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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第一章 夢の始まり
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第十一話 出立

 フィーネに斬られた後は手の周りと風呂場が血まみれになったので、そのまま風呂に入らせてもらった。

 フィーネが水瓶の残りをすべて浴槽に注ぎ込み、側面の魔術陣を発動させてあっという間にお湯を沸かした。

 個室の湯舟に浸かる経験は無く、風呂場には上等の石鹸も備え付けられていたため、上級国民の気分を味わえた気がした。


 風呂場から上がると、脱衣所に手ぬぐい(バスタオル)とさっきまで着てた俺の服がきれいになった状態で置いてあった。フィーネが洗濯した上で風魔術だかで乾かしてくれたのだろうか。下着まで。


 着替え終わると、フィーネが自身の着替えを小脇に抱えて脱衣所に来た。


「少し早いけど私も風呂に入るわ。明日は早朝から動くつもりだし、睡眠の練習をしないといけないものね」


「だったらその間に夕飯作りたいんだけど、炭ってある?」


「地下室にあるかも」


 地下室に案内されると、木炭がまとめて置いてあった。昼は陣術で火を出したが、フィーネがいなければできないため、すべて人力で料理する。

 フィーネが風呂から上がるころには夕食を作り終わり、食卓を囲んだ。


 夕食も食べ終わり今日はもう特にやることもないため、寝ることになったのだが、ここでひと悶着起きた。

 この家の寝台はバカでかいものがひとつだけで他に敷布団も掛布団もなかったのだ。


腰掛け(ソファ)で寝るのかぁ」


 野営に比べたらはるかにマシな環境だが、嫌みっぽくなってしまったためか、フィーネはとても気にしたようだ。


「じゃあ、私が腰掛けで寝るよ。起きてから魔術を使って体調整えればいいんだから」


「それじゃぁ、あんまり意味ないよ。まずは一晩しっかり寝なきゃ習慣として始まらないんじゃない? 言い方悪かったけど、従者としては分相応でしょ」


 睨み合いが始まり、しばらくの間、沈黙が続く。


 それを破ったのはフィーネだ。

 俺の腕を掴み、強引に寝室に引っ張っては寝台に体ごと投げ飛ばした。


「でゅえ!? 急になに!」


「も~、めんどくさい! これだけ広い寝台なんだから十分離れて寝られるでしょ!」


 開き直ってしまった。寝そべりながら、一応やってることの重大性を聞いてみる。


同衾(どうきん)ってわかってる? 一応俺は青年に含まれるけど?」


「どうせステアじゃ私を襲えないわよ。それとも何? 『ばあちゃん』なんて呼んだ相手に夜這いでもするの?」


「年齢関わらず、非常に魅力的な美女だと自覚した方がいいですよ?」


「えっ!?」


 事実を述べたまでだが、唖然とした顔でフィーネは硬直してしまった。


「はいはい! わかったよ! 俺が手を出すようならいくらでも斬っていただいて構いませんから! 寝よう!」


「あっ、ああ。ええ、そうね」


 そう言うと、フィーネも寝台に横たわった。やけに端にいる。

 寝る準備はできたようだ。部屋を照らしていたロウソクの火を消す。


「おやすみ」


「ええ、おやすみなさい」


 一時間ほど目を開いて起きていたが、フィーネは十分程度で寝息を立て、それが途切れることはなかった。俺も目を閉じると、ほどなくして意識が薄れていった。



 ~~~



 朝日が瞼の裏まで照らし、目を覚ました。

 しかし、起き上がろうとしても体が動かなかった。

 俗に言う金縛りというやつか!? 

 けれど、背中の感触は熱さに近い温かさに加え、非常に柔らかい。

 首筋はかすかな風に撫でられている。


 もう大体わかった。首だけは動いたので、可能な限り最大限振り向いた。

 視界の端に美しい白金と肌色が映りこんだ。


 御年六四歳の美女が俺を抱き枕にして寝ている。

 男であれば大多数が羨むような場面だろうが、俺としては起きてるのに動けないだけであまり面白くない。なので、無理やりにでも起きてもらう。


「ちょっと、起きて。ねえ?」


 身動(みじろ)ぎして声をかけたが、眉ひとつ動かない。熟睡したのはいいことだが――


「おい! 起きろ!! フィーネ! 朝だぞ!!」


「んぉっ!

 ……

 ん……?

 うわ!? 

 ……えっ??」


 目が覚めると俺と目が合い、すごい勢いで体に回した手を引いた。

 疑問符を浮かべたいのはこっちだ。様子から、意図して抱き着いたわけではないのは分かった。


「おはようございます。よく眠れましたかね?」


「あの……ハイ、おはようございます。もしかして……私からですかね?」


「あ~、そうなんじゃないですか? 端からこっち側まで来てるんですから」


「あぁぁっ……ごめんなさい。無神経に」


 結構落ち込んでいるようだ。俺に迷惑かけたと思っているのか男に抱き着くことを恥ずべき事と思ってるかで意味合いが変わりそうだが。


「ちゃんと起きたからいいよ、別に。俺()()()()()興味ないから。飯屋で朝食を食って組合行こう」


「うぅぅ……わかったわ」


 俺が寝室から出るとフィーネは扉を閉めて着替えを始めた。俺は旅に持っていく荷物をまとめる。この家で新たに加えた荷物は、俺の魔術適性を試した、紙に描かれた火と水の魔術陣だ。俺の魔力さえ枯渇しなければ、魔獣を狩ってすぐに野営ができる。


 フィーネが特等の装束と思しき純白の衣服をまとって部屋から出てくると、地下室の方へ向かった。地下室から戻ってくると、所々が角ばった袋を手に持っている。


「それは?」


「魔石よ。ステアの剣はこれを素材にして道中の街で鍛えてもらうわ」


 俺に関わるということで、フィーネから受け取り、持ち運ぶことにした。


 準備も整ったところで、この家を後にした。結界に関するうわさから、その再設置?について尋ねてみた。


「開け方は知ってるけど、閉め方は知らないのよ。たぶん管理人がすぐに来てやってくれるわ」


 安全管理がガバガバだ。管理人はよほど信用できる相手らしい。


 朝食は俺の行きつけの飯屋に行く。

 丼を基本に提供する店だが、朝からはキツいため、お茶漬けをいただくことにする。

 開店したばかりの店に入ると、馴染みの俺に壮年の店主が気前よく挨拶してくれた。しかし、後ろに続くフィーネに気づくとみるみる顔色が変わっていった。この前の凱旋(がいせん)に店を閉めてまで出向くほどだから、意外でもなかったけれど。


「お、おい、あんちゃん! 【戦姫(せんき)】様の魔衛士になったって、本当だったのか!?」


「あぁ、うん。これから王都を発つんだ。フィーネにもお茶漬け用意してくれよ」


「ふぃっ!?  あ、ああ、料理人人生最高の出来を振舞ってやるぜ!!」


 お茶漬けに出来栄えがあるとは思えないが、相変わらず芯から温まるものを作ってくれた。フィーネも同様のようで、非常においしそうに食べている。

 その様子を見た店主は感涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。これからも客の対応があるというのに、良いことと悪いことを同時にしてしまったようだ。

 退店の際は、店主の方がフィーネに何度も感謝の言葉を述べ、俺には「よろしく頼むっ!!」と念押しされた。こんな人が彼女の実情を知ったらどう反応するのだろうか。


 飯屋を出た後は組合に向かった。組合の入口付近には出待ちするかのように冒険者や魔術士がたむろしている。全員がフィーネ目当てであってほしい。

 受付に向かうと、昨日対応してくれた職員の窓口がちょうど空いていたため、今日も彼女に対応してもらおう。

 彼女は入り口あたりからこちらに気づいていたようで、元気よく挨拶してくれた。


「お二人とも、おはようございます! 今日はステア様の装備の件でよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」


「かしこまりました! すでにこちらに用意しているため、装着なさってください!」


 そう言うと、彼女は受付台(カウンター)に革の装備を置いた。革と聞いて不安になるが、よほど上等なものなのだろうか? 

 フィーネがその疑問を口にしてくれた。


「これ、飛竜の革かしら?」


「はい! 帝国に生息する飛竜の革を取り寄せ、加工した品になっております! 軽量さに対して並の魔獣の爪や牙、魔力による攻撃への防御力は一級品です!」


「すげー」


 竜という単語にガキっぽい感想しか出てこなかった。ずいぶん凄い品をあつらえてもらったようだ。

 装着部位は胸部、肘下、太ももだ。装着が完了し、軽く跳ねてみると、装備とは思えない軽さだった。


「ケニドアに感謝ね」


「もっとゴツいのを渡されると思ってたけど、想像以上にペラいな」


「期待の厚さかしら」


「俺以前に【組長】にも失礼だろ」


 そろそろ慣れてきた俺らの軽口を職員は微笑ましく見ていた。


「お二人のおかげで、私、自分の仕事に自信が持てるようになりました。本当にありがとうございます! お二人の旅路を遠いところからお祈りしております!」


 あんまり俺がしゃべった覚えはないが感謝されてしまった。

 それより、なんで旅の話が出てきた? 話したっけ。

 すると、周囲の冒険者や魔術士たちが俺たちに声援を投げかけてきた。


「フィーネ様! 頑張ってください!」

「【戦姫】様なら銀煌龍(ぎんこうりゅう)を倒せるって信じてますから!」

「ステア! ヘマすんじゃねーぞ!」


 驚いた。【組長】が俺らの話でも広めたのだろうか。フィーネはともかく、俺は妬まれていると思ったが、そうではなかったようだ。

 ヤジに近いが、俺にも激励のような声がかけられている。


 組合職員全員が俺らに向けてお辞儀をし、周囲の人々の声援に包まれ、高揚感を得ながら組合を後にした。大通りをしばらく歩いてから組合を振り返ると、全面ガラス張りの組長室が目に入った。

 組長室では【組長】ケニドア・マーカスが椅子にふんぞり返り、こちらへ向けて親指を立てている。大通りから丸見えの場所で落ち着いて仕事ができるのだろうか?


 俺は頭を下げ、フィーネは手を振る。

 ここまでやってくれたのなら、せめてそれに見合うだけの働きをしようと思う。


 大通り門に向かうと、ちょうど西へ向かう定期便の馬車が出発準備していた。相乗りの乗客がたくさんいたわけだが、フィーネの姿を見ると、譲るつもりなのかこぞって降りてしまった。すれ違う度に俺が睨まれたわけだが、もう気にしないことにする。


「フィーネがいるだけでそこの産業が滞るんじゃない?」


「けっこう刺さるからやめてね?」


 フィーネとのやり取りも結構つかめてきた。そんな彼女と共に西極圏(せいきょくけん)へ向かう。


 誰も見たことがないであろう『最高の景色』を求める夢の旅が今、始まる。



 ~~~



 とある暗闇。甲高い声が鳴り響いた。


「あああ~~!!! ようやく見つけたと思ったのに!! しかも誰!? あの女!!急に出てきたと思ったら、出合頭に斬りつけて! なんなのよ、一体!?」


 女性と思われる声の主は怒りを隠すことなく声を荒げている。

 誰に話すわけでもなく、一人で癇癪(かんしゃく)を起こしているようだが、次の瞬間、虚空に対して反応した。


「はあ!? あんた達を手伝っている間にコツコツここまで探してきたのよ!  いいの!? あんまりデカい態度取ってるとボイコットしてやってもいいんだからね!!」


 相手がいるかのようにしゃべってはいるが、その空間には一人しかいない。

 虚空とは話がついたのか、自分の世界に再度没入する。


「必ず見つけ出して、ここまで連れてくるんだから!」


 探し求める相手の名前を続ける。


「ステア!!」


 この先、激動の渦の中心となる者の名を呼んだ。

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