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TO DYE HANDS  作者: 鳴海 慶
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コウ



 誰も知らない旧人類の遺跡。その地下の地下、日の光なんて本来届かないはずの地中に、その研究施設はある。

「お前、なぜここにいる?なぜこいつらの仲間になったんだ!」

「なぜって言われてもねえ」

 背後を取られて両手を上げると同時に小銃を隠し持っておく。こんなことが日常茶飯事で、今回はどうしようかとため息が出る。

「室長や主任にいちいち判断を仰ぐのも効率が悪いよなあ……かといって新米の僕が偉そうに改善案というのも……何か理由があっての非効率なのかもしれないし」

「何を言っている?」

「いえすみません。独り言ですよ」

 そっちには全然関係ありません、と手を振ってしまいたくなったが、つい先日それをしてしまって相手を逆上させたのを思い出し飲み込む。

「貴方はどういったお立場の方なのですか?」

「答えると思うか?」

「思いますよ。僕をすぐに射殺せず、こうして会話を試みている。ゆくゆくはそちらの情報を開示して協力を仰ぐか、内通者になる提案でもしてもらえるんじゃないでしょうかね。この組織に人質を突きつけるなんて無駄な真似をするとは考えにくいですし」

「……」

 僕の言ったことが図星だったのか、それともまた無意識に煽ってしまったのかわからないが、相手は黙り込んだ。聞こえないくらい本当に小声で何か呟いたようにも思える。あーなるほど、確かに聞こえないようにわざと何か言っているようなのは、気に障るのがわからないでもない。

「……俺と一緒に来るか」

「はあ」

「俺はお前のことを見たことがある。こんなところにいるような人間じゃないはずだ、自分の名を堂々と名乗れる生き方をしようと思わないのか。お前はそのままでいいのか?」

「おや」

 これは、非常に興味深い。

 なるほどそういうわけか。この人は、僕が僕のことを忘れるより以前に、僕とどこかで会っているのだ。もともと殺す予定のあった組織の構成員としか見ていなかったところを、予想外の顔見知りと出会って話してみる気になったのだろう。

「僕は運がいいですねえ。そういうのを待ってたんですよ。貴方はなんという名前なんです」

「ぁ”」

 男が何か言おうとして喉が濁った音を立てた。続いてドシャッと重い布が地面に打ち付けられたような音。

 これは……と思い振り返ると案の定、つい今の今まで会話をしていた相手は既にうつ伏せに倒れて死んでいた。首筋からどばどばと景気良く血が吹き出している。

 はあ、なんとまあ。僕が何をするまでもなかったな。

「大丈夫か新人」

 言って、目前の坂の暗がりからゆっくりと人影が現れる。

「大丈夫ですよ。ありがとうニコ、でも殺さないところを撃つ予定だったのに」

「早く帰りたい。今夜焼きナスと焼きうどんと卵焼きだって」

「はいはい」

「俺先に戻ってるから早く来いよ新人」

 そう言ってさっさと引き上げようとするニコはもう死んだ男に目もくれない。なんですか、この死体は僕が片付けておけってことですか。そういうことなんでしょうね、はあ。

「ニコ」

 背に向けて呼びかけると「ん?」とこちらを振り向く、その表情は素朴だ。

 戦闘用融合体、25番、若い青年の、少年とも取れるようなあどけない容姿。細くすらりとした体躯の右手の先が刃物のように変形している。動きに合わせてさらさらと揺れる髪や垂れ目で優しそうな顔立ちはイケメンと言って差し支えないし、声も落ち着いた穏やかな話し方だが、そこに感情があるかどうかは計り知れない。

 朴訥とした、無垢な、兵器だ。

 さっきそこの死体が僕を知っていると言って 僕がどんな反応をするか、どう感じたか、そういう心配をこの子は全くしなかったんでしょうかね。

 まあ裏切る気はありませんでしたけど。

「新人は名前じゃありません。僕は コウ ですよ」

「んー」

 聞いているんだかどうだかわからないような返事をして、今度こそ地下へ戻っていってしまう。

 既に頭は夕飯のことでいっぱいなのかもしれなかった。






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