16話.居酒屋
駅前のロータリーには、仕事帰りの人たちが行き交っていた。
スーツ姿の会社員。
学生。
飲み会へ向かう集団。
その人混みの中を歩きながら、俺は指定された居酒屋へ向かう。
暖簾をくぐると、焼き鳥の香りが鼻をくすぐった。
店員に案内され、奥の席へ向かう。
「おう。」
ライバルが片手を上げた。
「悪い、待った?」
「いや、今来たとこ。」
向かいに座る。
こうして二人で飲むのは、俺の記憶では初めてだった。
だけどスマホの履歴を見る限り、この未来では何度か来ているらしい。
まだ少しだけ不思議な感覚が残っていた。
「とりあえず生でいい?」
「ああ。」
注文を済ませる。
店員が離れると、少しだけ沈黙が流れた。
「仕事どう?」
ライバルが口を開く。
「ぼちぼちだな」
「相変わらずか」
「そっちは?」
「俺も変わんねえよ」
二人とも笑う。
そんな何気ない会話が続く。
やがてジョッキが運ばれてきた。
「お疲れ」
「お疲れ」
カチン、と小さく音が鳴る。
一口飲む。
冷えたビールが喉を通る。
「うま」
ライバルが笑った。
「金曜の一杯は最高だな」
「それは分かる」
料理も運ばれてきた。
枝豆。
焼き鳥。
唐揚げ。
他愛もない話が始まる。
仕事の話。
昔のチームメイトの話。
監督の話。
「あいつ結婚したらしいぞ」
「マジかよ」
「子どももいるって」
「早いな」
笑いながら話す。
自然だった。
まるで昔から友達だったように。
いや。
実際、この未来ではそうなのかもしれない。
俺の知らない未来では。
一時間ほど経った頃だった。
ライバルがポケットからタバコを取り出す。
「吸っていい?」
俺は少し驚いた。
ライバルがタバコを吸う姿は初めて見る。
少なくとも俺の記憶にはない。
「ああ」
ライバルは火をつける。
煙がゆっくりと上へ昇る。
「お前は?」
「俺も」
ポケットからタバコを取り出す。
火をつける。
「…お前、タバコ吸ってたっけ?」
思わず聞いてしまう。
「?…前から吸ってたろ」
前から吸ってた…か。こいつはいつから吸ってんだろ。
なんてくだらないことを考える。
煙がゆっくりと店内へ消えていく。
しばらく沈黙が続いた。
ここだ。
俺は今日、このために来た。
「そういえばさ…」
ライバルが顔を上げる。
「ん?」
「中学、シニア行ったよな」
「ああ」
「どうだった?」
ライバルは少し考えた。
「最初は楽しかったよ」
迷いなく答える。
「レベルも高かったしな」
「だよな」
「でも…」
そこで言葉が止まる。
ジョッキを見つめながら続けた。
「だんだん楽しくなくなった」
俺は黙って聞く。
「なんで?」
ライバルは苦笑いした。
「指導者って言えば指導者なのかもしれない。」
「でも、それだけじゃない。」
俺はさらに身を乗り出した。
「シニアってさ」
「数か月に一回くらいだったかな」
「気付いたら何人かいなくなるんだ」
「……」
「最初は辞めたのかと思ってた」
「でも違った」
ライバルはタバコの灰を落とす。
「足切り」
「ただ、指導者が悪いわけじゃないんだ」
「シニアってさめちゃくちゃ金かかるんだよ。試合に出してあげれない子を続けさせるのは苦ってのがウチの指導者の考えでさ」
「俺のいたシニアって基本的な技術は大前提なんだよ。だから、どうしても実力主義って言うのかな」
「練習はもちろん全員を見るんだけどさ明らかにまわりと差が出てる子がいたら……後はわかんだろ?そういうこと」
「昨日まで一緒に練習してたやつが、次の日にはいない」
「理由も聞けない」
「また何か月かすると、別のやつがいなくなる」
「それの繰り返し」
店内は相変わらず賑やかだった。
でも俺たちの席だけは静かだった。
「耐えられなかった」
ライバルは小さく笑う。
「俺さ」
「上手いやつも」
「普通のやつも」
「下手なやつも」
「みんなで上手くなりたいって思って野球やってたんだ」
その言葉を聞いて、俺は小学生の頃を思い出す。
キャッチボール。
俺が聞いた。
『なんで色んなやつとキャッチボールするんだ?』
ライバルは言った。
『いつか一緒に試合に出るかもしれないから。』
『そいつから学べることがあるかもしれないから。』
『そいつが俺から何かを覚えて上手くなってくれたら嬉しいから。』
あの頃と何も変わっていなかった。
ライバルはずっと同じだった。
「勝負の世界だから仕方ない」
ライバルは笑う。
「今なら分かる」
「でも当時の俺には受け入れられなかった」
俺は何も言えなかった。
ようやく少しだけ見えてきた。
プロになれなかった理由。
いや。
野球を好きでいられなくなった理由。
でも、まだ何かある。
俺はそう感じていた。
シニアだけでは終わらない。
あのライバルが、ここまで変わる理由としては、まだ足りない。
俺は静かにジョッキを置いた。
「高校では?」
ライバルは少しだけ目を伏せた。
そして、小さく笑った。
「高校は……もっと辛かった」
その一言だけで十分だった。
どうやら、この話はまだ終わらないらしい。




