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まだ知らない未来 

 結論から言うと瑞菜がタイムスリップから戻ってきても、歴史はなにも変わっていなかった。

 僕たちはやはりちゃんと結婚していたし、お義父さんはやはり結婚した後すぐに他界していた。

 過去に戻った瑞菜は未来を変えることはしなかったのだろうか。それとも未来を変えるのは昨日過去の世界に戻った瑞菜だから、今の生活に変化はないのか。そのあたりは考えだすと頭がこんがらがるから考えるのをやめてしまった。


 唯一変わったように感じたのは結婚式の写真だ。

 確か瑞菜のウエディングドレスはプリンセスラインというタイトな上半身とボリュームのあるスカートというデザインだったような気がしたが、家に飾られていた写真を見るとAラインと呼ばれるスカートのボリュームを抑えたタイプに変わっていた。

 

 しかしそれも単に僕の記憶違いかもしれない。なにせ変化する前のウエディングドレスを着た瑞菜の写真が、今はもうないのだから確かめようがなかった。


 いずれにせよ元の生活に戻れた僕は仕事にも集中でき、ここ数日の遅れを取り戻すために必死だった。

 昼食になり休憩スペースに行くと相変わらず後輩の葛原さんが僕の分の席も確保して待っていてくれていた。

 僕が弁当箱を鞄から取り出すと冷やかすような笑いを浮かべていた。


「お陰様で妻が帰って来たんだ」

「へえ。そうなんですか。よかったですね」


 葛原さんは鼻白んだ様子で視線を自らの弁当に落としていた。今日はキッチンカーで売りに来た弁当を買ってきたようだ。


「葛原さんのアドバイスのおかげだよ。ありがとう」

「私のアドバイス? そんなのしましたっけ?」

「毎日聞いてくれただろ。助かったよ」

「毎日? そうでしたっけ?」


 彼女は首を傾げながら蓮根の煮物をしゃくっと噛んでいた。確かに小学生の時の話とか彼女にとっては雑談に過ぎなかったのだろう。しかしそれらが意外と役に立ったのは事実だ。


「久しぶりに帰ってきたっていっても一週間くらいの話なのに。うちの奥さん『懐かしい』『懐かしい』の連呼でさ」

「あーもういいです」


 葛原さんはうるさそうに手のひらを僕に向けて話をさえぎる。


「なんだよ、もういいって。葛原さんのおかげで帰って来たから報告してるのに」

「そういう人の幸せの話とか聞いてても虚しくなるだけなんで。また離婚の危機とか不幸なことがあった時に聞かせてください」

「なにそれ。そんなことにならないから。今回のことでお互い相手を思いやる――」

「もういいって言いましたよね?」


 葛原さんは裁判官が『静粛に』と注意するように箸で弁当箱をトントントンと叩いて注意を促してくる。

 さすがにそれ以上は話せなくなり、仕事の話に切り替える。

 夫婦喧嘩は犬も食わないというが、夫婦ののろけはそれ以上に他人には関心がないものなのだろう。


 帰宅する僕の手には例の瑞菜が大好きなレーズン入りのチーズケーキがぶら下がっている。

 十二歳の瑞菜も気に入って食べていたことを伝えたら「私は食べてない」と機嫌を損ねられてしまった。ここ最近しょっちゅう買っているから店員さんも若干僕のことを覚えてきた気がする。


(それにしてもお義母さんは面白かったなぁ)


 昨夜、大人に戻った時のお義母さんの反応を思い出してにやけてしまう。

 さぞ喜んでくれるだろうと瑞菜が駆け寄ると、驚いた様子で目を丸くした。

「瑞菜、なんで大きくなっちゃったのよ! 今日子供服買ってきたばかりなのに!」

 そう言ってお義母さんは無駄になった洋服を手に顔を顰めていた。本当に陽気で可愛らしく、ちょっと天然な人だ。


「ただいまぁ」


 ドアを開けるとパタパタと音を立てて瑞菜が駆け寄ってくる。いつも通りのお出迎えにホッと安堵した。


「お帰りなさい! あ、ケーキ!」


 瑞菜は鞄とケーキを受け取り、顔を綻ばせる。今回の経験を経て、僕はなお一層瑞菜の大切さを感じた。当たり前のこの日常を改めて感謝出来る心を得た。



 食後にケーキを切っていた瑞菜が「あっ!」と声を上げる。


「なに?どうしたの」

「過去に行ってる間に結婚記念日終わっちゃってた!」

「あー。確かに」


 顔を見合わせて笑った。そもそも喧嘩の火種となった結婚記念日も、今となれば笑い話だ。


「ねぇ、瑞菜」

「なに?」


 切り分けられたケーキを皿に取りながら訊ねた。


「なんで瑞菜は僕と結婚してくれたの?」

「えー? 今さらそれ訊く?」


 ケーキナイフにこびりついたチーズケーキをフォークで刮ぎながら、瑞菜がはぐらかすように笑った。


「だって瑞菜みたいな美人で優しくて素敵な人が僕と結婚するなんてミステリーだよ」

「なにそれ? そんなことないって。みっちぃみたいに優しくて素敵な人の方が私にはもったいないってば」


 言ってて恥ずかしくなる。けど心地いい恥ずかしさだ。


「でも好きになるタイミングってあったんでしょ?」

「忘れたよ、もう」

「僕は忘れてないよ。初めて見た瞬間だから」

「わー! 嫁にそんなこと言って恥ずかしくないの? 本当に、もう!」


 瑞菜は真っ赤な顔をしてポケットから飴を取り出した。


「え?」

「はい。あげる」


 会議室ではじめて会ったあのときと同じように、瑞菜は僕に飴をくれた。あとでそのことを言ったときに「そんなことしてない」とか「忘れた」なんて誤魔化していたけどちゃんと覚えていたようだ。

 あの時この一粒のキャンディがなければ、僕はきっと勇気を出せなかった。


「ありがとう」


 そんなことを思い出しながら飴玉を受け取ってポケットにしまった。


「え? 舐めないの?」

「だって今からケーキを食べるんだろ? そのあとで舐めるから」

「そうじゃなくて──」


 なぜか瑞菜は急にモジモジと恥ずかしそうに俯く。


()()()()()()()()()()()()


「えっ!?」


 驚きのあまり、固まってしまった。

 キスをする前に飴を舐めると言ったのは、あの会議室ではじめて出会った時の瑞菜じゃない。

 ()()()()()()()()()()


「まさかっ……瑞菜はっ!?」


 瑞菜は躊躇いながらコクンと頷いた。


「私はタイムスリップした記憶があるの。黙っててごめんなさい」

 

衝撃で頭が混乱する。


「だって、瑞菜は記憶が……」


 確かお義母さんの話では瑞菜はある時を境にタイムスリップの記憶がなくなったと言っていた。しかしそれは間違いで、実際にはちゃんと瑞菜は覚えていた、ということなのか。

 瑞菜はいたずらが成功した顔ではなく、苦しそうな表情を浮かべていた。


「あっ!?」


 思い出した。

 瑞菜がタイムスリップの記憶をなくしたという時のことを。

 そしてそこからなぜ瑞菜がそれを隠していたのかも、悟ってしまった。

 その答えに僕が行き着いたことを悟ったのか、瑞菜も静かに頷いた。


「瑞菜がタイムスリップの記憶を失ったのは、ラーメン屋に行った帰り。お義母さんが慣れない運転を任されて事故をしたとき」

「そう。タイムスリップした未来で見つけたラーメン屋さんに、過去に戻ってから行ったときなの」

「未来を知るものがその知識を利用すると歴史が変わる。そう思ったってこと?」


 瑞菜はコクンッと頷く。


「お父さんの病気を早期発見すれば、確かに命は救えたのかもしれない。でも、未来が、変わってしまうかもしれない。そう思ったの」


 忘れたのではない。忘れた振りをしていただけ。

 それはきっと、僕と巡り会い、結婚する未来を変えないために。

 そもそも僕もそのことには気付いていた。気付いていながらも敢えて言わず、過去に戻ってお義父さんの病気を直すことを勧めた。


「ようやくタイムスリップも終わったからもう言っちゃってもいいかなぁーって」

「なんだよ、それ。予め教えてくれていればタイムスリップしても驚かなかったのに」

「本当に? 『私は二十四歳の時にタイムスリップするからよろしくね』って言われて信じる?」

「たぶん無理」

「でしょ?」

 

 顔を見合わせて笑った。笑いながら改めて瑞菜の強さを思い返していた。

 お義父さんのお葬式で気丈に振る舞っていた瑞菜を思い出す。

 お葬式で瑞菜が泣かなかったのは、きっとその前に何度も泣いたからなのだろう。

 瑞菜が父の死を受け入れたのは、あのお葬式より遥かずっと前だったのだから。


「悔いはないよ。だって私はそれまでに、しっかりお父さんと過ごせたんだから」

「でもっ」

「人はいつか死ぬ。それは仕方のないことでしょ。未来を知って、ズルしてそれを遅らせてもいつかはやって来るの。それなら今を悔いがないように生きることの方が大切だよ」

「そうだね。今を大切に生きよう、瑞菜」


 両腕を彼女の背中に回し、ギュッと抱き締める。


「私の方こそ。ありがとう、みっちぃ」


 おでこをくっつけて見詰めあいながら、僕はそっとポケットに手を突っ込んで飴玉を探り出していた。





妻は小学六年生 〈終わり〉

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

そして最終話の投稿が物凄く遅れてしまい、申し訳ありませんでした。


なんとか完結することが出来ました。

現在たくさんの数の作品のストックが出来ているのですが、そのうちのどれをアップしようかなと考えております。

これからもよろしくお願い致します!


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