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【凍結中】青い人間とカリソメのダークスレイヤー  作者: 風間 智
第一章:転移、いざ異世界
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ハイ・ソードウェイブ

【前回までのあらすじ】

 須川雅人はちいさな神様の贈り物と共に異世界へ転移した。

 現れた奇妙な悪魔、ポピー。

 和やかに見えた雰囲気は、再び戦いの緊張を帯び始めていた。

 広がった紫白の光、それが収まると各々の目の前には――、


「……へぇ、なかなかやるじゃない。さすがいいオトコね」


 ――どこからか取り出した手甲を腕につけたポピーと、刀を持った青の男が、あわや火花も散るような激しい鍔迫り合いを演じていた。


「悪魔か。つくづく俺は恵まれているらしい」

「! な、なにをしているんで――」


 眼前の光景に驚いた宿屋姉妹の妹、イーリスは思わず困惑を口にしたが、その言葉がすべて発せられることはなかった。姉のエリスに首根っこをつかまれて、睨み合う二人から離されたからだ。

 エリスの行動は早かった。光が収まりいがみ合う二人を目にした途端、イーリスとクライヴを引っ張りながら距離を取ったのだ。それはまさに咄嗟の判断だった。


 有無を言わさず引っ張られたクライヴは、非難の声をあげようと首を後ろに捻ろうとした。しかしまもなく目にする暴力のぶつかり合いに言葉を失うこととなる。


「ただ、いくらなんでもこのアタシに峰打ちっていうのは――ナメすぎよッ」


 ポピーは両腕で受け止めていた刀を、手甲に魔力を流しながら跳ね除け(パリィ)、その隙に空いたボディに向かって流れるような所作(しょさ)で正拳突きを放つ。

 だが男は逸らされた勢いに逆らわず大きく後方転回(バクテン)し距離を稼ぐ。


「もらった!」


 納刀しながら着地した男へ、跳躍し追いすがる悪魔のその尋常ではない筋力による後ろ回し蹴りが、男の命を刈り取らんと放たれようとした。


 だがその蹴撃(しゅうげき)は成しえなかった――男はその跳躍を上回る速度で前方に飛翔(・・)、悪魔が背中を晒したそのタイミングですれ違いざまに居合斬りを放っていた。


「ぎゃン!!」


 その斬撃――否、使われたのは刀の峰であったので殴打というべきか――は男の狙いたがわず首筋を直撃した。大きく吹き飛ばされたポピーは、土煙に包まれ見えなくなった。

 ちなみに並み居る盗賊の意識を(ことごと)く絶たせたのもこの居合峰打ちである。


「ゲホッゲホッ……なかなかやるじゃない。悔しいけど、認めてアゲル」


 しかしさすが伝承の中の超生命体というべきか。ポピーは意識を手放すことなく耐え、五体満足なままの姿を現した。

 その耐久力(タフネス)は明らかに人間のそれではなかった。


 数秒の間に行われた命のやり取りに、エリスたちは言葉を失っていた。しかもそれが所々目に追えなかったことが、ますます驚嘆を加速させた。


 それでもエリスは、退避するという自分の判断が正しかったことを確信した。

 あれでは巻き込まれて死ぬどころか、邪魔になった私たちのせいで男が勝利を逃すこともあり得る。


 これは規格外の戦いだ。命知らずの冒険者たちがするような。


「確かに接近戦じゃあなたに敵わないかもしれないわ。……一応、格闘には自信あったのよ、アタシ。そうね、認めてあげるわ。光栄に思って?」


 そうこぼしよろけながらも、ポピーは立ち上がった。心なしかポピーの周囲が、陽炎(かげろう)のように揺れぼやけて見える。


「初めてよ、ここまでしてやられるのは。しかもそれが人間とはね……やるじゃない。見直したわ」


 戦う相手を侮っていたことを認めるという態度を示し、それをごちるポピー。

 それは彼女の本心から出た言葉だ、だが同時に次なる手への布石でもあった……この口上が時間稼ぎであること、そして見えた陽炎が濃密な魔力の奔流であることを男が悟ったとき、既に準備は整ってしまっていた。


「でもね……。これはどうかしら?」


 ポピーは稼いだ時間で練り上げた魔力を収束させた。魔光独特の甲高い音が響き渡るとともに、両の掌から眩い紫白の光が生まれた。

 それはスーッと上空へ吸い込まれ、空を限りなく黒に近い紫に染めた。どことなく破滅を想起させる、まるで月蝕のようにぽっかりと虚ろな穴が空いてしまったその不吉な空は、息が詰まるような大きさへと膨張した。


「な、なんだありゃ……」

「そ、空が暗くなっちまった、なくなっちまった!」

「空が、迫ってくる?」


 その空はもはや闇そのものに近しい黒色、しかしそれは夜のような静寂を思わせるものではなく、むしろ絶望と恐怖を見る者に想起させる邪悪に染まっていた。

 それを見上げた盗賊たちは口々に言い合った、『空が迫ってくる』と。


「あ、ありゃやばそうじゃねぇか……やばいって!」

「こ、怖いよ、お姉ちゃん、怖い……」


 クライブは迫る空を見てわけも分からず慌てだし、イーリスは姉の袖口を掴み不安――というにははっきりし過ぎた戦慄――に怯える。


 当たり前である、このような不自然なほど圧迫感を覚える景色は誰も見たことがなかった。多くの宿泊客を見てきた宿屋姉妹や、栄える王都を駆け巡る義賊団長ですらも、だ。


 これはポピーの非凡なる魔力による、広域破壊の闇魔法シュヴァルツェ・メテオだ。

 正しくは空が膨れたのではなく、空を覆いつくすほど巨大かつ高密度な闇の魔力が、隕石のように形を成し落ちようとしているのだ。


 先ほどの鍔迫り合いになる前にポピーが放とうとしたのも、この魔法である。


 食事にふさわしい綺麗な更地(・・)にするべく――近くにいる宿屋姉妹とクライヴと青の男を残して、不快な汚物でしかなかった盗賊たちを跡形も無くすべて消し去るために――ポピーはこの魔法を詠唱した。男はそれを止めるべく斬りかかったのだ。


 そしてポピーは再度この魔法を詠唱した。今度は場の洗浄ではなく、目の前の敵を確実に仕留めるため。

 いまやこの悪魔の興味は、完全に青の男にしか向いておらず、その他はただそこにいるだけの有象無象(うぞうむぞう)に過ぎなかった。


 それぞれの、しかしある程度共有された常識の中に生きる人間にとっては、この悪魔の攻撃は冷徹なものに見えるかもしれない。しかしそれは、価値観の決定的な違いによる偏見だ。彼らはそもそも……死生観や幸せの見出し方などが、人間のそれ(・・)とはかけ離れていた。

 もっとも今のところ、それを人間が知る(よし)もないし、ましてや理解したとして、それでも虫ケラのように殺される(いわ)れはない。


「ごめんねェみんな、手加減ナシで。死んで頂戴」


 悪びれる様子もほどほどに、ポピーは魔法を放った。


 ――空が墜ちてくる。


 イーリスたちに限らず、盗賊を含むその場にいた全員が、底無しの井戸のような空を見上げ死を覚悟した。

 誰もが逃れえぬ必殺の魔法が、圧倒的な暴力による死の塊が今、降り注がれようとしている。


 周りの誰もが空を仰いでいる中、一人刀を納めて腰の下に低く構える男。

 エリスはそれに目を奪われた。


 何をしようというのかはわからない、だが彼の双眸(そうぼう)は静かにあの暗黒を見据えていた。彼はそれでも何かする算段を立てている、まだ打つ手があるのか。


 ふと男がエリスをちらりと見やり、請け負うとでも言いたげに小さく鼻を鳴らした。

 彼女は改めて彼の自信を認め、そして信じた。


「フゥゥゥゥゥウウ!!」


 底知れない闇を睥睨(へいげい)し内なる呻きを上げながら、男は一際大きな居合いを放った。しかし振り抜き際(ひるがえ)し再び刀を振り、そのまま絶え間なく流れるように剣を振り続けた。煌く剣の軌跡が実像を結び、(くら)い空へ吸い込まれる。無数の剣閃(けんせん)が、闇の巨星を数多(あまた)に分かつ。


「ヘェァァァァァアア!!!」


 最後に剣を大きく一振りし静かに納刀すると、暗黒の円に刻まれた剣筋が眩い光を放ち、その光は線から面に変わり黒を埋め尽くしすべてを飲み込み――遂にポピーの魔法は霧散した。


 後には、元の青く晴れた空が、全員の頭上に広がるのみだった。


「……は?」

「お、おい……き、斬っちまったのか。今の、あれを、全部?」

「斬……っちまったん、だろうな。あれを、全部」


 起きた事実の荒唐無稽さと、二転三転した事態に、盗賊たちはただただ驚くばかりで、その口々から漏れる言葉は、左から右へ鸚鵡返(おうむがえ)しに繰り返されるばかりだった。

 瞬く間に絶望に染まり――しかも盗賊たちにはそれが魔法であることすらもわからなかった――そして瞬く間に、元の青に晴れていった空を眺め(ほう)けることしかできなかった。


「……ソードウェイブ? なぁ今の、ソードウェイブだよな?」

「え? ええ、そうね。多分、……ソードウェイブだと思うんだけど」


 クライブは誰にともなく目撃した剣閃の正体を問い、やはり見たものが規格外過ぎて惚けていたエリスは話半分に答えた。

 イーリスに至っては開いた口が塞がらないといった様子である。


「な、ななな……何よ、そのとぉぉぉってもキレイでめちゃくちゃ数の多いソードウェイブはァァァ!!」


 そして何より、一番驚いたのは放った魔法をかき消されてしまったポピーだ。


 一般的に魔法というのは、術式の格と属性、そして流し込まれた魔力の質と量により規模や威力が決まる。

 華奢(きゃしゃ)な見た目とは異なり武闘派(ぶとうは)なポピーにとっては、魔法はあくまで二の次(サブウェポン)であるが、それでも今回の魔法は中位の術式を用いている。中位の術式は扱えるとそれだけで人間なら一生()扶持(ぶち)に困らないほど高度なものだ。

 また、悪魔であるポピーの魔力は、伝承の言葉を借りると『海を割る』とすら言われるほどであり、良質かつ量も多大なものであることは想像に難くない。


 それに対して、男が放った技として各々が見当をつけた剣波(ソードウェイブ)。これは剣を大きく振り、生じた剣圧を衝撃波として飛ばす技である。

 これは異世界に住む当人たちには知る由も無いが――剣波は、よくファンタジーを題材にしたゲームなどでは序盤に覚えることが多い、接近戦を主とする剣士が中距離以遠の目標に対して用いる、けん制もしくはそのまま制圧する技だ。


 余談だが、剣波は異世界を旅する勇者、特に剣士の間でもはや使えて当然といえるまでメジャーな技である。それはこの異世界も例外でなく、剣波が使えるということは大した評価にはならない。良くて半人前である。


 さて、魔法の方は悪魔にふさわしい『凶悪な』闇魔法であったといえる。だが男は『所詮小技程度の』剣波を駆使しそれを寸断、無力化した。


 これは可能なのか。


 答えとしては『普通に考えて無理だけどなぜかできている』としか言えない。

 剣波は先ほどにも述べたようにけん制もしくは制圧に用いる技だ。億が一――並の剣士にはまず魔法と剣波を撃ち合わせようという発想すらないのだ――魔法と撃ち合うとして、できたとして下位魔法、実際には初歩魔法の相殺ぐらいが関の山だ。


 土台無理な話である。そう、無理なはずなのだが……。


 この男は数と質、その両方を常識外れな高さで揃え剣波を放った、としか結論づけられない。

 技に関しては用いる(つわもの)たちが感覚でやれと言って聞かないこともあり、あまり理論的な研究は進んでないのだが、少なくとも技量と膂力が密接に関係していることが判明している。ということは――。


「――なんって、テクニック。なんって、パワー。なんって、美しさなの!!」


 ポピーは感嘆のあまり目を見開いた。なんて高次元(ハイレヴェル)ないいオトコか。その技量と膂力が美しさという評価につながるあたり、この悪魔も大概である。


「退屈だな」


 ため息をつきながら、やれやれと首を振る男。

 武に通ずる人間であれば見惚(みと)れてしまうような――いやそうでなくても、現にその場の全員は見惚れていたのだが――高度な技を繰り出したにもかかわらず、汗一つかいておらず、またその技巧を過度に(おご)る様子もない。


「あなたって本ッ当に……いいオトコね!!」


 目の前の好敵手に、ポピーは更に血を滾らせる。


 悪魔らしからぬ悪魔と、悪魔のごとき力を持つ人間の戦いは、ここへ来てさらに加速しようとしていた。見届けなければならない戦いが、今この場にあった。

 エリスとイーリス、そしてクライヴはもちろんのこと、その場にいる盗賊たちですらこの戦いから目を離せなくなっていた。自らの命が危険に晒されようとも、だ。

 架空の上位存在であるはずの悪魔、それと互角以上に渡り合う一人の男。いつしか静かな、それでいて激しい熱をもった興奮の波が、その場の全員に伝搬しつつあった。





 その場にいる全員の、まさに注目の的であったこの戦いは、しかしここで更なる闖入者(ちんにゅうしゃ)たちを迎えることにより、予想外の新たな展開を見せる。





「……ここで乱入だなんて、本ッッッ当に、クウキ読めない人たちねェ」


 ポピーは溜息まじりに、うんざりとした様子でそうこぼした。

 彼女が見やったのは、目の前に広がる草原の遠くの方にある、なだらかな小高い丘の方だ。いつからかは分からないが、騎乗した人影が一騎、その丘の稜線に(とつ)を残す形で丘の頂上にいた。

 そしてその凸は瞬く間に両側へ、最初の一騎を旗頭に急速に増えていく。一つから三つに、三つから五つに……。


「お、おい! あれはッ」

「騎兵か!?」

「そんな! なんでこんなところに!」

 

 もはや両の手では数え切れぬほど増えた騎影に、盗賊たちは色めき立った。


「名残惜しいけど、ここでいったんお別れね。また会いましょう、青のいいオ・ト・コ・さん」


 悪魔は引き止める間もなく、その突然の登場と同じように黒い(もや)の中へサッと消えていった。退場はしかし打って変わって、とてもあっさりとしたものであった。

 悪魔が去ったまさにその直後だ。最初に登場した、旗頭と思われる頂上の一騎が抜剣し、その剣を高らかに頭上へと掲げた。それは合図であり、分かりやすい意思表示だ。この場にいる全員に、これからの状況の更なる混迷を予感させる、しかし威風ある姿だった。


 これから、こちらを掃討しようというのだ。

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