人付き合い
冬になり雪もちらつく夜空。
こたつの上には鍋がグツグツと音を立てて、中の食材を煮込んでいる。
僕は非常に困っている。
こたつの対面には谷村。僕の元同僚。箸を手に持ち、中身が煮えるのを今か今かと待っている。
僕から見て右側には、こちらも同僚の早瀬。谷村を誘った時、もう1人連れてきていいか、と聞かれたのでOKを出した相手だ。
左側の席には今回イレギュラーの渡部美佐さん。会えば良く挨拶するマンションの住人だ。
さて、どうしてこうなった?
□ □
元同僚、谷村の騒音問題も片付き冬になった頃、僕は珍しく自宅に人を招くことにした。
心境の変化か、少し人恋しくなったのかもしれない。
マンションの管理人として同僚はいないし、たまの会話は仕事と挨拶だけ。
前の仕事の時は、周囲に人がいすぎて息苦しくなる事が結構あった。
周囲に人が居る状況は、多すぎても少なすぎても不満を抱くものらしい。
谷村という人物は、前の職場での評価はよく分からない奴だった。
マネージャーを目指すという目標を持っている奴は、スケジュール管理・見積もり・人材把握や客先との折衝など、どちらかというと技術者とは喧嘩するような職種だ。
IT関係では営業やマネージャーはお金を稼ぐために、商品を早く売るためには締め切りを早く設定して、ともかく商品を完成させろ!というタイプが多い。その為無理な用件をねじ込んできたりも割とあることだ。
一方技術者は、提示された問題を順番に組み立てて、スケジュールを区切って一つずつ作っていくタイプが多い。
完成という目標を、機能によって細かく区切り、それを作成してテストして、次に向かう。さらには目標の通りにいかない事も多々あるため、余裕を持ってスケジュールを組む。
出来ると思っていたことが出来なかったり、体調管理によって遅れた場合の余裕などを見込むからだ。
そうして、マネージャーと技術者の打ち合わせになると、この問題が顕在化する。
一般的な例を挙げると
技術者「現在はスケジュール通りに進んでいます。特に遅れも無く、最初の目標は達成できそうです」
管理者「遅れは無いという事は、後の予定を前倒しできるという事だな」
技術者「はい。但し、後々発生するトラブルやバグ対策などで、余裕を持ってスケジュールしていますから、特に変更はありません(完成の期日は動かないよ)」
管理者「そうか、問題報告もないし前倒しできるか。なら完成発表会の期日も早まるな(うん、そうすれば早く売れるし俺の評価もあがるな)」
技術者「えっ?いや、今は問題は出ていないだけで、体調管理やまだ今後は遅れる部分もでると思われますから、完成は動きませんよ」
管理者「いやいや君たちはよく頑張っているし、問題が出ても直ぐに解決するだろう。少しなら問題ないだろう、うん。(会社的に今期の売上は少ないし、完成日を早めれば経営的にも安定しやすいから、技術者には頑張って貰おう)」
技術者「いや問題が発生して、早めた完成日に間に合わなくなったほうが問題でしょう。少しは余裕は持つべきです」
管理者「なにも対策を打たないで早めようとは言っていない。外から人員雇って増やすからそれでなんとかしてくれ」
技術者「いや、追加されても人員の教育期間が増えるだけで、余計にスケジュールが遅れますよ!」
と、いう感じになる。技術者と管理者側の双方の言い分は正しいんだ。だけど人員を追加して補おうとした管理者側が、少し認識不足ではあるけど。
IT関係の技術者と言わると人員を増やせばなんとかなると思われがちだが、プログラマとは職人でもある。職人に置き換えるとどうにもならない事がわかると思う。
例えば革の鞄をつくる職人の所に、革靴を作る新人職人を追加してスケジュールは早まるだろうか。
同じ素材を使うにしても、できあがる形や気を付けるポイントなどがそもそも違う。
そういった情報共有が出来て、初めて仕事になるんだと思う。
話を戻すと、谷村がマネージャーを目指していることは、最初の紹介で知っていた。
そんな奴が僕の所に、話がある、とやってきたらどう思うか。
とても胡散臭く見えてしまうだろう。
だけど奴は「俺に開発手法はどうやっているのか教えてくれ」と言いに来た。
忙しいと答え断る僕。
それに対して、谷村はマネージャーと技術者の問題点などを上げ、知識を共有して話を通じやすくした方が良い。後で問題になりやすそうな所もお互い避けられる、と述べてきて僕も了承した。
それから仕事の合間の休憩時など、そういった話をしていく関係になった。
それでも、大体の問題の共有が終わった後も、谷村は僕によく話しかけに来ていた。
僕にとって奴は何を考えているのか、わかりにくい存在だったが、病院に連れて行かれたときは、僕は考えることが難しい状態だったので忘れていたなぁ。
それでも転職してメールや電話する間柄になると、もしかして僕たちは仲が良いのか?と考えるようになり、初めて谷村を呼ぶことにしたんだ。
マンションを購入して引っ越しをしてから、元同僚などでは部屋に上げるのは初めてだ。
それが谷村である事に、不満は無い。
もう1人の同僚の早瀬については、実は特に印象深いエピソードはない。
新卒でIT業界に入り、僕と一緒のグループに配属された。そして多少の面倒は見たけど、気づくと別部署の移動していただけの女性だ。
ともかく初対面の同士の紹介を済ませてしまおう。
「えー、とりあえず紹介するね。こちらの女性が渡部さん。このマンションの住人です。渡部さん、こっちの2人は前の会社の同僚で、谷村と早瀬さん。ちょっと鍋に誘って食べようか、という感じでね」
「……渡部美佐です。高校2年です。お邪魔しています、というか鍵を借りに来ただけなんですけど。お邪魔じゃ無いですか?」
「おぅ、谷村という。大丈夫、怖いおっちゃんじゃなくて綺麗な女性もいるから!理子、ちょっと席を替わってくれ、隣が知らない男じゃ怖いだろ」
「あー、もう。最初からそう座りなさいよっ。ごめんね渡部さん、早瀬理子です。あんまり心配しないでも平気よ。この前橋君、もの凄く草食で無害だからっ!それで美佐ちゃんって呼んで良い?」
「あ、はい。あのお世話になります」
あれ?なんか今ちょっと違和感が。
早瀬さんってこんな感じだったかな。いや、別の所に感じたような。
「なぁ谷村。早瀬さんって、あんな感じだったか。もっと普通に大人かしかったと覚えているんだけど」
「ん、お前の初対面は知らんが、あいつは最初からあんな感じだったぞ」
「まぁ詳しいと言えるほど話したことはないからなぁ」
「あぁ本人も言っていたな、質問すれば答えは返ってくるけどプライベートな話はしなかったらしいな」
そんな男2人の話の横で、女性2人の話も進んでいるようだ。
固かった美佐さんの表情もだいぶ解れてきている。
そして美佐さんの口からポロッとした感じで言葉が漏れた。
「そういえば早瀬さんと谷村さんって付き合っているんですか?」
「え?」
「おぅ、そうだぞ」
「まぁ分かるわよね」
上から僕、谷村、早瀬だ。
「え、本当!? え、あ、そういえば名前呼び捨てにしていたなぁ」
「前橋、やっぱりお前気づいてなかったか」
「まぁ前橋君じゃねぇ」
「2人とも、どういった目で僕を見ているのかな」
なんとなくジト目になってしまう。
そういった話を楽しそうに聞いていた美佐さんが、2人の会話に参加してくる。
気づくと3人で僕の過去の話を楽しそうにしている。
横で鍋をつついている僕。こういった場面で面白い話は出来ないし、聞くことしか出来ない。
未だに進歩しない自分の性格反省しつつも、時計を見ると21時を過ぎようとしている。
「渡部さん、そろそろ9時を過ぎるし戻った方がいいね。引き留めた僕達が言うのもあれだけどね。ご両親に僕から電話しようか?」
「あ、大丈夫です。両親は11時過ぎないと戻らないので」
鍋による熱気で顔が少し赤くなっている。
「じゃ早瀬さん、念のため家の前までついて行ってくれないな。同じ建物とはいえ、ちょっと心配だし」
「りょーかぃー」
管理人とはいえ、家の前まで付き添っているのを他の住人に見られたら大変だ。
誤解を招き、信用を失ってしまうだろう。
なんせ高校生とおじさんだしな……
女性2人がバタバタと玄関を出て行くと、部屋が急に静かになる。
ちょこちょこと酒を飲んでいた谷村が顔を上げて話しかけてくる。
「おぃ、さっきの子。ちょっと注意して見ていた方がいいぞ」
「……何かあった?」
「あぁ話していて感じたんだが、なんか家に帰りたくなさそうにしていた。そういった場合は家庭内に問題がある場合がほとんどだ。お前が何かするって訳じゃないが、見ている人がいるってだけで、意外と人は落ち着くもんだ。挨拶でいいからマメにしてやれ、いい子じゃないか」
「お前が言うなら”そう”なんだろうな。わかった注意しておく。僕は相変わらず人の気持ちが読めないらしい。全然気づかなかったよ」
「お前も人をよく見ているんだがなぁ。なんかズレているんだよな」
「仕方ないだろう、性分だ」
その後早瀬さんが戻ってきて、3人で飲み食いをした。
2人は結婚するつもりで、式にも招待したい事や新居についての相談など。
早瀬さんとはあまり話したことはなく話題も広がらないと思っていたが、そんな事は無かった。
初対面の印象では、良い悪いはなく大人しい人だったのに、と告げると大笑いされた。
新卒で配属されてすぐに、隣はバリバリ仕事をする同期。同じ年なのに仕事を教わるようになり、気づくとやっている内容さえ違っている。段々自分の能力に自信が無くなってきた時だったから、と言われる。
その後の話を谷村が引き取り、それで管理部門に移動してきた早瀬の面倒を見るようになり、気づくと付き合うようになっていたとの事。
僕は2人におめでとうを告げ、夜遅い時間になり別れを告げた。
部屋は広いし泊まっていけばと伝えたが、2人の時間を邪魔するな、と笑いながら言い返された。
3人とも部屋から居なくなると、急に寂しさが襲ってくる。
さっきまで鍋の熱気で暑かった部屋が、寒く感じる。
ふと脳裏に美佐さんの顔が思い浮かぶ。大人でこれなんだから女子高生は寂しく無いのかなと。
それを人に聞かないとわからない僕は、やはりどこかズレているのだろうか。




