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第7話 この家に手を出すとか、無謀すぎませんか?

 突然だが、とある夜、下衆が出た。


「げっへっへ……最近この辺に越してきた、噂の薬師くすしだか医者だかってやつの家はここだな。薬ってやつぁいつの時代も貴重だからな、盗んで闇に流しゃ高く売れるぜ。しかも噂じゃ、金塊なんて蓄えてるって話も……嘘か真か知らんが、もし見つけたら大儲けだぜ、げっへっへ」


 わざわざ〝げっへっへ〟注意報を鳴らしてくれる辺り、〝下衆で~す♡〟と自己紹介しているようで親切かもしれない。

 そんな盗人が、表と裏の門から離れた、死角のような塀を越えて敷地内に潜入した。手慣れた様子で、抜き足差し足、家屋へと近づこうとする……。


 次の瞬間、何かの気配を感じた盗人が、真横を見ると。


「……――!? ゲッ~~~……ッスゥゥゥッ……。あ、危ねぇ危ねぇ、大声を出すとこだったぜ。はあ~驚いた、全く何で……」


『…………』


「こんなとこに、でっけぇ()()()()なんて置いてやがんだ? 剥製か? しかも白染めの毛皮なんて……いやもしかすっと、成金趣味ってヤツか? こんな田舎に越してくるなんて、どんな変わり者かと思いきや……意外と期待できそうじゃねぇか、げっへっへ――」


『………………』


 その巨大な虎の置物は、()()()()の姿勢で、もちろん微動だにしない。置物なのだから、動かないのは当然だ。

 少なくとも盗人は、そう思っていたようだが――ぎろり、虎の大きな眼球が睨み据えた。


『オイ下衆』


「ゲヘェェェェエイッ!!? おおお置物が喋ったァ!? 何だコリャ妖術か、着ぐるみか……それとも化け物か!?」


『下衆風情に化け物呼ばわりされる筋合いもないが、なんにせよ夜中にやかましくてかなわぬ。取って食うと腹を下してしまいそうだ、引き裂いてしまおうか』


「ゲゲッ、そんなのまっぴらごめんだぜ、ゲヘヘェ~ッ!?」


『ほう、さすが盗人、逃げ足は速いが……まさかこの白虎神獣から逃げおおせるとでも? やれやれ、面倒だが、そうだな。先回りして……』


 虎の口から漏れた面倒くさそうな声も、恐らく届いていないだろう逃げ足で中庭を横切った盗人が、肩で息をしながら膝に手を突いた。


「ぜえ、ぜえ……な、なんだったんだ今のは。クソッ、でかい声を出しちまった、さっさと仕事を済ませねーと人が……いやそうか、今の虎、人が入ってる着ぐるみだったんじゃねぇか? そりゃ当然だよな、虎なんて普通は飼わないだろうし、まして化け物なんて存在しねぇ……焦って損したぜ。……ん? ありゃ使用人か……?」


 家屋の壁際で、水などを溜めておく大甕おおかめを覗き込み、何やら作業している妙に長身の男性がいた。

 ニタリ、口の端を歪めた盗人が、懐から小刀を取り出して声をかける。


「オォ~イそこの兄ちゃん、ちょっとツラ貸してもらおうかァ~? 倉庫や蔵まで案内すんだよ、コイツで刺されたくなきゃな! さっき変な虎の着ぐるみ野郎に驚かされてよ、気ィ立ってるから何しちまうか分からねぇぜ? げっへっへ!」


「……虎の着ぐるみ、ですか? その虎というのは、もしかして……こぉぉぉんな顔だったのではぁぁぁ~~~?」


「へ。……げ、げ……ゲッヘヘェェェ~~~ッスゥ! でで出たァァァァ!? 化け虎だァァァァ!!」


 振り返った男の顔面は、牙を剥きだす白い大虎――被り物だ、などと自分を誤魔化すことも出来ないのだろう、盗みに入ったことも忘れた盗人が、転がる勢いで逃げようとする。


 虎も顔負けの四足歩行で、さりとて所詮は人間の速度で逃げる盗人に、天女の如く柔らかな音声が届いた。


「あら? 何だかドタバタと騒がしいと思えば、もしかして……」


「! ありゃ昼間に下見しに来た時、隠れながら遠目に見た……例の薬師か! げへへ、こいつを人質に取れば、逃げるどころか金目のモンも……運が悪かったな、大人しくしやが――」


「泥棒か賊かしら。じゃあ……えい、溶剤ようざいっ(軽め)」


「オボッフフッうぎゃあああ!? 熱ゥッ服が溶けっ、いや小刀の刃まで溶けたんスけど!? 斯様かようなもん人の心が少しでもありゃ、ぶっかけようなんて思わないだろ普通!? なんだこの家、悪鬼羅刹が住まう魔境か!? げへえ~~~んっ!」


「都では護身のために常に持ち歩くようにしていたけれど、役に立ってよかったわ……身に着いた習慣って、役に立つこともあるわねぇ」


 のんびり穏やかな(劇薬をぶっかけた)薬師の女性と、もはや泣き声を隠さず逃げ出す盗人。

 困惑の極みで前後不覚に陥っているのか、表門へと駆け出す……と今度は、武人らしい精悍な男にぶち当たった。


「げへっ……げへぇんっ!? な、なんだ、今度は何だ……虎の化け物か!? 美女の皮を被ったあやかしか!? そ、それともっ……」


「……ム。何だこやつは、この家では見たこともないが。余にぶつかっておいて、謝りもせぬとは不敬よな?」


「に、人間? ただの大男……げ、げへへ、なんだ驚かせやがって――」


「オイ、いかにも怪しげな貴様。余が太子と知っての狼藉か?」


「太子というのはこの国のお世継ぎのことであらせられますでしょーか?」


「そうだが?」


「えぇ……なにそれ、こわい……次から次に何ですのん、ここぉ……もしかして、絶対に手ェ出しちゃいけないとこに、手ェ出しちまったんじゃ……」


 後悔が遅すぎる盗人が、遠い目をしていると――ここまでの度を越した出来事の数々と比べれば平凡で、非常に安心感のある衛士らしき男が、兵を引き連れ盗人を囲む。


燕景えんけい様、恐らくこやつは盗人、この辺りで村民に被害を及ぼしているとの報告もあります。賊一人に過剰かもしれませんが、連れてきた兵を動員し、縛り上げて連行しましょう」


「ウム! 全く、桃花タオファの家で盗みを働こうとは、何たる不届き者! 容赦なく余罪を洗って罰をくれてやろうぞ!」


「……も……」


 一人の盗人に対し、ぞろぞろと現れた確かに過剰な兵たちが、縛り上げていく。

〝まあせっかくだし……〟と兵一人一人が縄を巻いていくので、最終的にはまりのようになってしまった。


 そんな散々な状態で運ばれながら、盗人は涙ながらに叫ぶ。


「もう……盗人なんて、こりごりだよ~~~! げへへーん!?」


「一件落着、だな!」

「ちゃん、ちゃん♪」


 人化したパイと、最後まで一切動じることのなかった桃花タオファが、並んで見送って締めるのだった。


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