植木鉢
僕には つい半年より前の記憶がない。
自分が何者なのかわからない。気づいた時にはこの組織にいて、周囲は当然のようにこの組織の一員として接してきた。この半年で、僕もそれを受け入れつつあった。
……だというのに、さっきの侵入者。
僕を知っていたようだった。
これは……なんというか、憂鬱な新情報だ。記憶のあった時の僕はスパイや反逆者だったのでは?なんて可能性が出てくる。
だとしたら 今まで仲間として接して来ていた相手はいったい、僕をどう思って見ていたのか。
組織の一員だと思って過ごして来た自分の立場、立ち位置が、足元から崩れ去っていく。
「……いや。一度、やめよう」
考えない。
余計なことを考えていてボロを出すくらいなら、仲間だと思い込んで振る舞っている方が、まだしも自分の身が安全な気がした。
室内に入ると途端に賑やかな声が響いてくる。
「また銃壊したんですかぁ〜」「てへぺろ」「ペロじゃねえんだよ教えた通り使ってんのか」「ニコの言う通りにしてたらこんな壊し方しないよねえ〜」「ということはー?」「ということはじゃねえんだよこの野郎」「まさかそのまま使うなんてつまらねえことをするわけがないぜ!」「つまるとかつまらねえとかじゃねえ!ってか詰まらせてんじゃねえかよ!」「あっはっは」
やいのやいの、三人の人間が言い合っている。いや、実際には「人間」は、二人だが。
高笑いをしていたのは金髪の男。薄い顔にすうっと切れ込んだような瞼の間から、金の目が覗いている。この男が僕らの実質的なリーダーだ。
「あ、コウくんおかえり。なんか飲む?」
僕が入って来たのを見て、笑いを引っ込め手招きをしてくる。気さくな態度。だらしない座り方。「威厳」という言葉はこの人の辞書にはないのだろう。
「コーヒーでももらってきます」と返事をして、キッチンの方に向かう。
ここは各研究室から接した廊下と繋がっていて、いわゆるエントランスの役割をしている空間。立ち姿勢のまま休めるラウンジである。上着を脱いで一旦離れると、反対隣に立っていた青髪の男が僕の脱いだ上着を勝手に漁り、銃を取り出すと話題の中心であったらしき壊れた銃と並べて見比べ始めた。
コーヒーをドリップしながらその様子を眺める。
リーダー格の金髪の男が室長「クロ」、
青髪の男が主任研究官「甘楽」。
二人ともニコより身長が低く、体型も柔く、戦闘員らしさがない。それもそのはず、彼らはこの組織でのメイン業務である様々な研究に従事していて、ニコとは役割が違う。
彼らは被験体ではない、「実験を施す側」だ。
研究員と、被験体。
「あーあ亀裂になってる、手当てしないと……いやこれはまた育てないとだね。ここで治してみるか」
主任はそう呟くと、一旦手にしていた銃を置いてラウンジから出ていった。主任の背を追って、ニコも一緒に出ていく。直すと言っていたから、その道具でも運んでくるのだろう。
「あ、そういえば室長」
「ん?」
「さっき侵入者に絡まれまして。死んでるんですけど、処理どうしたらいいでしょう」
「えーどこにあるの?死体」
「地下通路側の、エントランス出てずっと行ったとこですね」
「そのへんて地面土だっけ?じゃあ置いといていいよ、そのうちなくなってるだろ」
「腐敗臭とかしてきたら嫌なんですが……」
埋葬しようという気がこの人たちに無いことは、この半年で身に染みている。
この組織はやたらと侵入者が多く、ほぼ毎日撃退に追われているのだ。敵が多いにしてもあまりに度が過ぎている。
記憶もないまま、ここを居場所と目して行動するしかなかった僕は今日まで無我夢中で撃退業務に当たっていた。
けど、自分自身が彼らと同じ立場だったかもしれないと知った今になっては、思うところがないわけじゃない。侵入者がどういう気分で覚悟で想いでここに来ているのか、気にする余裕もなかったけれど、次に会ったら聞いてみたかった。
動機。
この組織に侵入を試みる動機。襲撃する動機。
それは僕の記憶を呼び起こすかもしれない。
室長には放置でいいと言われたけど、こっそり侵入者を埋葬しに行こうか迷っていたら、主任とニコが戻ってきた。
「ただいま〜」
ニコは両手に何か巨大な……器……植木鉢?を、抱えている。
……植木鉢?
「おお おかえり」振り返った室長も巨大植木鉢を見て固まった。更に、手を振って応えた主任のもう片方の手にはジョウロが握られている。
銃の修理にと取りに行ったのが、それなのか?植木鉢とジョウロ……?
と、思っている間にも主任はテーブルに放置されていた壊れた銃をひょいと取り上げ、「ここに置いて」と言われたニコがテーブルに植木鉢を置くと、流れるように迷いない手つきで、その植木鉢の中心に銃をずぶしっと押し込んだ。
ふかふかの土の中に銃は埋まった。
「……は?」
シャワーーー、と爽やかな音を立ててジョウロから植木鉢へ水が注がれる。
じんわり土が色づいていく。
少しだけテーブルに水が染み出してきたところで、主任は水やりをやめた。
……。
「……え、これ、なん」
説明を求めようと主任に向き直り、口を開きかけた僕の視界の隅で、ボコ……と不穏な音を立てて何かが動いた。おそるおそる見やる。
「……」
植木鉢の真ん中で何かが生まれていた。
何かっていうか、金属質で見たことがある形状の一部。
銃だ。
銃が生えた。
……銃が生えるってなんだ。
「いやいやいやいや」
待て待て待て待て。僕の世界の常識では銃は植木鉢から生えないんですよ。
「はやく大きくなれよ〜」なんて微笑んでいる主任はこれが自然現象だとでも思っているんだろうか、手品か?いや、おかしいとは思ってたこの組織の中のどこにもこんな武器を精製している設備なんてないのに、侵入者を蹴散らして余りあるほどの武力が備わっているもんだから!
……生えた……だと……?
まさかこれが……この組織の持つ武器の、成り立ち?なのか?
「え、ということは銃生きてたってことですか……?」
「そうだよ〜!だからねークロ、命は大事にしましょうね、メッ」
「この組織でそのセリフを言っても説得力皆無すぎんだろ」
「みんな何驚いてんだ?銃、ちゃんと育つんじゃないのか?」
ニコは驚きもせずきょとんとしている。そういえば植木鉢を取りに行く時、主任は「育てる」だとか言っていたな……。ニコはこう見えて生まれたばかりだから、主任の手伝いで目にする景色を自然なものとして学習してきてしまっているのだろう。
ポン、とニコの肩を叩く。
「あのですね、そもそも本来銃は植木鉢から生えませんからね?」
「!?」
一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニコはペシン!と僕の手をはたき落としてきた。
「嘘をつくな、実際生えてるじゃねーか。新人と母さんだったら母さんの言うことを信じるに決まってるだろ」
……うん、まぁこいつは外の世界に出て生きることはないだろうし、この組織内にいる限りは、これが常識でも問題ないでしょう。




