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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第一章 夢の始まり
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第十話 適性

 俺をつけてきた奴らを何とかまいて自宅にたどり着いた。俺はさっそく家の荷物をまとめ、大家を訪ねて借家の解約手続きをした。そのときにごみ処理業者を依頼する分の金銭を渡したが、物が多いわけでもなかったので、お金が余った。


 大家への挨拶そこそこに、王都に来てから五年以上住んだ家から離れた。


 現在の手荷物は、背嚢(リュック)に最低限の衣服と暗器、手には紐で縛った小説がある。なんとなく小説を捨てるのはもったいない気がしたので、フィーネの家に置かせてもらうことにする。


 次に向かう場所は商店街だ。ここで昼・夕食の食材を買い込む。買い物をしている最中は周りからの視線にさらされた。俺がフィーネの魔衛士であることがバレているからではない。俺がそれによって追われることを避けるために頭を上着でグルグル巻きにしているからだ。黒い髪は珍しいため、頭髪は念入りに封じ込めた。


 買い物が終わって、フィーネに教えてもらった住所に向かう。付近に着くと、二階建てのやたらきれいな一軒家を見つけた。

 この家の噂は聞いたことがある。この家の住人を見た者はいないにも関わらず、庭から外装に至るまで、新築の外見を損なうことなく四年は維持し続けたという。さらに、結界魔術が施されているらしく、侵入を試みた空き巣が翌朝には道端に転がっていたという事件もあった。


 特等魔術士が住んでいるとすれば納得の逸話がそろっている。ここで間違いなさそうだ。結界というのが怖いため、手を前に出しながら敷地に入る。特に問題なく立ち入ることができた。


 家の扉を叩いて、家主を呼びつける。


「おーい! 俺だ! 開けてくれ!」


 すぐに扉が開き、彼女が姿を現した。


「ああ、いらっしゃい。『俺』とか言うし、頭グルグルで一瞬誰かと思ったわ」


「名前は言えねえよ。俺はいま指名手配されてるようなもんなんだよ」


 フィーネは俺の言葉にピンと来てないような顔だったが、気にすることもなく家に上げてくれた。彼女の服装は水色を基調とした部屋着で、シゴデキ美女の休日姿は新たな需要を供給しそうだ。


 屋内は外同様にきれいな状態になっている。華美とはいかずとも意匠の凝った壺や聖母を描いた絵画などの調度品が廊下を飾っている。魔術バカの片鱗が見えたフィーネの印象と少しずれた内装だ。


 そのまま居間に通され、床に荷物を置く。広めの居間には八人用の机やフカフカな腰掛け(ソファ)と暖炉があり、壁際には台所がある。台所には何らかの模様が描かれており、火や水に関わる魔術陣であることがうかがえる。というか、飯も食わないのに台所の引き出しがやけに多い。


 俺が家を見渡していると、フィーネが荷物について言及してきた。


「荷物、少ないのね。そっちの本は……魔獣の図鑑とか?」


「小説だけど。ここに置かせてもらいまーす」


「ああ、そう」


 このやり取りの内に適当な棚の上に本を並べる。仕事のために図鑑は確かに家にあったけど、数年の内に改訂されるものだから捨てさせてもらった。要点を書き出せる程度には頭に入れているつもりだ。


 本を片付けた後は台所に向かう。


「この陣どうやって使うの?」


「私が魔力を流すよ。調節もできる。手洗う?」


「飯を作る」


「あっ……あ~~! そうね! お願いしようかしら」


 完全に忘れてやがった。


「井戸ある? 水はそっち使うから」


「外にあるわ。水瓶(みずがめ)いっぱいに入れればいい?」


「うん、頼む」


 フィーネは廊下に消えていくと、人ひとり入れそうな水瓶を引きずって外に出ていった。俺が食材を取り出し、昼食の内容がまとまった頃には九割ほど水を入れた水瓶を抱えてフィーネが戻ってきた。料理に取り掛かろう。



 ~~~



 苦戦しながらも昼食は完成した。作っている間はフィーネにも手伝ってもらっていたのだが、驚かされっぱなしだった。


 手始めに、料理道具や調味料の場所を分かっていない。

 野菜を洗ってもらおうとしたら、昼に使うわけでもない野菜もそのまま水瓶に突っ込まれる。

 炊飯のために火を魔術陣で起こしてもらったけど、強火を鍋から溢れる程度と解釈し、俺の服に引火。

 鍋の底はすべておこげになった。これはお得か?

 食事をしていなかったにしてもさすがにムリな間違いを連発した。


 その結果は、おこげの多い米と焼いた豚肉に野菜を添えた昼食になった。

 食べた感想としては主婦が作る出来には及ばないものだったが、フィーネには満足してもらえた。


 お腹を休めている間にこの家について聞いてみた。


「この家、掃除が行き届いているみたいだけど、家政婦でも雇ってるの?」


()()()ねえ……あれをそう呼ぶならそうなんだろうけど。とにかく私がいない間に管理してくれる人はいるわ。私も今朝帰ってきたときには四年前と変化がなさ過ぎて驚いたもの」


 どうにも熱心に世話をしてくれる人はいるようだ。


 落ち着いたところで二階に案内された。階段を上がると、一つだけ扉がある。フィーネが扉を開けると、(ほこり)臭い空気が解放されたかのように襲ってきた。


「あ~、雇ってる家政婦さんってめちゃくちゃ優秀じゃん」


 俺がそう評価する根拠は乱雑に散らばったその部屋にある。

 二階全体が一部屋となった広い空間は悲惨の一言で表せられる。床や壁の至る所に紙が散らばり、それらには数式、図形、殴り書きされた文字がびっしりとあった。他にも手のひら大の固形物も散らばっており、魔導器の試作品に見える。魔術士の研究部屋ってのはここまでひどいのだろうか。


「いわゆる『秩序ある無秩序』だったりする?」


「いや、整理できないだけっすね~。気を遣ってこの部屋を避けて掃除してくれたみたい」


 フィーネは開き直った様子で部屋に入っていき、あちこち探しまわりながら何枚かの紙を拾い上げて戻ってきた。


「すごい顔してるわよ。嫌なのは分かったから早く降りましょう」


 汚部屋への嫌悪感が顔に出まくっていたようだ。

 居間に降りると、フィーネは四枚の紙を机に並べた。いずれも円形を輪郭とした模様が描かれており、魔術陣であることがうかがえる。


「これらは魔術士の適正を測る上で最初に使われる魔術陣よ。女性であれば私のような例外を除いて誰もが発動できる。ただし、発動するまでにかかる時間によって適性のある系統の魔術を割り出し、魔術学校では得意系統の魔術を伸ばすための訓練を行うわ」


 フィーネは喋りながら左から右へ順になぞるように手をかざすと、火・水・砂がそれぞれの陣の上空から発生し、一番右の陣からは俺に向けて風が吹いた。


「ちなみにフィーネのこの効果は適正でいうとどれくらいなの?」


「私は魔力がないけど魔術を発動する適性はほぼすべて網羅してるわ。中級程度であれば訓練しなくても発動できたかな」


 ちぐはぐな才能だな。魔力さえあればできないことは無いって感じだ。


「あれ? でも身術は全部肉体に関わるものじゃなかったっけ?」


「適性があるからって無尽蔵に術式を備えられるわけじゃないの。例えば今の私に炎系統魔術を加えようとしたら、身体強化の最大出力が下がるのよ。魔力の補充には鏡剣(きょうけん)での攻撃が必須だから、下手に遠距離魔術を備える程度なら速く動いて圧倒的な力で攻撃した方が合理的よ」


戦姫(せんき)】の由縁がよくわかった。大半の魔術の才能を身体強化に回せば川を飛び越えるほどになるのも納得だ。


「私の話はここまでにして、本題はあんたの方よ。導線が見えるようになったってことは、少なからずステアの魔力が働いていることは確定なのよ。あとはそれが出力できるかどうか。一番は魔力が留まるのではなく、流れていて、魔術士としての適性が備わっていること。それを確認するために、ここに並べた陣術の発動を試してもらうわ」


 そう言うと、火の魔術陣を渡してきた。


「魔力を流すって、どうやって?」


「感覚は人によるわ。単純に念じたり、力んだり、体が延びるような意識で発動するって子もいるわね」


 その言葉通りにいろいろ試した。

 陣に手をかざし、瞑想するように念じたり、大声出して力んだり。

 それぞれの魔術の効果を意識して念じたりもした。

 最終的には、陣が描かれた紙を持って体を反ら(ブリッジ)し、大声を出したが、何も起こらなかった。


「ふぅむ。仕方ないか~。ステア、陣全部持ってこっち来て」


 フィーネの言葉通りについていくと、風呂場に着いた。浴槽含めて全面黒い大理石の洗い場だ。

 フィーネは鏡剣を片手に持って、俺を風呂場へうながす。


「ねえ、まさか……」


「これから魔力をもらうわ。その際に漏れ出た魔力が眼に影響したと仮定すると、漏れている最中は陣術を発動できる、と思うわ。あとこれから斬られるのにも慣れる必要はあるだろうからここでやるよ。手を軽く斬るだけだし、できないと分かればすぐ治すわ。ただ、紙を血で汚さないでね。陣にかかると術式が起動しなくなるから」


 フィーネは言いながら鞘から剣を引き抜き、切っ先を俺の手に向けた。


「あ”あ”あ”ぁ~~……分かった。俺の合図で……やって」


 俺は袖をまくり、両の手の平を差し出し、フィーネは剣を近づけた。


 痛いのは嫌だ腹くくって歯食いしばれこれから何度も同じ目に遭うんだできる死なない開き直れ!



 よし!!



「いくぞ!! 三…… 二…… 一……」


 パスッ パスッ


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~!! いでえぇぇぇ~~!!!

 火!! はあ”あ”あ”!! ハイダメ!!

 水!! はあ”あ”あ”!! ハイダメ!!

 砂!! はあ”あ”あ”!! ハイダメ!!

 風!! はあ”あ”あ”!! ハイダメ!!

 ムリッ!! 治して!!!」


 全て失敗した。フィーネに全力で手を差し出すと、彼女も手を差し出し、みるみる傷口が塞がる。痛みも引き、事なきを得た。


 フィーネは実験が失敗したためか、俺の絶叫にドン引きでもしたか、なんともいえない顔をしてた。


 斬られる度にこんな感じになるのか。前途多難だ……

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