表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第12話 母ちゃん

「え?もらっちゃっていいんですか?」


吉沢は、目を丸くした。

有名な画家の、もはや値段もつけられないような絵を「やる」と渡されれば、

そりゃ驚くだろう。


「昨日の夜中に無理言って、『轍』の模写を修復してもらったお礼です」


武上は言った。



今朝、F美術館の門の前に置かれていたのは、吉沢が模写した「轍」だったのだ。

置いたのは言うまでも無く和彦、に命令された山崎である。


隠したはずの「轍」が突然現れれば、館長は慌てて本物の「轍」の所へ飛んで行くだろうから、

その後をつけよう、という計画だった。


しかし、和彦から事情を聞いた吉沢は、当初協力することを拒んだ。

厄介事に巻き込まれたくないからではない。

息子のオシッコがかかったカンバスに筆を下ろしたくなかっただけだ。

だが、「名誉挽回!」と言わんばかりの寿々菜の説得に吉沢も折れ、

一晩中かかって絵を修復したのだった。



「でも、この絵、どうしたんですか?」


吉沢が名画をしげしげと見つめる。


「本物の『轍』を描いた人が、迷惑をかけたお詫びに、と、くれたんです」



F美術館の館長は、素人作品を(そうとは分からず)高額で買い取ってしまったが、

結果として新進気鋭の画家、吉沢の作品を手に入れることができた。

儲けとしてはプラスマイナス・ゼロと言ったところだし、

もう絶対に詐欺まがいのことはしない、と武上に約束させられ、無罪放免となった。


しかし野本氏は、「あんな絵で金を貰っては、やはり申し訳ない」と、

金を館長に返そうとした。

が、それでは館長はウハウハである。

そんなこと、もちろん和彦が許すわけがない。


やはり報酬を貰うべき人間が貰うべきだ、というわけで、

吉沢にこの絵を贈ることになり、こうして和彦たちが吉沢の家まで持ってきたのだ。



「そうなんですか。んじゃ、ありがたく頂いときます。

それしても、あんなお遊びの模写の礼に、こんないい絵を貰えるなんてラッキーだな。

そういや、美術館に飾ってある俺の模写はどうなるんですか?」

「あれはもう、あのまま本物の『轍』として、飾っとくそうです」

「あはは、光栄だな」


館長も今更「あれは偽物です」とも言えないし、

野本氏の描いた「轍」を「本物です」と言って公開もできまい。


「東京に戻ったら、俺がラジオかなんかで、『轍』はよかった、って言っときますよ。

ついでに、こっそり『描いたのは吉沢って人らしい』って噂も流しときます」


和彦はそう言ったが、どうやらこの吉沢は、KAZUのことを知らないらしい。

「え?はあ」と曖昧な返事をしている。



和彦さんを知らない人が日本にいるなんて!!



和彦は気にしていないのに、何故か腹を立てる寿々菜。


人のことで怒る前に、自分の人気をなんとかして上げろ、と、

山崎が寿々菜に冷ややかな視線を送った。


「父ちゃん!見せて、見せて!」

「うわ、馬鹿!これは大事な絵なんだぞ!イタズラしたら、許さないからな!」


後ろから肩の上に乗ってきた息子の大和を、

吉沢が一生懸命振り払う。


まだ幼いからなのか、それとも父親と違って絵心が無いからなのか、

大和は絵に興味がないようだ。

こういう所は、目つきの悪さとは違い、おそらく母親譲り・・・


「ただいま~!」


ちょうどその時、玄関から明るい元気な声がした。

それと同時に、大和が「母ちゃんだ!」と叫び、玄関へすっ飛んで行く。


「じゃあ我々は、そろそろお暇します」

「あ。はい。わざわざ絵を持ってきてもらって、ありがとうございます」

「いえ」


武上たち4人が立ち上がろうとした時、

居間の中に、大和と一緒に勢い良く1人の女性が飛び込んできた。


和彦と同い歳くらいだろうか。

元気ハツラツ!を形にしたような女性だ。

彼女が吉沢の妻にして、大和の「母ちゃん」らしい。


「ただいま!あ~、疲れたぁ!」

「ああ、おかえり」

「うん・・・あれ?お客さん?」


武上たちに気付いた吉沢の妻は、

和彦と寿々菜を交互に見比べた。


「あ・・・あああ!KAZUとスゥだ!!」

「「「「えええ!?」」」」


和彦、武上、山崎だけでなく、寿々菜も驚く。

若い女性なら、KAZUのことは知っていて当然だろうが、

スゥのことを知っているとは・・・


吉沢の妻は吉沢とは違い、相当の芸能通らしい。


「なんで!?なんで、KAZUとスゥがうちにいるの!?ねえ!!」

「え?KAZUとスゥ?」


吉沢が首を傾げる。


「もう!どうして知らないのよ!!あ、サインください!」


ハイテンションな吉沢の妻が、和彦と寿々菜の返事を待たず、

サインペンと色紙を探す。

が、色紙なんぞあるはずもない。


「うーん、手頃な紙とかないかなあ」


吉沢の妻は部屋中をキョロキョロと見渡すと、


「あ!これ!これにサインしてください!」


と言って、吉沢の手から絵を引ったくって裏返し、

和彦に差し出したのだった・・・








――― 「アイドル探偵3 波乱の京都旅行 前編」 完 ―――










最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。

今回は旅行編、ということでちょっとライトな感じになっておりますが・・・

いかがだったでしょうか?

そして題名の通り「前編」ということで、懲りずに「後編」もあります。

更に懲りないことに、その他あと2つくらい「アイドル探偵」シリーズを書いております・・・見捨てずに読んで頂けると嬉しいです。

さて、言い訳を1つさせてください。

京都のお話なのに、関西弁の人間が少ないということです(汗)

館長と野本が標準語なのは、この2人を関西弁にすると、

「ぬしも悪よのぉ」「いえいえ、お代官様こそ」みたいになるので、

敢えて標準語にしました。ただ、吉沢一家は・・・そう、彼らは、

元々東京出身者なのです。その辺はまた、別の小説でどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ