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【凍結中】青い人間とカリソメのダークスレイヤー  作者: 風間 智
第一章:転移、いざ異世界
8/10

そして悪魔は現れた

【前回までのあらすじ】

 須川雅人はちいさな(ロリ)神様の贈り物と共に異世界へ転移した。

 盗賊による馬車襲撃。現れる青の闖入者。

 しかし男は死角からの渾身の一撃を受けてしまった――。

 ――男はその黙した姿勢のまま、ドミニクに刺された。


 しかしそれにしては様子がおかしい。刺されたはずの男は変わらず平然としていて、刺したドミニクはまるであり得ない物を見たとでもいうように愕然としていた。


「な……ッ! その服の下、一体何を着込んでやがるんだ!?」

「予想以上、か」


 信じられないといった表情でナイフを落としてしまった盗賊のドミニク、その顔には脂汗すら浮かんでいる。しかし男はそれをまったく意に介さず、コートの下に手を這わせて刺されたと(おぼ)しき場所を撫でているようだ。


「まったく傷がつかないとは……頑丈だな」

「な、なに? どういうことなのよさ?」

「ブリガンダイン!?」

「え!? そ、それにしては堅すぎます!」


 クライヴにはわからなかったが……揺れるコートの隙間から見える、布にしてはしっかりしすぎている生地。そしてコートの下に着ているという特徴そのものから、宿屋姉妹の姉エリスは、自分たちの宿屋に泊まっていった(あば)き屋、すなわち冒険者たちや、一部の上級騎士が着ている特殊な軽装鎧を思い出した。ブリガンダインだ。エリスはそれと予想した。


 しかし妹のイーリスが驚き否定したのにも理由がある。使われる技術の影響でとても高級、しかも革の間に鉄板を仕込むという構造から、花形の板金鎧(プレートアーマー)に比べると防御は劣る。

 確かに機動性では勝り、またメンテナンス性も比較的良好ではあるしもちろん少数だが愛好者もいる。だが今では、所詮貴族騎士のお遊びにしか使えないと揶揄(やゆ)されてしまうような鎧である。そのような軽装鎧が、あの迫真の突きを防ぎきれるわけが無い。


「フッ……勘がいいな。その通り、これはブリガンダインだ」


 男はしたり顔でエリスの推察を肯定しながら、コートを脱ぎ下に着ている軽装鎧を衆目に晒した。その色は男のズボンと同じように、夜明けの空より暗い青だった。


「ブ、ブリガ……!? じょ、冗談、てめェボンボンかよ!」


 ドミニクは後ずさり、逃げようとしたが腰を抜かして転んでしまった。高級な軽装鎧なんぞ、ロクな人間の着る防具ではない。有力な貴族筋の騎士か王族か、それに近しい者だろう。


 怖気(おじけ)づいた先駆者、形勢などとっくに(てい)を成していない。動きは見えない、刺しても死なないしそもそも傷をつけられない。このままでは全員仲良く破滅だ。

 諦観(ていかん)の雰囲気立ち込める中、イーリスを羽交い絞めにしていた盗賊と、その人質に刃物を突きつけていた盗賊はしかしここで我に返った。そして彼らは狡猾(こうかつ)だった。正面からが駄目なら――他から攻めれば良い。


「てめェ動くなァァ!!」

「こいつがどうなってもいいのか!」


 彼らは遂に男を相手に表立った行動に出た。不退転(ふたいてん)の覚悟ゆえか、彼らの行動を起こす勇気および生への執念は目を見張るものがあった。彼らはここへきて改めて場の注目を集めたのだ、男に支配されつつあったこの領域の中で。


「ヒッ……」


 イーリスはふたたび晒されることになった恐怖を前にして、まず悔いた。男に注目が集まっていたタイミングこそ、自分がこの目前の危機を脱するチャンスだったのだ。イーリスは迂闊(うかつ)な自分を(いまし)めた。

 だが今の彼女の思考は、寸前のそれと比べてここからが違った。青の男の存在だ。彼はどこからともなく現れ、そして形勢が逆転した。彼はそれほどの力を持っている。

 あの時姉が犯されそうになり、しかし自分は捕らえられたまま何もできなかった――拒絶することしかできなかった絶望。だが彼女はもうそれに囚われない。


 今は状況が違う、彼がいるのだ。


 極度の緊張で頭が馬鹿になっていたのかもしれないが、それでもイーリスは突然現れた男を信じていた。危機に現れ姫を守るお(とぎ)の騎士、そんなものを夢想するほど彼女は自身を子供だとは思っていなかったし、彼女にとって世界はそんなに甘く優しいものではなかった。それなのに。

 もちろん宿屋姉妹が元来(がんらい)からのお人好しであることも関係している。しかし、切迫した状況は彼女の神経を削り、突然現れた男は非常識なほど素性がわからず、そして暗雲を切り払ってしまうほど強かった。


 いつも姉の後ろをついて回るイーリスが、自ら行動を決意するほどに。


 彼女はほんの少しだけ余裕のできた思考で、姉による荒くれどもに対する護身術を思い出していた。姉は教えてくれていた、後ろから羽交い絞めにされた時に狙うべき人体の部位を。

 イーリスは、これも他人(ひと)からの受け売りなんだけどね、と記憶の中でも快活に笑う姉に感謝し視線を向けた。するとこちらを心配そうに見つめる姉と目が合った。イーリスはここに至り自然と穏やかな表情を浮かべていた。そしてそこから何かを悟ったのか、エリスは決意を見守る瞳でかすかに頷いた。


 イーリスは足元をちらりと窺うと、視線を前に向け男をじっと見た。男はその登場から位置をほとんど変えておらず、自分が捕らわれている馬車からはかなり距離があった。こちらに向いた顔は未だに固い無表情だったが、その双眸は確かに彼女を見つめていた。そんな男の揺るがない視線に、こちらを気遣(きづか)気色(きしょく)が滲んで見えたのは彼女の幻想か。


 盗賊に悟られないように緩やかに片足をあげていくイーリス。幸い盗賊は脅威である男に注目しているようだった。失敗しないように、自らの頭の中で逃走の手順を繰り返し唱えた。


 そして彼女は自らを羽交い絞めにしている盗賊の、その足の甲(・・・)を重力のまま勢い良く踏んづけた。


「ぐッ」

「てめぇこのクソガキ!」


 イーリスは少女だ。その体格は小柄といっても差し支えないものであり、その足踏み(ストンプ)は威力とて大したものでは無かった。しかし人体の弱点の一つである足の甲に突き刺さった足蹴(あしげ)は、拘束を緩めるのに十分効果を発揮した。


 押さえつける腕を振り切り、イーリスは駆ける。


「行かせるかよ!」


 だが盗賊の一人が、突きつけていたナイフを怒りのまま投擲するために振りかぶる。逃げる手負いの兎を仕留めんとするような非情さだ。

 イーリスは後ろを一切(かえり)みずそのまま走る、男の元へがむしゃらに走る。ふと顔を上げると、先ほどまで目標として捉えていた男の姿が無い。ハッとしながら、それでも彼女はその足を止めなかった。


「よくがんばったね」


 そのときイーリスに、青い向かい風が吹いた。


「あ……」


 気のせいに思えるほどかすかにだったが、しかし確かにその声を聞いたイーリスは、安心からか急に体の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


 遂に盗賊の手から放たれたナイフ、回転し空を裂きイーリスへと吸い込まれ――しかし途中で阻まれた。男が片手で掴んだのだ、一直線に飛来するそのナイフを。


「……は?」


 ナイフを投げた盗賊は混乱していた。

 いつの間にここへ割り込んできたのだ。男はその登場からほとんど位置は変えていないはずだ。確かに襲い掛かった奴らはぶちのめされたし、ドミニクの野郎はビビって腰を抜かしやがった。

 それでも馬車を取り囲んだ俺たち、その外れの方の奴がこの男を発見してから、こいつの位置は変わっていない。馬車からはかなり距離があったはずだ。それなのに何故ここにいる……投げたときにはいなかったし、そもそも奴が走り出したことすら気づかなかった。


「遊んでいるのか?」


 男は掴んだナイフをそのまま片手で握りつぶした(・・・・・・)。羽ペンを折るかのような手軽さで……もう滅茶苦茶だ、出来の悪い悪夢にしか見えない。


「人間じゃねぇ……化け物かよ……」

「悪魔だ……!」

「あいつは人間じゃねぇ! 悪魔だ!!」


 盗賊は口々に言い合った。あれは人間ではない、人間にしては不自然なのだ――見た目そこそこ細身の体格、それほどでもない筋肉量。しかしならばあの怪力(パワー)素早さ(スピード)は何なのだ。なんらかの作り話の中からそのまま出てきてしまったようだ。伝承の悪魔のように。


「フン……悪魔か」


 悪魔。それは魔物や人間などの生活を営む動物たちとは一線を画す超生命体。その膂力(りょりょく)は山を持ち上げ、魔力は海を割るほど。鋼にも勝る肉体を持ち、悪逆非道(あくぎゃくひどう)残忍(ざんにん)。並大抵のことでは傷一つつかず、また万が一傷をつけられたとしても(またた)く間に治ってしまうのだという。

 もっともそれは伝説の中だけの話で、その実在については怪しいものだった。(あば)き屋――冒険者たちが切り拓いた迷宮にはその伝承が残されているものも多いが、悪魔に()ってしまったなどという者は誰一人としていなかった。

 いたとしてもせいぜい酒場の笑い話の一つになるのが関の山だ。


「イーリス!!」


 エリスは混乱し(おのの)く盗賊たちを尻目に、愛しの妹のもとへ駆け寄った。少し汚れてはいるものの、妹に目立つ外傷はないことに彼女は安堵した。


「お姉ちゃん、おねえちゃん」

「イーリス……よくがんばったわ」


 震える妹を落ち着かせようと抱きしめ頭を撫でるエリスは、そのまま男をみやった。その背に何を思うのか。もし私と同じように安堵してくれていたならいいな、とエリスはかすかに淡い期待をした。


「これでわかっただろう。死にたくなければ、今すぐ失せろ」


 刀を抜き放ちながら、男は高らかに勝利宣言をする。貴様らにもう取れる手段などない、できることはここから逃れることのみだと。気のせいか、男の持つ刀が爛々(らんらん)と輝いて見えた。


「悪魔……」

「悪魔だ……! 逃げろォォォ!!」


 本能と感情のまま暴力に身を任せていた盗賊たち。しかしその熱は急激に冷え、今はただ蜘蛛の子を散らすように逃げるだけだった。


 脅威は完全に退けられた。

 (あわ)ただしく動く盗賊たちの背中を、ボーッと見守る宿屋姉妹。


 無事だ。姉妹は肌を寄せ合いながら、ぼんやりした頭の中でそう感じ始めていた。実感はまだ湧かないが、それでも今ここにいる。

 男は刀を鞘に納め、脱いだロングコートを羽織(はお)りながら、深呼吸を一つついた。盗賊はまだ場にいたが、逃げ出すばかりでもう敵意は無い。





 ……終わったのだ。誰もがそう安心していた、その時だった。





「も~う、さっきからアクマアクマうるさいわねェ。そんなにアクマに来てほしいのかしらぁ?」


 どこからか、大地や空気すら震え上がるような野太い声が響いた。


 エリスは急に息苦しさを感じた。

 体全体が不自然に動かしづらい、砂の中をもがいているかのようだ――そう、あえて言い表すなら重圧(プレッシャー)。周囲の風景にも、自身の位置にも変化はない。しかしこの場を何かが覆い圧している、言いようも無い、大きな何かが。


 ぼんやりとした光と共に、シンメトリーかつ複雑な図形が地面にスッと浮かび上がった。この図形に宿屋姉妹は心当たりがあった――魔方陣だ。そしてその陣を黒く(まる)(もや)が覆った。

 ガクガクと視界が上下にブレている……地面が震えているのだ。その場にいる者たちには魔方陣――いや、もはや底の知れない穴と化した濃密な闇から、暗い闇の波動が一帯に撒き散らされているのが感じられた。腹の底まで、心の臓まで重く揺らぐ、気味の悪い感情と瘴気の渦。それが音となり風となり、闇となる。

 なんと禍々(まがまが)しいことか。それは生きとし生けるものが忌避(きひ)すべき奔流(ほんりゅう)だった。


「こんにちわ~! アクマで~すよろぴくぅ~!」


 そして悪魔が現れた。

 それは災厄そのもの。悪逆非道で冷徹な、伝承の中の超生命体である。

【次回予告】

 その場の何者をも飲み込む重圧(プレッシャー)

 伝承の中の超生命体、悪魔。

 はたして何人が生きて帰れるのか。


 次回、憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。 

 「オカマのデーモン」 ご期待ください。

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