第21話 はじめての会食
店の前で馬車から降りると、目に入ったのは
アーチ型の巨大な木製ドアと、
美しく磨き上げられた黄銅色の輝きを放つ大きなドアノブだった。
扉の前でウェイティングしていた受付係が、
笑顔のまま静かに近づいてくる。
「薬屋ギルドで予約しております、アグネアと申します」
「アグネア様、カナデ様、メアリ様。お待ちしておりました。
お荷物があればこちらでお預かりいたします」
「いえ、特にありません。このままで大丈夫です」
「さようでございますか。恐れ入ります。
それではメイスン様がお待ちしておりますので、
このままご案内いたします」
店内に入ると、高級感のあるレッドカーペットが敷かれ、
燭台の温かな灯が揺れていた。
天井には豪華なクリスタルのシャンデリアが
白くまばゆく輝きを放ち、
壁には金箔の額に収まった風景画が並んでいる。
奏はあまりの荘厳さに思わず立ち止まった。
「凄い……」
(ゲームでも綺麗やと思ってたけど、
現実で目にするとやっぱ違う……
こんなに感動するんやね)
三人は小声で「凄いわね……」などと話しながら、
案内された個室へ入った。
そこには純白のテーブルクロスが床まで垂れた長方形のテーブルがあり、
高級磁器のショープレートが置かれていた。
同じタイミングでメイスンが現れ、給仕に目配せする。
奏は奥の主賓席に誘導され、椅子を引かれて座った。
その隣にメアリ、対面にアグネア、最後にメイスンが着席する。
(ひえぇ……うちが主賓席なんや。
メイスンさんが最後に座ったのはレディファーストなんかな?)
全員が着席すると、給仕が声をかける。
「食前酒をお伺いいたします」
数種類のボトルが並び、味や香りの説明が始まった。
「カナデさんは、お酒は飲めましたか?」
「あ……はい、大丈夫です」
奏の返答に、メイスンが一つのボトルを選ぶ。
「では、こちらにしましょう。
酸味が控えめで飲みやすい銘柄です。
君、これを頼む」
「かしこまりました」
美しい音を立てながら、細かい気泡のシャンパンが注がれていく。
全員にグラスが行き渡ると、
メイスンが杯を目の高さに掲げたので、他の三人もそれにならった。
「それでは、カナデさんとの出会いと
薬屋ギルドの新事業の成功を祈って」
四人は微笑み合い、軽くグラスを合わせた。
「さて、今日は固い話は抜きにして食事を楽しみましょう。
私も久しぶりで楽しみにしていました。
とはいえ……最近は年齢のせいか、あまり入らないのだけどね」
「えー、それは年齢のせいじゃなくて
運動不足なのではないでしょうか?」
「アグネア君……それは一理あるかもしれない。
であれば明日から君が私の代わりに薬屋ギルドの指揮をとってくれるかね?
貴族との社交もお願いするよ」
「それはその……いえ、すみません。口が滑りました」
「あなたは口が滑ってばかりなのよ。
もう少し考えてから発言しなさい」
「メアリは冷静すぎるのよ。
もう少し感情を出してもいいんじゃないかしら?」
「メアリ君の冷静さは労働者ギルドの職員として不可欠な要素だよ。
アグネア君も少しは見習いなさい」
「ひどい! 私こんなに頑張ってるのに!」
「いや、頑張ってるのも認めるし、能力があるのも認めているんだよ。
でなければ、この場に君はいない」
「ですよね! ですよね!」
メイスンたちのやり取りに、奏から笑みが零れた。
「あははっ」
ここに来るまでは何を話したらいいんだろうと心配だったが、
食前の一口、冷前菜、温前菜、スープと
次々にコース料理が運ばれ、
どれも素晴らしく、料理の話題だけで会話は尽きなかった。
そして、奏が肉料理を口にした時のことだった。
「このお肉は何でしょうか?」
「そちら、仔鹿のローストとなります。
スタッグの子供でございます」
「これが……こんなに美味しくなるのですね」
(お父さんとお母さんにも食べさせてあげたいなぁ……)
少しだけ胸が切なくなりつつも、
今は目の前の会話と食事を楽しむことにした。
楽しいひと時が過ぎ、食事を終えた後のお茶の時間。
メイスンが懐から“特別会員証”と記されたカードを取り出した。
「こちらはカナデさんから頼まれていた物です。
まずはカナデさんにお渡しいたします」
「メイスンさん、ありがとうございます!」
奏は恭しくカードを受け取り、
隣に座るメアリへそっと手渡した。
「メアリさん、これ私からの気持ちです。
あまり用はないかもしれないけど、
気軽に利用してほしくて」
メアリは突然の申し出に驚き、
最初は躊躇して断ろうとした。
しかし、膝の上の手をぎゅっと握り直す。
「ありがとう、カナデさん。
お気持ち、ありがたく頂戴するわね」
ここで拒否したら、その方が彼女を悲しませる。
そう判断して受け取ることにした。
この店に招待されたこともあり、
彼女には今、寄る辺がない。
正直なところ、少しだけその気持ちを重く感じてもいたが、
彼女はまだ王都に来たばかり。
やがてメイスンやアグネアのように知り合いが増え、
それもまた変わっていくだろうと考えた。
「受け取ってもらえて嬉しいです。
そのうち、ポーション以外に錬金術師の道具も
販売するかもしれないので。
そうなったら、今よりメアリさんに必要な物を
扱っているかもしれません」
「えぇ、楽しみにしているわね」
こうしてその日の会食は終わりを迎えた。
奏は気付いていなかったが、今夜の食事は
メアリと喫茶店でお茶を飲んだ時や、ノエルと軽食を取った時を除けば、
この世界で初めて“誰かと一緒に食事をして、
そして楽しく過ごした日”だった。
そのことが、奏の心をほんの少しだけ明るくしていた。
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