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人付き合いのレベルがマイナスを振り切っているシレイネだが、俺はそんな彼女が好きだった。はっきり言うと、推しだった。
生まれたときから進むべきレールを定められ、物事の取捨選択すらさせてもらえず、彼女の身を置く立場が燻らす甘い香りに誘われた人間は絶えず周りを囲っている状況で彼女がその性格になることは至極当然だっただろう。むしろ敷かれたレールを実直に進むその凛々しい姿は、誰よりもなによりも輝いて見えた。だから俺は彼女が好きだった。
二人分の靴音が反響する。朝のホームルームが始まっているのか、廊下に出ている生徒はいない。一年生の教室はエントランスの先の中庭を抜けたそのまた奥、東棟の3階にあった。
俺たちの間に特に会話もなく、かといって重たい沈黙があるわけでもなく。思いのほか歩幅が大きい彼女に置いて行かれないように、ひたすらに足を動かした。
「あなた、入学式の直前に倒れたのですってね」
相変わらず前置きもなくシレイネが口を開く。
「あなたが休んでいる二週間の間にほとんどの授業のガイダンスは終わっていますし、本格的な講義に入った授業もあります。一番は教師に仔細を確認するのがよろしいでしょうが、なにかわからないことがあるのならば聞きに来なさい」
言い終わるとシレイネが1年Sクラスと書かれた札がかかった扉の前で足を止める。軽く身だしなみを整えて控えめにノックをすると、中から教師のものらしき声が答えた。
こちらを一瞥することなく扉を開く。
「先生、連れてまいりました」
「ああ、ご苦労さま。ありがとね、バレットくん」
「いえ、学級委員長としての務めなのでお気遣いなく」
一礼して席に戻っていく彼女の背中をぼう、と眺めていると教師から声がかかった。
「ノイツくん、挨拶をお願いできますか?」
「あ、はい。……皆さま、ごきげんよう。四大公爵家が一家、ノイツ家の長女、ティスティア・ノイツです。どうぞお見知りおきを」
ゲームで幾度となく見た仕草で、セリフを言う。スカートの裾を少しつまんで、左足を少し引く。腰を曲げて、頭をできるだけ深く下げた。丁寧に見えるように、ティスティアが笑われないように。
緊張しながら顔を上げれば、思ったより人数のいない教室の全貌が見えた。
好意的な表情を浮かべる人、興味のなさそうに視線を逸らす人、見定めるように舐めるように見つめてくる人、そしてただこちらを見ているシレイネ。
わざとらしくないように視線を教師に戻すと、人好きのよさそうな笑顔の教師が続ける。
「ノイツくんは前から三段目の机を使うといい。それじゃあ今日のホームルームはこれでおしまい。今日も一日有意義に過ごしてくれたまえ」
これから、魔法学園での生活が始まる。




