ニコ
母さん、というのはニコから主任への呼び方で、由来はそのまま、主任がニコの生みの親だからだろうと思う。
あの日は普段通りその日も間延びした声で主任がラボから出てきて、普段通り長めの休憩をとっている室長に話しかけていた。
「先日から預かってた銃のことなんですけど」
室長はよく主任に銃を預けては別の銃を携帯し、というのを繰り返している。元は二丁拳銃使いらしいが、二丁揃って手にしていることは滅多にない。
「あんまり壊しまくるんでいっそ貴方には銃を使わせずボディガード的なモノを常備してもらおうかと」
言われて室長は紫煙をくゆらせながら「えー」と渋い声を上げた。
「そんなの雇うアテないぞ」
「ううん、作りました」
「は!?」
……は?
と僕の内心でも驚きと興味が湧いて、それとなく二人のそばに近寄る。会話のはっきり聞こえる距離にまで来て朝食を摂りながら様子を見た。
「作った?って何?」
「ボディーガード予定の子をね」
「えっ生み出しちゃったってこと?えー銃より扱い困りそうなんだけど……もう作っちゃったならしゃーないか……」
しゃーないのか?受け入れ早過ぎだろ。と脳内でツッコミを入れる。ここで「ボディガード」という言葉が指すのが僕のイメージ通りなら、人体錬成をしたことになると思うのだが、これいかに。
「どこにいるの?」
「今はちょっと、俺の私物の官能小説に夢中でこの場に連れて来れなかったんですけど」
「は!?……え、おま、産まれたばかりの子?に何与えてんだよ教育上よろしくないだろうが」
やっぱ人造人間生み出してんじゃねーか。
あと、どうやら官能小説などの娯楽がこの組織にいても入手できるらしいということも知った。
「俺が読んでるものとか食べてるものとか何にでも興味示して可愛いもんだからつい、片っ端から与えちゃうんだよね」
「ついって、つーか読んでるなよお前も官能小説をよ」
「主任、福利厚生として図書スペースなど作っていただけませんか?」
「急に話に入ってきたかと思えば大分話逸らすじゃんコウくん」
「思いついた時に言っておかないとと思って」
「そんくらいタイミング待って覚えておけよワーキングメモリを働かせろや」
「生憎、記憶喪失なもので」
「記憶喪失ってそういうんじゃねえだろ」
僕と室長が言い合いを始めかけた時、「あ、来た」と主任が室長の背後に視線を向けた。
「ん?」
「読み終わったのかな、後ろ、今歩いてきてる子。彼がそうだよ」
僕もそちらを視認する。
「おお……」
「え、うを!すっげーイケメンきた……」
まさに、すっげーイケメン、だった。ニコの第一印象はそれに尽きた。
筋肉質に引き締まった細身の体と顎のラインのしっかり通った輪郭、鼻筋、整った眉に奥二重の垂れ目。陽に焼けたような健康的な小麦の肌。
この時はどこも武器化しておらず腕も脚も人間のそれだったため、人型の状態のイケメン度が完全版だった。
「っす。ども」
声もイケメン。
「もっとショタが来るかと思ってた。生まれたばっかなんでしょ?」
「彼の名前は?」
「ニコだよ~。ね」
「うん」頷くニコ。仕草は素直で、確かに幼なげではある。
「また随分と被験体っぽくないネーミングですね」
「25番目の融合体ってことでさ~」
「案外被験体っぽい由来でした」
「それにニコチン中毒だし~」
「!!?おいまさかタバコまで与えてんのか!やめろマジで健康上よろしくないだろ生まれたばかりの子に!!」
「おい母さんに怒鳴るなクソ野郎」
「口悪!」
室長のツッコミは随分真っ当だったが、母さんという呼称に関してはスルーだった。
「主任、禁煙するとか言ってませんでした?」
「好きなんだよねタバコの匂い。副流煙しか吸ってないから喫煙じゃないよ」
「すっごい言い訳」
「さあニコ、この人のボディガードが君のお仕事だからね。がんばって」
「え、俺は母さんのボディガードがいい」
ちなみにニコが表情を動かした瞬間を後にも先にもこの初対面時の一言でしか、見たことがなかった。この時だけは、なんかすごく切なげなというか、悲壮感を醸し出す表情の皺はあるのに雑味がない、イケメンのみに可能って感じの顔をしていた。
泣き落としに近かった。
「仕方ないな~じゃあ一緒に小説の続きでも読もうか」
と、一瞬で手のひらを返した主任がニコを連れて行き、その場には呆気に取られた僕と室長が残され、
「読んでんなよ官能小説をよ……!」
室長は届かないツッコミをこぼしていた。
ということで、ニコは室長の武器破壊癖対策として用意されたはずが主任のボディガードとして就任し、今に至る。
結局のところその後も室長は自分で銃を扱っては破壊しており、目的は全く達成されなかったが、武力の向上にはなった。
ニコの方は主任のボディガードを自分の使命と心得ているせいかしょっちゅう主任のそばに控えていて、彼に直接命じられない限りは離れた場所への任務に向かうこともない。この間僕が侵入者に背後を取られた時駆けつけてくれたのは、おそらく主任がそうするよう言ってくれたのだろう。
だから、こんなことは今までになかったのだが。
「おい新人」
被験体とは思えない横柄さで僕を呼び止めたニコは、珍しく不服そうな顔をしていた。
「何です、君がそんな顔をしてるなんて珍しい」
さらに珍しいことに、ニコの横にも後ろにも、もちろん前にも、主任の姿が見当たらなかった。
別行動をしている?
「お前、今日から温室エリアに行けって」
「温室エリア?」
「母さんが言ってた」
なるほど、主任の命令だから大人しく別行動して僕を呼びにきたのか。
僕が返事をする前にニコはずいっと顔を近づけると、一切瞬きをせずガンを飛ばしながら
「お前、ぜっっっっったいに母さんを守れよ。一ミリでも傷つけたらゆるっっっさねえからなぁ……」
と言ってきた。
ガラ悪ィ〜何でこいつの代わりに僕がそんな思い責任を負わされなければならないんだ。
「え、お断りすることは」
「お前にそんな権限がぁあるわけねえだろぉぉ」
「……」
……とにかく、主任に会って話そう。
僕は一つため息をつき、ニコに案内されて「温室」とやらに向かうことにした。
主任が僕を解任してニコに役目を譲ってくれれば、この話は無かったことになるだろう。




