番外編 とある侍女の、伯爵家観察日記
わたくし達、使用人の至宝、ヘルミーナ様。
夜の闇を映したかのような艶やかな漆黒の髪は美しく、蒼い瞳はサファイアのよう。
白磁のように透明感のある肌に、凹凸のあるしなやかな身体。
社交界に咲いた大輪の薔薇の花。それが、わたくし達のヘルミーナ様。
使用人達は皆、心酔している。
美しいのはもちろんのこと。何よりも心惹かれるのは、高貴で気高いその気質。
ヘルミーナ様を着飾るお手伝いができるのは、我々にとって喜びである。
「――わたくしが綺麗なのは、お前達のおかげ。誇りだわ」
ただでさえ美しくて、素敵な方なのに、こんなことを言ってくださるものだから、皆、すっかり骨抜きになっている。
ご結婚されたら、お別れになってしまうと誰もが思っていたのに、ヘルミーナ様はわたくし達を嫁ぎ先である伯爵家に連れて来てくれたのだ。
結婚されたのは、エーリヒ・フォン・ヴェイマール様。
太陽の光を浴びて染めたような華やかな金の髪に、緑の美しい季節を閉じ込めたような翠の目。
すらりとした体型であるが、しっかり鍛えてある身体。
まるで、物語の王子様のような、麗しい殿方。それが、エーリヒ様であった。
エーリヒ様には遊び人の噂があったものの、わたくし達使用人一同は国王様と亡き公爵様の取り決めたこのご結婚を信じていた。
だんだんと、ヘルミーナ様の態度が優しくなっているご様子を見て、やはり、この結婚に間違いはなかったのだと確信した。
ヘルミーナ様とエーリヒ様が並んだお姿といったら!
麗しくて、もう、本当に物語の中に出てくる女王様と騎士様のよう。
すごくお似合いで、うっとりしてしまう。
運命の二人を引き合わせてくれた国王様と公爵様には感謝をしなければならない。
ご結婚されて、ヘルミーナ様に変化が訪れた。
「ねえ、お前達。エーリヒは、どちらのリボンが好きだと思う?」
今まではわたくし達に任せていた身支度であったが、ご結婚後はどの装いがエーリヒ様の好みであるかを重要視するようになった。
上目遣いで質問してくるヘルミーナ様の可愛さといったら……使用人一同、これは堪らないと悶える毎日である。
エーリヒ様も、ヘルミーナ様の変化にすぐ気付くことが素晴らしい。
紳士の鏡である。
「ヘルミーナ様、今日の装いも綺麗ですね。女神が舞い降りたのかと思いました」
「…………まあ、大袈裟ね」
頑張って着飾って、エーリヒ様に褒められるとそれはもう、嬉しそうな笑みを浮かべるのだが、すぐに我に返ってしまい、ツンとした態度を取られる。
それもまた、いじらしくてとても、とても可愛らしい。
エーリヒ様もわたくし達と同じことを考えているのだろう。
照れながら紅茶を飲んでいるヘルミーナ様をじっくり愛でているご様子だった。
可能であれば、身支度をしている時の可愛らしいヘルミーナ様のご様子もお伝えしたい。しかし、それはご法度だ。わたくし達の胸に秘めていなければならなかった。
それから、わたくし達使用人一同の心を掴んで離さないのが、ご子女であるリーリエ様。
ふっくらした頬と、くりくりとした目、お元気で健やかなご様子。
その、存在すべてが愛らしい。
ヘルミーナ様は自ら子育てをしている。
エーリヒ様も協力的で、お二人に育てられて、すくすくとご成長していた。
ヘルミーナ様は目に入れても痛くないほど可愛がられているご様子。
慣れない子育てに奮闘している姿も、使用人一同、たまに協力しつつ、見守っている。
そして、良かったなと思うことが、ヘルミーナ様のお母様である大奥様の存在。
ヘルミーナ様はたまに、暴走されることがある。
それを諫めるのが、大奥様の役目であった。
大奥様はヘルミーナ様と同居している。普通、嫁ぎ先にお母様も一緒ということは、ありえない。
しかし、エーリヒ様は許してくださった。
仲睦まじい母子の姿を見ていると、胸がじわじわと温かくなる。
公爵様がお亡くなりになって、大奥様も気落ちしていた。
けれど、毎日溌剌としているヘルミーナ様と暮らすうちに、愛らしいリーリエ様に接するうちに、元気を取り戻したようだ。
本当に、良かったなと思いながら、わたくし達は見守っていた。
そんなわけで、ヘルミーナ様は幸せなご結婚をされた。
我々使用人一同も、心穏やかにお世話させてもらっている。
どうか、この平和な毎日が続きますようにと、祈らずにはいられない。
――伯爵家に幸あれと、願う毎日だ。




