第一話 曰く付
<ステア視点>
今はフィーネと共に西行きの馬車に乗っている。普段は多くの乗客を乗せて運行しているが、フィーネに委縮したのか純粋な善意なのか、皆降りてしまったため、俺とフィーネの二人しか客として乗っていない。
さすがに御者の人には申し訳なかったので、通常の運賃に加えて家の整理で残ったお金を渡した。これで本来乗るはずだった人数分の稼ぎにはなったと思う。
俺にこんな気遣いをさせた当の本人は俺の方を向いてボーっとしていたので、善意で水を飲むよう勧めたわけだが、ムッとした顔で手に持った水筒をぶんどられた。
肌について言及したのがいけなかったか? 歳のこと気にしてるなら諦めてくれねえかなー。それよりも建設的な努力しようぜ!
バカな考えもここまでにして、フィーネに旅の経路について尋ねる。
彼女の旅の目的を終点から辿ると、
一.魔力がない私って何? 絶対解明してみせる!
二.そのために未だに謎な魔大陸に行けば何かわかるかも!
三.魔大陸に行ったはいいけど、魔境過ぎたので強い仲間が欲しい!
四.今のところ有名な【仙斧】に会うために西極圏に向かいたい!
(あわよくば男なのに『五躙獣』と渡り合う秘密も知りたい! )
大雑把な目標はこんな感じ。まずは西極圏なわけだが、ほぼ大陸を横断するような旅程のため、詳しく知る必要がある。
この旨をフィーネに伝えると、自前のカバンから世界地図を取り出して説明を始めた。
「今、私たちがいるのは『ユーリカ大陸』南東部の『ウィレイブ王国』。
王都から西部に向かい、最初の中継点は森林を越えた街『ヒカネ』。
その先は南北二つの大山に挟まれた世界最大の湖『ミディウス湖』を渡って『ルノワール帝国』へ。
入国してすぐにある最大の魔術都市『メンデール』を経由した後は北西に向かう。
途中に砂漠地帯があるけど、突き抜けるかどうかは後で考えるわ。
その後は大陸西端にある港湾都市『ノスク』から船で西極圏に向かうって流れね」
「次の目的地の……ヒカネで何すんの?」
「ヒカネはステアの剣を用意するためね。魔石を精錬するわけだけど、そのための炎は魔力によるものである必要があるのよ。せっかく作るならとことん専門的な人に頼みたいじゃない? だから世界で最も優れた炎系統魔術士にお願いするわ。その人はヒカネにある魔術学校の校長をしていてね。聞く限りじゃ仕事が忙しいわけでもなさそうだし、親友だから気軽に引き受けてくれるはずよ」
最後のあたりにとてつもない不安を感じる。これまでのフィーネの印象から、その予想は合っているのだろうか。
「その人……大丈夫? 本当に親友? 仕事の話だって、忙しい度合いは人それぞれなんだよ? 優しくしてくれるのと気を遣われてるのは違うんだから」
「あんたホントに容赦ないわね!? 半世紀以上の付き合いのれっきとした親友よ!! あんたが心配するような私の性格もしっかり理解してくれているし、術式についても知っているわ! 私のことが広まっていないのが何よりの証拠よ!」
半世紀の付き合い……フィーネと同類のバケモン婆さんか?
確かにフィーネの通り魔的(ギリ合法?)行動の理由を知っていながら何十年もひた隠しにしてきたということは、口の堅さは折り紙つきか。少なからず、【組長】ケニドア・マーカスと同様に信頼できる人物なのだろう。
にしてもコイツ、でかい声でベラベラと……御者に運ばれながら何叫んでるんだ。御者が明らかに気になってる顔でチラチラこっち見てるよ。
俺は口元に人差し指を当ててフィーネに自重させようとすると、彼女も気付いたのか、口を手で押さえて静かになった。
これまで一人旅だったからボロを出さなかったっていうのが、彼女の威厳を保たせた唯一の理由なんじゃないだろうか。
とは言え、こっちは知りたいことが多いんだ。年長者らしく若輩者の質問には答えてもらおう。
「ヒカネってどんな街なの? その親友(仮)から聞いてるんでしょ?」
フィーネは『親友(仮)』に目をむいたが、慎重に言葉を選びながら答え始めた。
「聞いてるも何も、元々は私たちの母校がある街よ。親友!とは初等学校からの付き合いだけど、進学と共にヒカネに移って寮生活をしてたわ。懐かしいわね。彼女とは都合的にも街の外で会ってばかりだったから、街に入るのはほぼ半世紀ぶりかしらね」
「へぇ、ある意味里帰りか。世界に誇る魔術士二人を輩出するなんて凄い学校じゃん」
フィーネは「親友」を強調して話しており、郷愁がうかがえる。よほど濃い青春の記憶が詰まっていそうだ。
フィーネが見せる等身大の様子に少し感動していたのも束の間、彼女は俺の言葉を訂正してきた。
「これは自惚れと言われても仕方ないけど、学校が凄いわけじゃなかったと思うわ。昔から私たちは異常だったのよ。彼女は基本的な魔術適性をすべて満たしていたし、私はこの通り。才能と執念が上手く嚙み合ってお互い今の地位にあると言っても過言じゃない。学校が平凡だから、街の特徴なんて世界で唯一魔人が居ることが判明しているってことぐらいよ」
「へー、そうなん――まてまてまてまて!!! 魔人!?」
聞き捨てならなさすぎる単語が出てきたんだが!?
思わず身を乗り出した俺に、フィーネは呆れた目を向けてくる。
「自分に関わりが無いからってさすがに知らなさすぎじゃない? 建国当時の話ではあるけど、今時は歴史の授業で習わないのかしら……」
「試験に答えられればいいやの精神で暗記してたから、習ってても忘れてるだろうなぁ……」
王都の冒険者組合に森林を越えた先の任務が回ってくることなんてほとんどないから気にしたこともなかった。新聞で話題になるなら別だろうが、俺の頭はどうでもいいことが抜け落ちるようにできた都合の良いものになっているんだ。
そんな訳で、セロマキア先生の歴史の授業が始まった。
「いい? ウィレイブは建国してから約五百年。帝歴五千年を越えるルノワールに比べれば赤子のような歴史だけど、建国以前は都市程度の共同体がひしめいて争いが起こっていたのよ。ヒカネは戦争で使用された砦跡から大きくなった街なの。当時の生活水準は想像しにくいけど、砦の設備程度で人が集まってしまうくらいには貧しい環境だったのかもね。
今は街と呼べる規模だけど、建国以前は村程度だったそうよ。その村には因習があったの。少女を一人生贄に捧げるという因習ね。捧げる相手というのが魔人というわけ。この魔人は生贄に受肉していたんでしょうね。だからといって村を手ずから支配したわけでもなく、砦に居座ったらしいのが少し不思議だけど。村人は砦跡に巣食った魔人に対して数十年おきに生贄を立てていたそうよ。
そんな悪習をくり返していく内にウィレイブ王国は無事建国。この村も吸収されることになり、監査が行われたことで魔人の存在が発覚。当時は討伐できるまでの人員がいなかったから、秘密裏に結界魔術で砦ごと隔離して生贄がそれ以上出ることはなくなったのよ。
けれど、根本的な魔人の排除はできないままだったから、結界の監視が必要だった。だからその時代の高位の魔術士を監視役として据えたわけ。とは言え、この魔人は抵抗する様子もなく大人しいものだから、せっかくの魔術士が手持ち無沙汰みたいになったのよ。当時のウィレイブに魔術士を遊ばせる余裕はなかったから、監視役の魔術士を教師として魔術学校を設立する運びになり、それに伴った設備の拡充が現在の街の形成に繋がったという流れね。
まとめると、ヒカネは大人しい魔人によって栄えた街ってこと。私の親友【才焔】の異名を持つ一等魔術士ロゼ・クリスタは、魔人の監視兼魔術学校の校長として悠々自適に余生を謳歌しているそうよ」
長い解説の総括にしてはざっくりし過ぎな気がする。校長の名前として出てきた【才焔】の話は聞いた覚えがある。
つまり、世界有数の魔術士が二人そろったということは――
「魔人、殺る気か?」
「ええ、状況次第だけど。協力してちょうだい」
フィーネはあっけらかんと答えた。
あ˝あ”あ”~~!! 一発目からキツイって!!
俺の気落ちを他所に馬車は森林を越え、ヒカネに到着した。
馬車から降りる際、御者にはさらなる賃金を渡した。
「この先【戦姫】の怪しい噂が立ったら頑張ってアンタを追い詰めようと思う。これは気持ちばかりの金だ。これからもお仕事頑張って」
フィーネの際どい発言から変な噂が立つことを防ぐために、これからの不安も込めた八つ当たりまがいの脅迫をした。御者の焦りようからしっかり伝わったようだ。
さてと。彼がバラしてしまった時に締め上げるためにも、この山場を生きて乗り越えないとな。




