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マンション管理人の日常  作者: みずすまし
非日常
9/15

騒音

 僕は久しぶりに夜の街へ飲みに出ている。

 ちょっと飲みに行かないか?とお誘いが来たからだ。

 プログラマー時代の同僚で、まだ現役の谷村という奴であり、僕の様子が変だと病院に引きずって行ってくれた奴。

 仕事ではよく助けていたが、人間関係のトラブルでは良く助けてもらった。

 仕事場ではたまに休憩中に雑談する程度には仲が良かった。

 だから電話で話し始めたときに、なんとなく分かった。

 何か相談したい事があるんだな、と。


 待ち合わせの駅前に行くと、スーツを着た谷村を見つける。

 そういえば今日は平日だったなぁ。

 僕の方はジーンズに軽いジャケットを羽織った程度の、休日の外出着だ。

 会社を辞めてからメールや電話では遣り取りしていたが、直接会うのは久しぶりだ。


「や、谷村久しぶり」

「お、おぉ前橋か。なんとなくスーツ姿を探していたから、気づかなかったよ」

「そうだね、スーツはずっとクローゼットに仕舞いっぱなしだよ」

「そうかぁー、まぁちょっと知っている店があるから、そこいくか」

「まかせるよ。引きこもりの僕は店とか全く分からなくってさ」


 谷村の先導で、駅から徒歩五分位の店に行く。酒と刺身がメインの店のようだ。

 谷村は慣れたように定員に声をかけると、奥の方にある小さな個室に向かった。


 店で酒と料理を注文し、軽く盃を交わす。

 たまに話したりメールしたりしている関係上、雑談することはそれほどない。


「それでどんな相談かな、仕事関係じゃないでしょ」

「まぁな。技術系の質問なら普段からしてるしな」


 少し真面目な表情で問うと、苦笑いしながらも答えてくれる。


「実はな、最近家で悩んでいるんだ」

「悩み? お前一人暮らしだったような……彼女でもできたのか」

「そんな訳ないだろ。あれだけ忙しくちゃ出会いなんかあるか」

「変わらず忙しそうだなぁ」

「ま、それはいいんだけどさ。実は家がうるさくて落ち着かないんだ」

「家がうるさいって、何でさ」


 まぁ飲め、と酒を接ぎながら一拍置いて話し始めた。


「俺の住んでいるアパートは、結構ビルの密集地帯に建っていてさ。隣との間隔が凄く狭いんだ。窓を開けたら1m程先は壁になっていてな。まぁ開ける事はほぼないから、それはいいんだ」

「いいのか。休日位は開けたいだろう」

「掃除の時だけだなぁ。で隣の建物の1階に料理屋が入っていて、エアコンの室外機とか換気扇のダクトとか出ていてな。それが凄いうるさいんだよ」

「うん?急にうるさくなったのか」

「そう、たぶんエアコンの室外機だと思うんだが、前はそんなにうるさくなかった。それが故障したのか分からないけどな、ここ一月程突然うるさくなってさ。営業が昼から夜の0時位まであって、その間ずっとうるさいんだよ」


 よほど参っているのか、眉間に皺が寄っている。


「相手にはクレームいれたのか」

「もちろん言ったさ、そうしたら言いがかりを付けるのか、という感じで言い返されてさ。流石に頭に来たね」

「うーん、話しは分かるけど相談はそれかな?」

「あぁ、お前いまマンションの管理人をしているんだろう? そういった対応とか詳しいんじゃないかと思ってな。平日ならまぁ家にあまりいないから我慢もできる。だが、飲食店は土日も営業しているだろう?休みで家に居る時もそんな感じで参ってきてさ」


 話しは見えてきた。

 そして確かにこういった事には詳しい。

 マンションでも騒音・振動についてのクレームはついて回る。

 隣がうるさい、天井から足音が聞こえて気になるとか。

 ただその程度だと、管理人は注意喚起の張り紙をして当人同士の話し合いを促す程度しか出来ない。

 賃貸マンションは、部屋を貸すだけであって基本住人同士のトラブルに口は突っ込めないんだ。


 マンションの施設で、例えばエレベーター室のモーター音が響いてうるさいとか、エアコンの室外機が古いせいでうるさいとか、設備に絡むものなら対応するのが当たり前だけど。

 ではマンションであまりにもうるさい場合どうするか。

 注意喚起してもどうしようもない場合、警察に通報してもらうのが一番穏便にすむ。

 もの凄い騒音とかは警察の注意が行くし、一度警察に注意されても直らない場合、契約解除もありえるんだ。

 契約書には大抵は、常識の範囲で過ごしましょう、という感じの文言が含まれている。

 不動産屋もそういったトラブルは慣れているので、契約書にも盛り込んだ文面を用意するし。

 まぁ今回のパターンも警察通報かなぁ。


「それで警察に通報はしてみた?」

「あぁした。音を確認してもらって、これは酷いと相手に注意に行ってくれた」

「それでも直らなかった、と」

「民事不介入とかで、注意以上はできないんだと」

「本当は法律に民事不介入って言葉はないんだけどね、まぁいい。まだ対応方法はあるよ。役所に電話はしたか?」

「役所?なんで役所に。あのたまにチラシなんかに書いてある相談センターとかのやつか? あれ役人じゃなくて民間人の相談受付だぞ」

「違うよ、公害対策の部署だよ」


 お酒しか飲んでないので、そろそろつまみをお腹にいれようと箸を料理にのばす。

 うん、久しぶりの刺身だが旨い。この店は酒も旨いし、あたりだな。

 谷村も思い出したかのように、刺身に手を出す。

 二人とも静かに刺身を食べ、酒を飲む。

 谷村はわからない事があると、自分の頭の中で質問をまとめるまで話さないから、きっと色々考えているのだろう。


「うん、答え合わせをしていいか?」

「どうぞ」

「エアコンの室外機がうるさいのは公害になるんだな」

「程度によるけど、なるよ。室外機の音に限らずカラオケの音なんかも公害になるよ」

「その程度はどの程度だ?自分で調べるのか。いや計測してくれるのか」

「そう、役所がとりあえず計測器をもって確認にくるよ。時間が合わない場合だと計測器を貸してくれたりもする」

「役所の注意に強制力はあるのか」

「この場合はあると思って良いよ。相手は店舗でしょ?改善指導が入るんだけど、無視し続けると行政命令で営業停止となるから」

「そうか」


 そこまで聞いた谷村の表情は明るくなっていた。

 騒音が酷いと精神もかなり不安定になるからね。


 実はうちのマンションも一時期騒音に悩まされた。

 マンションの隣で、ビルの解体工事が始まったんだけど、それがうるさい。

 家の中のテレビの音が聞こえないくらいだった。


 それに対して住人のクレームは、まず僕の所にきた。なんとかしてくれと。

 僕もうるさいのは困るし、これで出ていかれると稼ぎが減ってしまう。

 真剣に対策を考えた。

 工事業者にいっても相手にされないで、鼻で笑われた。

 そんな話を聞いていたら、こっちが仕事にならないと。

 そこで色々と調べて電話をしまくった結果、公害対策の部署が役所にある事がわかった。

 後は早かった。

 即日計測に来てくれて、騒音を確認。

 それが「騒音規制法」という定められた値を超えていると確認され、工事業者に注意が行った。

 次の日から騒音対策が始まったが、あまり改善されなかった日々が続く。

 そのことを役所に伝えると、とうとう役所が工事業者の責任者を役所まで呼び出し、対策を書面で提出させ、それが守れないなら営業停止にする、と伝えた。

 そうしてうるさいながらも、基準値の範囲内で収まるようになった。


 その話をしていると、熱心に聞いている。

 こいつは同期入社だが、分からないことを勉強するのは熱心だった。

 最初はプログラムの事をあまり知らず、マネージメントよりだったんだけど、それだけじゃスケジュールがうまく組めないと気づいてから一気に勉強して力を付けた。

 そういった努力が目に見える奴だったんで、何かと聞かれれば教えていたんだった。


 そろそろ空になりそうな酒瓶を持ちながら、満足そうに言った。


「お前に相談して正解だったみたいだな」

「いや、以外とネット使えば電話番号とかわかるよ」

「そうじゃない、お前の話を聞いていると今回の件とは関係のない情報もちらほらあった。つまり関連した情報も集めたんだろ?」

「まぁね、仕事の8割は下準備というだろ?何にしても情報は武器になるし」

「他にも騒音を計る機材だったか、もしかして買ったろ。細かい基準値とか詳しく述べすぎだ」

「あー、流石に高くて買えないからリースしたよ。そしてデータをパソコンに取り込んで、基準値と騒音時の分布とか作ってグラフにして役所に渡した」

「やっぱりなぁ。変なところで凝り性というか、なんというか。そういった所を女にも向ければ良かったのに」


 なんか話の風向きがおかしい。


「突然なんだよ、女の話なんかしてないぞ」

「お前、以前俺が言ったこと信じてないな。職場でお前もててたんだぞ。ただでさえ技術系の部署に女性は少ないのに、同期とかはお前に目を向けていたし」

「その話かぁ、未だに信じてないよ。困っていた部分を助けただけ。僕なんか容姿は普通だし、それで仕事の虫だったしなぁ。先輩方のほうに格好良いのは多かっただろ」

「だからさ、仕事を大量に抱え込んで潰れそうになっていたのに、それでも同期の相談にのって助けていて、自分の仕事もこなす。お前が忙しかったから声をかける奴はあまり居なかったけど、誘いたがっていた奴はそれなりにいたぞ」

「……もういいだろ、そういった話は。今ではすっかり引きこもりの管理人なんだから」

「そうだな、元気になってなによりだ」


 お互い盃をあわせて乾杯し、酒瓶を空にしたところで店を出て分かれた。



 後日、同僚から「解決した」とだけ書かれたメールが飛んできた。

 冬になる前に解決してよかった。

 今度、落ち着いたら鍋にでも誘ってみるか。

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