第17話 返ってきた日常、変なお宅の評判を超えて ~ あの村里、なんか変……? ~
桃花が誘拐され、そして大立ち回りの末、無事に帰還した……などということを、一般人である村里の者達は知る由もない。
「はあ~……助かったよ、タオちゃん。最近はタオちゃんのおかげで体の調子もいいんだけど、この間の山仕事はさすがに重労働でねぇ……筋肉痛が、アイタタタ」
「まあ石おばあさん、大丈夫ですか? 山仕事に精を出されるのは、尊敬しますけれど……無理はいけませんよ? 今回も、狩りか何かで?」
「ええ、ええ、今回は山狩りで……この間の山賊が、虎に襲われたとかで壊滅したらしいんだけど、まだ残党がいたみたいでねぇ。国から派遣された防衛隊に依頼されて、山の案内とついでにお手伝いしたのさぁ。まさか正式に犯罪者を狩るほうの山狩りに参加しちまうたぁ笑い話だぜ、哈哈哈!」
「わあ、ぁ……その、本当に無理しないでくださいね? ええと、じゃあ筋肉痛のお薬と……〝橄欖丹〟を処方しますね~」
※橄欖石(※ペリドット)が材料。人心を穏やかにする鎮静効果など。
「あらあら、ありがとねぇ……じゃあその山狩りで獲れたお肉、また置いていくわねぇ。虎ちゃんにもよろしくね、うふふ。さあ~て、元気が出たところでまた張り切って、山に蔓延る獣共でも狩りにいきましょうかっ♪」
「あっ、いつもありがとうございます。お大事に……このお肉、本当の本当に大丈夫なんですよね……?」
(※白の嗅覚判定で鹿のお肉でした)
錬丹術による薬効の鎮静効果は、石おばあさんにどれほど通用するか定かではない。
とにかく、改めて普段の日常に戻った桃花に、もはや見慣れた太子・燕景が訪れる。
「やあやあ桃花、目まぐるしき激務の合間を縫って、余が顔を見に来たぞ! はっはっは、感激の抱擁で出迎えてくれても――」
「政務がお忙しいならとっとと回れ右してお帰りください♡」
「ぬわんで貴様に毎回追い返されにゃならんのじゃトラ公……!」
「毎回毎回、阿呆みたいなことほざきながら来るからだヒト公……!」
これも恒例の見慣れた景色、人化した白が燕景と出合い頭に睨み合う。ちなみに白は先ほどから、助手のようにして主である桃花を手伝っていた。
更にいつも通り、少し遅れて衛士・文も飛び込んできて、肩で息をしながら窘めようとする。
「ぜえ、ぜえ……だ、だから、衛士を置いていかないで、くださいって……どうせ聞く耳、持たないんでしょうけど……くそっ、無駄に能力高いから追いつけないの腹立つな、いい加減……乱、なるほど乱か……」
「あら文さん、いつもお疲れ様です……お茶をどうぞ♪ ちょうどさっき処方したばかりなので〝橄欖丹〟で淹れますね~♪」
「はっ、こ、これは桃花殿! いつもありがとうございます、ズズ……あっなんでしょう、妙に心が安らぎます。はあ~平和万歳……♪」
何やら芽生えかけていたものを、事前に鎮静せしめた錬丹術師は、人知れず国を救っているのかもしれない。
さて、その間も〝ギャーギャー〟〝ガオガオ〟とけん制し合っていた太子と白虎神獣だが、少し落ち着いたのか燕景が桃花に情勢を報告する。
「チッ、トラ公めが相変わらず忌々しい……おっと桃花よ、麗しい女人の前での口調ではなかったな、許せ、ハハハ。さて先日、きみを攫った例の公子の件だが……尋問しようにも、腐っても公子の口の堅さというべきか、何一つとして喋りもせんでな。全く全然これっぽっちもだぞ」
「えっ。あの人、驚嘆するほどお喋りだったのですけれど」
「ウム。ゆえによ、事件の後に聞いた桃花の証言と照らし合わせ、どうにか余罪を洗い出すことが出来たのだ。宮中でも今まで悩みの種だった獅子身中の虫の公子だが、おかげで共謀する一味もろとも僻地の閑職に追いやることが出来た。きみを攫った罪を思えば、五刑(※五つの重い刑罰)全てを与えて良いくらいだろうが……流だけで済ますとは温情よな。だが結果、お手柄だぞ、桃花!」
「わ、私もそこまで重い罪は望んでいませんよ、何だか不憫といえば不憫ですし。それにお手柄と言われても、私、捕まってただけなのですけれど……ま、まあでも、お役に立ったなら、良かったで――」
「この国の暗部にも触れてしまい、きみの重要人物度は更に上昇したわけだが、まあ気にするな! 余が守ってやるゆえな、はっはっは!」
「ああもう最悪ですよそれ! 私は平穏に暮らしたいだけなのに~!」
国一番の錬丹術師ゆえに、その願いは儚いものかもしれないが、衛士・文は安心させるべく穏やかに宥める。
「ま、まあまあ、大丈夫ですよ桃花殿。それにほら、今回は大変でしたが……この村の防備という意味では、良いこともあったではないですか。例えば――」
「ハッ、ハッ……ムッ、桃花どのに、皆の衆! お集まりですかな!」
「あっ、ちょうどほら……どうも武人殿、相変わらずご健勝ですな!」
桃花の邸宅外、門の向こう側に、走り込みする巨漢――まさしく先日、白と大立ち回りを繰り広げた武人の姿が見えた。
彼もまた公子の一味ではあったが、〝言葉巧みに利用されていたこと〟〝本人に邪心は窺えなかったこと〟を踏まえ、量刑にも情状酌量がなされている。
何より都でも聞こえる武勇と、〝腐らせるには惜しい男〟という太子・燕景の鶴の一声で――結果、都より西側の村里、つまりこの村の尉(※警備隊長のようなもの)の任に就いたという運びだ。
結果、絶世の武人が守護する村として、いっそ〝都より安全では?〟と噂されるほどである。何せ事件の折、白虎真人たる白の一撃をまともに受けながら、翌日には起き上がっていた男なのだから。
そんな頼りになる武人が、その巨漢には低く見える門をくぐってきて、衛士・文が対話する。
「いやあ、武人殿がこの村を守ってくれるとのことで、自分たちも安心です。さすがに太子がしょっちゅう顔を出す場所で、しかも桃花殿もおられる訳ですから……治安が良いに越したことはありませんからね」
「いや、おれなどまだまだ未熟、つい先日にそれを思い知らされたわ。こちらこそ、この腕を磨きつつ携われる職にまでつけてもらい、温情に感謝しておるほどよ」
「いえいえ、それは太子たる燕景様のお計らいですので……といっても、いつまでも名前を知らぬでは妙な心地ですね。改めまして、お名前を窺っても?」
「おお、名乗ってはおらなんだか、これは失敬。武人と申す」
「えっ? あ、いえいえ、そうでなく……その、本名を、というか」
「だから武人が本名であり申す」
「そっ。……う、なんですね……何やらもう、武に生きる宿命と言わんばかりの、ぴったりな名前ですね……」
「照れ申す」
岩石の如き手で頭をぽりぽりと掻き、照れ申している様子の武人が、今度は桃花に顔を向けた。
「桃花どの、知らぬこととはいえ、先日は誠に申し訳なかった」
「あ、いえいえ、何度も言っておりますけれど、もう気にしていませんよ。それに武人さんが村を守ってくれるようになって、ありがたいし頼りになりますからっ」
「否、何度でも頭も下げるし、感謝もする。何せあの事件の後、桃花どのが錬丹術とやらの薬を施してくれたおかげで、こうして全快しておるのだから。おれが公子の一味だったにもかかわらず、何と女神の如き慈悲よ……桃花どののためならば、この村は全力で守り通すし、この筋肉もいつでも惜しまず見せつけるぞ!(隆々!)」
「いえ筋肉は本当ご遠慮します。私はモフモフ命なので」
桃花のきっぱりとした一言に「はっはっは、またまた!」と返す武人は、分かっているかは定かではない。それはそうと走り込みに戻ろうとする直前、武人が白にも告げる。
「白師父! いずれまた御指南お願い仕る! 次はそうそう容易くは後手を取りませんぞ!」
「おう、いつでも受けて立ってくれる。神獣の生きる長き時世の内、暇を持て余して覚えた中華千年の武を思い知らせてやろう。次は素のままでも負けぬぞ」
「はっはっは、これは楽しみ! ではこれにて、御免!」
大笑だけを残して去っていく姿は、爽やかなものすらあった。
そして、桃花とお茶していた距離感そのままに、衛士・文が言う。
「いや何とも、豪快な方でしたね……武人、本名、武人かぁ……いえ、無くはない話ですが。と、とにかくおかげで、この辺りは安全。何せ絶世の武人と高名な方までいて……しかも太子がたびたび顔を出し、桃花殿という薬師としても名声を馳せつつある方もいる。そこいらの賊どころか、今や軍でも手を出せない村ですよ、ここ」
「はい、おかげさまで……〝なんか変な村里〟と噂されているとも聞きます。まあ元からではという疑いも拭えませんが、新参ながら村の一員としては、どうにも心苦しくって。うふふ」
「うぐ、原因の一端としては、申し訳ない限りですが……しかし今までも、特に桃花殿のことは心配だったのです。都からも離れ、村とも少し距離がありますし、この間も盗人に侵入されておりましたし……今回、誘拐までされた、となると」
「あっ。……そう、ですね。それは、確かに。…………」
「! 申し訳ない、桃花殿を不安にさせたかった訳ではないのです。これからは、安心だと……も、もちろん、自分も微力ながら、桃花殿を御守りしたく願っております! 何なら転職し、邸宅の警護に永久就職しても……」
「へぇ~いっ余の衛士たる文~~~! 太子の目を盗んで余の桃花を口説こうとは不敬よのぉ~!? 処すぞ処すぞフゥ~ッ!」
「あっ体当たりしてきやがった煩! 例の馬鹿公子と血縁というのも納得だわな! ええいもういい、反乱だ反乱! 可悪!!」
「まあまあ燕景さまも文さんも、お茶(※〝橄欖丹〟入り)どうぞ~♪」
「「はぁ~落ち着く……平和万歳~♪」」
(この国、いよいよもう駄目かもしれぬな)
桃花が間髪入れず差し出したお茶を飲み、鎮静する燕景と衛士・文を、白が呆れ顔で見ていた。
ただ直後、ほんの一瞬、桃花が――
「……ふう……」
「…………」
疲れた様子でため息を吐いたのを、白は見逃していない。




