で議論が終わったかというときに、ロゼっちがフィーネにこんな言葉を投げかけた。
「そういえば、論文。追加されてるわよ。図書室に。それも、いま話した結界の新手法提案の内容もあったわ」
「ヒャrrrrrrrrrrッハ~~!!」
「ちょっ!? どこ行きやがる!! おい! フィーネ!!」
フィーネが突然信じられない巻き舌で発狂しながら部屋を飛び出した。身体強化でも使っているのか、俺が廊下に顔を出す頃には姿が見えなくなっている。
その様子を見たロゼっちは腹を抱えて笑っている。
「相変わらず、魔術の話になれば見境ないわね。びっくりしたでしょ? ああなったらもう見過ごすしかないわよ」
ロゼっちが噴き出た涙を拭いながらフィーネの奇行に言及する。
「これが通常運転なの? さすがにイカれてない? ”魔術狂”が過ぎるって……」
フィーネの”魔術狂”ぶりを初めて目撃した感想を率直に述べたのだが、ロゼっちは遠い目をしながら俺の疑問に答えた。
「”魔術狂”……その通りね。あの子の生い立ちから分かると思うけど、アタシに会うまでは初等学校じゃ相当ないじめられっ子だったのよ。子供の集団はズレているだけで攻撃の対象になるからね。魔力がないっていうのは格好の標的になったのよ。
当時のフィーネちゃんにしてみれば、魔術を一切発動できない以上、魔術を”知る”ってことが唯一の自衛手段だったんでしょうね。だから何?とは思うけどさ。まあ、勉強するのが苦痛になるわけでもなく、あそこまで夢中になれるっていうのは結果的に良かったんじゃないかしら。実際、研究し尽くされていたはずの基本的魔術の新理論をバンバン提案したし、見事に周りを見返してやったわけよ。その頃には本人の眼中に他人はほとんど映ってなかったわけだけど。ま、フィーネちゃんの目に留まったアタシに至っては、扱う魔術全部がフィーネちゃん謹製にしてもらったわけだけど」
フィーネの行動も納得の過去が明かされたが、さらっとロゼっちは胸を張って自賛しながら誇らしげな表情をしている。仕事道具を何一つ自分で用意していないっていうのは……誇らしげにすることか?
にしても、こいつらマジで仲がいいんだな。フィーネがあそこまで大成したのも、ロゼっちが身近にいたからのようにも思える。
「さてと、フィーネちゃんもいなくなって二人きりになったことだし、少し話をしましょうか」
ロゼっちは俺を腰掛けに座るよう促し、彼女は対面に座った。
「ステアの能力がフィーネちゃんの魔衛士に相応しいことは分かったわ。でもね、これから先の旅、一年は超えるであろう付き合いの中で人間関係の相性っていうのが、結局のところ一番大事になると思うのよ。円滑な人間関係に必要なのは相手への理解……
と、いうわけで! 『第一回! フィーネちゃん分かり手選手権』開催~~!! は~い、拍手~! ドンドンパフパフ~~!!」
ロゼっちの勢いに押されて、俺も思わず拍手をしてしまった。
なんか、始まっちまったよ……




