ニコ
母さん、というのはニコから甘楽さんへの呼び方で、由来はそのまま、甘楽さんがニコの生みの親だからだろうと思う。
元はと言えばニコは室長のボディーガードになるはずだったのだが、紆余曲折あって今ではニコは甘楽さんに付いて回っている。
以下回想。
「室長~」
と普段通りその日も間延びした声で甘楽さんがラボから出てきて、普段通り長めの休憩をとっている室長に話しかけていた。僕は偶然夜間の侵入者を撃退してから休息を取り、遅めの起床をしたところだった。
「先日から預かってた銃のことなんですけど」
と、甘楽さんが言うのを聞いて、ああまた室長が銃を壊したんだろうなあ、と思ったものである。
「あんまり壊しまくるんでいっそ貴方には銃を使わせずボディガード的なモノを常備してもらおうかと」
「ん?そんなの雇うアテないけど」
「いえ、作りました」
「は!?」
……は?
と僕の内心でも驚きと興味が湧いて、それとなく二人のそばに近寄る。会話のはっきり聞こえる距離にまで来て朝食を摂りながら様子を見た。
「作った?って何?」
「ボディーガード予定の子をね」
「えっ生み出しちゃったってこと?えー銃より扱い困りそうなんだけど……どこにいるの?」
「今はちょっと、俺の私物の官能小説に夢中でこの場に連れて来れなかったんですけど」
「は!?……え、おま、産まれたばかりの子?に何与えてんだよ教育上よろしくないだろうが」
ここで僕はようやく室長がイメージしている「ボディガード」が紛れもなく人型の、いわゆるボディガードのイメージ通り人間的な存在であることを察した。そしてそれは甘楽さんにとってもそうだということも。
あと、どうやら官能小説などの娯楽がこの組織にいても入手できるらしいということも知った。
「俺が読んでるものとか食べてるものとか何にでも興味示して可愛いもんだからつい、片っ端から与えちゃうんだよね」
「ついって、つーか読んでるなよお前も官能小説をよ」
「福利厚生として図書スペースなど作っていただけませんか?」
「急に話に入ってきたかと思えば大分話逸らすじゃん」
「いえ、思いついた時に言っておかないとと思って」
「そんくらいタイミング待って覚えておけよワーキングメモリを働かせろや」
「生憎、記憶喪失なもので」
「記憶喪失ってそういうんじゃねえだろ」
僕と室長が言い合いを始めかけた時、「あ、来た」と甘楽さんが室長の背後に視線を向けた。
「ん?」
「読み終わったのかな、後ろ、今歩いてきてる子。彼がそうだよ」
僕もそちらを視認する。
「おお……」
「え、うを!すっげーイケメンきた……」
まさに、すっげーイケメン、だった。ニコの第一印象はそれに尽きた。
筋肉質に引き締まった細身の体と顎のラインのしっかり通った輪郭、鼻筋、整った眉に奥二重の垂れ目。陽に焼けたような健康的な小麦の肌。
この時はどこも武器化しておらず腕も脚も人間のそれだったため、人型の状態のイケメン度が完全版だった。
「っす。ども」
声もイケメン。
「もっとショタが来るかと思ってた。生まれたばっかなんでしょ?」
「彼の名前は?」
「ニコだよ~。ね」
「うん」
「また随分と被験体っぽくないネーミング」
「25番目の融合体ってことでさ~」
「案外被験体っぽい由来だった」
「それにニコチン中毒だし~」
「!!?おいまさかタバコまで与えてんのか!やめろマジで健康上よろしくないだろ生まれたばかりの子に!!」
「おい母さんに怒鳴るなクソ野郎」
「口悪!」
室長のツッコミは随分真っ当だったが、母さんという呼称に関してはスルーだった。
「それに甘楽お前、禁煙するとか言ってたじゃん」
「好きなんだよねタバコの匂い。副流煙しか吸ってないから喫煙じゃないよ」
「すっごい言い訳」
「じゃあニコ、この人のボディガードが君のお仕事だからね。がんばって」
「え」
ニコの表情が崩れる。
「俺は母さんのボディガードがいい」
ちなみにニコが表情を動かした瞬間を後にも先にもこの初対面時の一言でしか、見たことがない。この時だけだ。この時だけは、なんかすごく切なげなというか、悲壮感を醸し出す表情の皺はあるのに雑味がない、イケメンのみに可能って感じの顔をしていた。
「仕方ないな~じゃあ一緒に小説の続きでも読もうか」
と、一瞬で手のひらを返した甘楽さんがニコを連れて行き、その場には呆気に取られた僕と室長が残された。
ということで、室長の破壊癖対策として用意されたニコは主任のボディガードとして就任し、今に至る。
結局のところその後も室長は自分で銃を扱っては破壊していたわけだが、先日の銃栽培キット体験以降心を入れ替えたのか、武器を壊す頻度は減り、最近植木鉢から採取した新しい銃のことはそれなりに大事に可愛がっているようだ。一件落着。
ニコの方は主任のボディガードを自分の使命と心得ているせいかしょっちゅう甘楽さんのそばに控えていて、彼に直接命じられない限りは離れた場所への任務に向かうこともない。この間僕が侵入者に背後を取られた時駆けつけてくれたのは、おそらく甘楽さんがそうするよう言ってくれたのだろう。
だからといって組織の施設内でずっとニコが甘楽さんとべったり一緒にいられるわけではない。
被験体には入れないエリアというものがあり、甘楽さんがそこで研究を進める間は、ニコは別の仕事にあたったり自室で待機をしている。
例えばそう、僕が手伝いを担当している、「温室」エリアである。




