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離れられない、理由

 花火を見た次の日、今回の件の報告の為に鈴屋へ来ていた。



 昨晩は李月さんが旅館まで迎えに来ていて、そのまま家まで送ってもらった為、その時に(言うなら花火の前に)お使いの件は報告済ではあるのだが。

 

「試験は合格。 ていうか百点越えだよ」


 結果バイトの最終試験は合格となり、正式に鈴屋で働ける事に決まった。 




「李月さんは既に私の事を知ってて、わざと弦太くん達が向かってる処に行かせたんですか?」


 私はお店の奥で、お茶を頂きながら李月さんに詰め寄った。


「まぁうちは仲介屋でもあるからね。 でも、白い狼の件も櫛の件も、同時に解決するなんて流石に驚いたよ。 さすがはひなたちゃん、持ってるねぇ」


 読んでいた新聞から視線を私の方へと移し、笑顔で答えた。



 『夜はゆっくり観光でも』というのも、あの花火の事だったようだ。

 イコール『現地にいる弦太くんと見ていらっしゃい』という、私へのご褒美だったらしい。


 今年は受験生。

 花火を見るなんて無いと思ってたので、好きな人と見れてとても嬉しかったけど。


 ……途中、花火に集中出来なかった場面もあったのも思い出して、私は慌ててそこの記憶を振り払った。




 チリーーーーン……

 



 表の風鈴がなった。



「李月さん、いる?」



 お店に入ってきたのは、なんと弦太くんと一葉くんだった。

 思わぬ来客に、私は動揺して湯呑を落としそうになった。

 

「いらっしゃいませ。 こちらにどうぞ」


 私は席をあけ、カウンター裏へと移動した。


「あれ、ひなたちゃんも来てたんだ。 筋肉痛はマシになった?」


「え? 一葉くん、何で知ってるの?」


 昨日から、全身が筋肉痛になっているのは本当だ。

 だが一葉くんはその事は知らない筈なのに。

 不思議に思う私の顔を見た一葉くんも、『しまった』という顔をする。 

 弦太くんが何やら喋ったのだろうか。


 私が弦太くんに疑いの目を向けると、弦太くんは何故かチラリと一葉くんを見た。 

 一葉くんに視線を向けると、カウンターに突っ伏し、耳まで赤くしている。

 これは一体どういうことだろうか。



「あぁ、ひなたちゃん知らなかった? 『百井一七(ももいいちな)』って、実は女装した一葉なんだよ」


「兄貴、言わないでよ!!」


 え?


 まさかあの着物美人は一葉くんだったの!? 

 しかも、一葉くんと李月さんて兄弟なんだ!!


 驚きの連続で、私は結局湯呑を落としてしまった。



「一葉の変身テクはレベルが高くて、一族の中でもとても好評でね。 兄ちゃんも鼻が高いよ」


「同行してる俺も、たまに一葉だって忘れそうになるしね」



 二人の褒め殺しに遭い、一葉くんは頭を抱え、まだ顔を上げられないでいる。 

 確かにあれは女の人にしか見えなかった。 

 一葉くんの一族は、情報集めをする為にそんな事までできるのか。

 彼等の世界は、まだまだ知らない事だらけだ。




「ていうか、李月さん。 ひなに仕事頼む時は俺にも声かけてくださいよ」


「それは仕事内容にも寄るから何とも言えないなぁ」


「ひなは直ぐに首突っ込んで相手の懐に入るから、こっちは気が気じゃないんです」


 彼の棘のある言い方に、少しカチンときた。


「ちょっと、そんな言い方ないでしょ。 私は何もしてないって言ってるじゃない」


「いいや。 直ぐお節介やきにいってあっという間に仲良くなっちまうだろ」



「おい弦太。 其れぐらいにしとけって……」



 さっき迄突っ伏していた一葉くんが、私達の只ならぬ空気を察して止めに入った。 

 けれど既に遅かった。

 私と弦太くんの間には不穏な空気が渦巻いた。 


 それを見ていた李月さんは、溜息をついた。


「だからと言って、彼女を籠に入れておく訳にはいかないだろう。 そんなんじゃいつか愛想尽かされてしまうよ」


 私は弦太くんと交わした勝負の話を思い出した。


 【『私が弦太くんに愛想つかすか』か『弦太くんが私を嫁にするか』】


 このままじゃ前者もあり得る気がしてきた。


 流石に彼も思い出した様で、それ以上は言わなくなったけど。




「ていうか、以前買った赤い石はひなたちゃんへのプレゼントだったんだろう? ひなたちゃんはそれをちゃんと付けているんだから、もう少し寛大におなり」



 以前彼から貰ったペンダントの事だろうか。

 あれは鈴屋(ここ)で買ったものだったんだ。

 

 突然の暴露に、弦太くんも下を向いて顔を赤くした。

 

「まぁ、彼女への依頼については、一応弦太にも声をかけてあげるけど、お前もちょっとは彼女を信用してあげなさい」


 李月さんは小さい子どもにするように、彼の頭を撫でる。

 それを見て、私もそれ以上は言わなかった。




「ひなたちゃんも、言いたい事言うのは大切だけど、そこにちゃんと思いやりも込めないとすれ違うからね」


「そうそう。 いくら運命の相手でもお互い人間なんだから、信頼関係はちゃんと構築していかなきゃ、些細な事で崩れちゃうよ」



「「…………」」



 正論過ぎる二人の言葉に私と弦太くんは気まずくなり、ほぼ同時に『ごめんなさい』と頭を下げて、喧嘩を収束させた。

 

 


「……李月さん、昨日の話は次でもいいかな」

 

 李月さんは弦太くんの言葉を聞いて、ニコリと笑う。


「全然構わないよ。 ひなたちゃんと一緒にお帰り」


「すみません。 またすぐに出直しますので」



 彼は一礼し、『帰るぞ』と私の手を引き、二人で店を後にしたのだった。





 外は羽織りを着ていると、少し暑いぐらいだ。


 けれど、彼は私の手を離さない。

 何も喋らずに。


 

 暫くして私は、彼の手を握り返した。 

 すると、体の中で熱を帯びながら緩やかに何かが流れていく。 


 私から彼に触れないと、発動しないこの力。 

 時々この力が、私の気持ちをそのまま表しているんじゃないかと思うことがある。 


『好き』とか『嫌い』とか。


 私は上手く言葉に出来ないときに、この手をよく使う様になっていた。




「ひな……今はちょっと、それぐらいにしてくれ」


 弦太くんは私の思惑に気づいたようで、少し困った顔でこちらを向いた。


「昨日の今日だから、制御できなくなりそうだし……」


 それを聞いて私は慌てて手を離した。

 けれど彼は、離して直ぐにまた私の手をとった。


「コレなら大丈夫だから」


 私が握らなければ(・・・・・・・・)、力も発動せず供給過多にはならない、ということだ。



「……そこまでする?」


「そこまでするよ」



 彼から、ストレートに答えが返ってきた。 

 聞いたのは私の方なのだが、逆に自分の体の熱を上げてしまった。



「今もそうだし、これからだって手離すつもりはないから」


 彼は立ち止まって、私の目を見て微笑んだ。


「相手を思って動いてしまうひなも、勿論好きだよ。 でも、他所見せずにちゃんと俺の側にいてくれ」



 そんな台詞を迷いなく言う彼には、毎回驚かされる。


 だからこそ、私の心には深く突き刺さるのだ。

 

 私を離すまいと、心にしっかりと。


 コレが喧嘩の後の、お決まりだった。



(……余所見なんてする訳ないじゃない)


 彼こそ目を離したら何処かに行ってしまいそうなのに。

 ずっと彼の背中を追っているのに。

 着物美人が一葉くんだとわかって安心したのに。

 

 沢山のもやもやを言葉では上手く伝えられない気がして、私は弦太くんに抱きついた。

 

「えっ、ひな? どうしたっ」


「私が好きなのは弦太くんなんだから信じてよ」


 お互いまだまだ不安を抱えてる。

 それがいつか取り払える位に、これからも一緒にいられたら良いな。



「ひゃあ!」


 弦太くんはいきなり私の首筋を噛んだ。

 そこが熱を帯びてチクリと痛みが残る。

 まさか……。


「いや、制御出来なくなりそうだって最初に忠告しただろ? ちゃんと外からは見えないようにしといたから」


 意地悪く笑う彼を見て、私は自分の顔があっという間に赤くなっていると気づいた。


 確かに抱きついたから、そうさせたのかもしれないけど。

 しかも、されてイヤじゃない自分もいて、かなり恥ずかしい。

 

 まだまだ私には刺激が強すぎるよ。


 不安が取り払える位一緒にいたいと思ったが、私の心臓の方が先に持たないかもしれない……。

 

 


 

 


 この度は最後まで読んで下さり、ありがとうございました。 初投稿作品の続きでしたが、2作目も無事に完結させることが出来たので、ホッとしています。 これも、やはり読んで下さる皆様のお陰です。 本当にありがとうございます。

 ちなみに、彼女達の話にはまだ続きがあるので、このままの勢いで現在書き進めております。 

 もしよかったら、感想、評価やレビュー等して頂けると、とても励みになります! どうぞよろしくお願い致します。


 

 では、また近々お会いできますように!

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